「港区女子」小史
しばらく前に「港区女子」が話題になったときに、その由来について少し調べていてまとめかけていたことがあったが、先に別の記事が出たためお蔵入りさせていた。しかしまた話題になっているようなので、少し筆を入れて今回公開する。
“港区女子”はいつからあるのか
"港区女子"の検索頻度をGoogle Trendsで調べると、2015年ころから徐々に増え始め、2017~2018年にブレイクし、その後も継続的に検索ボリュームが増えてきた言葉だと分かる。
“港区女子”という言葉はイメージにぶれがある。例えば次の記事からもそれはうかがえる。
上記の“定義”にある「大手企業のOL」「モデル・インフルエンサー」「看護師」は一見バラバラだが、これについてはそれぞれ起源があり、複数の起源があることがイメージのブレにつながっている。今回はこのことについて簡単に確認する。
プレ港区女子 その1 就活OB訪問~女子社員
私が数カ月前にこの記事を仕上げなかったのは、小山(狂)がすでに記事を書いていたからだが、そこでまず指摘されるのが“セミプロ女子大生”である。
体育会系サークルの場合はOB会などを通じて後輩と緩くつながっていることがあるし、新卒採用では、企業側がいい大学のいい人材を集めるために過去に採用した(OBがいる)大学・研究室を直接訪問してリクルートをかける事例はままある。また学生側からOB訪問をすることもあるが、その場合は企業が囲い込みたい場合、または単なる先輩/後輩として、食事に誘うことはしばしばあるし、その場合「OBの方が支払いをしてくれることが多い」とされる。
これが発展し、イベントや接待等に際してその人脈をコンパニオン代わりに使うケースがあったようである。素人なので性的サービスを求められるようなこともなく、これがのちの「港区女子」のイメージ形成に貢献していたようである。
渋谷~六本木のITベンチャー
「港区」のイメージが付くのに一定の役割を果たしたのは、渋谷~六本木あたりに集積していたITベンチャーである。それらの企業は学生とのつながりも薄く名前も売れていない足かせがあったが、投資を受け金はあったので就活生に高級ランチやディナーを奢る"接待"で人集めをしていた(当時のランチ訪問募集の痕跡を見ると分かる)。
また、サイバーエージェントはよく「顔採用」と言われていたが、社長へのインタビューによれば、ベンチャーやIT土方では起こりがちなブラックさが丸出しでは人が集まらないので、社風として派手目・キラキラ・陽キャなファッション・雰囲気を意図して維持していた、ということのようである。
記事でも「キラキラ女子」と呼ばれている通り、この時点では「港区女子」という名前はついていなかったが、冒頭の港区女子のイメージで「大手企業のOL」という成分があるのはこのあたりに由来する。
プレ港区女子 その2 キラキラ女子
先ほどのサイバーエージェントの記事では、派手目な感じの女性社員を「キラキラ女子」と形容している。知恵蔵mini 2015年版の「キラキラ女子」の項では、その中に「ネット上で自分の見かけや豪華な暮らしぶりを強くアピールし自分を高く見せようとする」ものもいる、と書かれている。「港区女子」のうち「モデル・インフルエンサー」要素にあたる部分は、この部分であり、大学や企業とは別となるもう一つの前身である。
そのタイプのインフルエンサーに絡む「インスタ映え」という言葉も2017年に流行語大賞になっているが、個人的な体験よりSNSでのマウンティングを優先する姿勢を揶揄する意味合いを持たされることが多かった。知恵蔵でも豪遊自慢、マウンティングを揶揄するように書き方になっている。
この手の豪遊自慢するインフルエンサー、金持ちがインフルエンサーたちを呼んで遊ばせ、それをアピールさせる遊びがアメリカである、という話がForbesの記事になっていたことがある。豪遊自慢をしてみたい金持ちはいるものの、直接名前が出る形でそれをするのは品がないので、金は自分が出すが自慢はインフルエンサーに代わりにやらせている――というような動機が語られている。この場合もやはり性的サービスを求めているわけではなく、自己顕示欲を満たす影響力をインフルエンサーから買っているとも言えるだろう。
