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下河原線メモ~朝ラッシュのとんでもない運行体系

過日、ウマ娘漫画に下河原線を出そうと(この時点で何?って言われそうなのだが、事実である)調べ物をしていて、面白そうな事を見つけた。Twitterだとすぐ流れてしまうため、ここにメモしておく。

ネット上等で確認できる「下河原線末期の国分寺駅/東京競馬場前駅の駅時刻表写真」をみると、朝ラッシュ時に「北府中」行きしか走っていなかった。東京競馬場前駅の駅時刻表には「北府中で国分寺行きに接続」などと書かれていた。なんとも不思議な感じである。

下河原線の地図

下河原線は、武蔵野線開通以前に国分寺から分岐し、北府中を経由して東京競馬場前駅に至っていた支線である。上図を見ればわかるように引き込み線が多数あり、貨物がメインであるがここでは触れない。
至極簡単にいえば、北府中駅最寄りの東芝などへの通勤客輸送を含めて鶴見線のような性格で、しかし土休日を中心に競馬場観客輸送が入ってくる・・・といった路線であった。

(上記ツイートは鉄道ピクトリアル1973.4,25p「下河原線の思い出」に所収の"北府中駅交換の乗降客・東京競馬開催日には交換駅北府中ではホームが1つのため 下り電車はハシゴを用いて乗降を行った '64-2'"掲載写真より)

ところが下河原線の特殊な点は「北府中駅で交換が出来ない」という事にあった。厳密には線路自体はあるので交換可能なのだが、ホームが片側にしかなく、取り扱いが手間と思われ、競馬臨時増発が必要な時以外は行われていなかったのではないだろうか。

「北府中駅での交換は平時に行いたくない」が「朝ラッシュの本数は確保したい」わけで、そこでこのような変則的な運行方式になってしまったのだろう。


以下は当時のダイヤグラムについて御教授頂いたもの


明らかに面白そうなダイヤが組まれており、調査を深めて同人誌で発表したい事案である。現状わからない点としては
・競馬開催時の臨時増発ダイヤ
で、これは臨時運行のためダイヤグラムでなくおそらく局報(内部で駅員等に広く知らせるために頒布される文章)の類で掲載されると思われ、現代から閲覧する手段はあるのだろうかという疑問がある。
あるいは駅に臨時列車として時刻が掲載されていれば、それを撮影した写真が残されているかもしれない。

しかしこれだけ面白いダイヤだと先行研究がありそうなもので、自分が知らないだけかもしれない。

国電区間(国鉄において電車などが頻発運行されていた区間)は時刻表でも初電~終電のみ掲載であとは「n分毎」などと省略されがちで、現代から当時の時刻を確認するのが著しく困難である。研究するにしても早くやったほうが良いだろう・・・。


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