ただ、もともと「キラキラ女子」でも悪いイメージはあった。例えばSNSで(半ばネタキャラ扱いの)キラキラ風のインフルエンサーとして売っていた「ばびろんまつこ」というユーザーは、実際はキラキラしていないただの会社員で、愛人稼業などに手を出しつつ、挙句の果てに詐欺で逮捕されている。と同時に、勤めていた会社は六本木グランドタワーに本社のあるDMMだったと言われており、六本木~渋谷界隈に本拠地を持つ新興IT企業に勤める「きれいなキラキラ女子」としての側面も持っていたともいえる。
東京カレンダー「港区おじさん」の港区女子
googleトレンドで見て「キラキラ女子」から「港区女子」に切り替わるのが2017~2018年ごろだが、そのきっかけとなったのが、「港区おじさん」というウェブドラマと言われている。この作品は「港区おじさん」というタイトルだが、カウンターパートとして「港区女子」が出てきており、これが定着したとされる。ちなみにこの雑誌は他にも「目黒女子」「代々木上原女子」「えび(す)おじ(さん)」などの地名に絡んだ言葉を乱造している。
なお、この作品は雑誌の企画だが、雑誌自体が「都会で派手に遊ぶ男女向け」といったコンセプトで、ある種のわざとらしさが強調されており、作っている側も読んでいる側もそれは分かっている雑誌であるように思う。
この港区おじさんは金でしか女の歓心を買えない男として揶揄され、作中で「港区女子」と呼ばれているのは男にタカり寄生して生きている女とはっきり揶揄されているが、最終的にはヒロインは経済的に自立したうえで港区おじさんを対等な恋人として選ぶし、他の港区女子も商売としてシステマティックにやっているのではなく個人的な知己の範囲内で男に寄生しており、プレ港区女子と後の「港区女子」の中間的性質を持っているといえるだろう。
港区女子の水商売濃度の上昇
「港区女子」が「キラキラ女子」に完全にとってかわった2020年ころには、「港区女子」という言葉はフリーランス水商売というような意味合いにシフトしていく。これが起きたのは以下のような原因が指摘される。
就活セクハラの取り締まり強化~ギャラ飲みによる代替
小山も指摘する通り、一つ目は就活セクハラの可視化、取り締まりである。新卒採用担当は求職者の採否に強い影響力を持ち、特に景気が悪くなるとその権力性は増す。その強い立場を利用して(OB訪問やインターンを通じ)就活生に強要行為を働くものが出てくる。これは2019年頃に逮捕者が出て可視化されるとあっという間に規制・自主規制が進み、採用に対して影響力がある立場の人間がリクルート対象の学生にプライベートで会うことは避けられるようになった。
会社員の間でも自社の若手女子社員をコンパニオン代わりに使うケースもあったようだが、これもコンプライアンス重視の流れの中で消えていく。
こうしてルートが閉ざされると〈本来の港区女子〉は減っていくことになる。何かコンパニオン的な役割は個人人脈によらない、アプリなどを通じて報酬を設定してフリーランスのコンパニオンを呼ぶ「ギャラ飲み」が中心になっていく。Google Trendsでは「港区女子」と「ギャラ飲み」は軌を一にして増えており(特に2019年にスパイクがある)、これが〈現在の港区女子〉の典型的イメージとなっている。
コロナをきっかけとする水商売のフリーランス化
「港区女子」がシステマティックなフリーランス水商売化していくもう一つのきっかけは、2020年に新型コロナウイルス流行で店舗型水商売が壊滅して個人営業に走ったことだろう。
コロナ対策に伴いいわゆる「夜の街」が自粛対象となると、水商売は「高級クラブ9割が売上50%超減少」という壊滅的な打撃を受けた。当時は様々な県で最初の感染者が中傷の嵐に遭うなど感染へのスティグマが非常に大きく、まして「夜の街で遊んでコロナ感染」などともなればどんな社会的制裁を受けるか分からない状況であった。会社の幹部クラスが感染すれば会社ごと誹謗中傷の対象になるのは見えていたし、そもそも金がある幹部クラスは高年齢で感染リスクを恐れる傾向が強く、この結果社長さんや接待の「太客」が途絶えた状態になった。
そんな中でも夜職を続ける人は、指名を前提としない――言い換えればバイトに近く太客を捕まえにくい水商売であるラウンジで糊口をしのぐ例が増え、Google Trendsでは2019年以降急激に「ラウンジ嬢」の検索ボリュームが増えた。現地の水商売経営者も六本木では指名制の高級クラブが衰退しラウンジが増加していると認識しているようだ。副業夜職の場合にはこのセグメントに流れることが多かったようで、「港区女子」イメージの3つ目「看護師」はおそらく看護師に副業夜職が多い——というより、「港区女子と言えば副業夜職」というのを歯に物が挟まったような言い回しにすると「看護師」になったのだと思われる。
専業夜職では軽い働き方も選び難く、なじみの太客がいれば愛人になる、そうでない場合は風俗に行くというケースが良く報じられていた。そして風俗店すらも供給過多になると、「キャバクラからの転身組と稼げない風俗嬢。そんな彼女たちが最後に行き着く場所、それがパパ活であり援助交際」と言われる形でフリーランス水商売・フリーランス風俗に流れていくことになる。
下がり続ける《若い女》の価値
港区女子の歴史は、《若い女はただそれだけで価値があり、それを金銭に引き換えられる》というかつての《常識》の縮小と言う歴史でもある。
〈本来の港区女子〉――本当に素人・セミプロレベルで性的サービスを期待されずとも奢ってもらっていた層は、コンプライアンス強化の副作用として消えていった。
〈新しい港区女子〉――フリーランス夜職も、コロナ禍を経て店舗での商売が壊滅した故に生まれた存在であり、店舗が成り立っていた時代よりは稼げていない。これはコロナの規制が概して撤廃された2023年になっても変わらず、日経新聞の特集によれば、飲食店需要は昼は増加、夜浅はやや減、深夜は激減し今でもコロナ前の半分で低位安定状態にある。夜間光度調査でも繁華街は東京平均より減少が大きく、減少幅は六本木、銀座、新宿の順で、「港区女子」の本場である六本木が一番ダメージが大きい。
夜職の需要が半減したのも、結局のところもはや男たちが《若い女であるというだけで生まれる価値》に対する興味を失っている、ということがある。コロナ禍を経てそれが要らないと気が付いてしまったので規制緩和後も買わなくなっている。
かつては飲む・打つ・買うが気風の良さを示すとしてもてはやされ、明治の伊東博文などは妾を囲っていたことを大っぴらにしていたものだったが、もはや現代においてはそれは成り立たない。水商売や風俗を利用することについては、「性の商品化をするな」「買う側を取り締まれ」という意見も根強く、気にする外聞がある社会的地位の高い人たち――業界でいう“太客”ほど店を避ける理由もある。
男は女を買うことをやめたが、売りたい女はまだ残っているため、結果として海外売春(とその摘発)が激増していることについては以前の記事でも書いた通りである。これから成人する若い女子の皆様には、《若い女であるというだけで換金可能な価値を持つ》ということがもはや過去の時代の伝説であると思った頂いたほうが良いだろう。
「売る性」の逆転?
コロナ禍を経てもう一つ変わったと思えるのは、女性向けの「推し活」商売の宣伝が増えたことである。東京の繁華街を歩くと、その昔は夜職求人の「バニラ」の宣伝トラックが走っており品がないと言われていたが、今やホスト求人の「メンズバニラ」のほうが走っている数が多いと思えるほど変わっている。最近問題化した立ちんぼの多くが、ホストクラブや地下アイドル、メンズコンセプトカフェなど「推し活」のためにやっていると言われる。
《若い女であるというだけで価値がある》という価値観の崩落が単に換金性の低下にとどまるだけなのであれば、まあ昼職で働けばいいとなるだけだろうが、それを超えて人生を破滅させてまで男に貢ぐ女が増えている、というのは着目すべき現象であるように思う。
個人的には、女性の性欲は自己承認欲求と融合した〈ちやほやされたい欲〉として持たれていることが多く、昔はちやほやされつつ金がもらえ「私は金をもらえるほど価値がある」と承認欲求を満たせていたのが、「若い女性の商品化をするな」という価値観が浸透した結果、〈ちやほやされたい欲〉が満たせなくなり、それが性欲と結合した強固な欲であるゆえに破滅するまで金をつぎ込んでしまう――という説を私は注視している。