Love fool(Short Story)
あの人は、憐んでいたのかもしれない。
しあわせになりたいともがく私を。
Love Fool
時々、私はスイちゃんに星さんの話をした。
星さんを尊敬していたこと。星さんを信じていたこと。
星さんのことがどうしようもなく好きだったこと。
その日もいつものように、ぐちゃぐちゃになったベットの上で、天井を見つめながら色々な話をしていた。行為の後の雰囲気って不思議。どうでもいい話と大事な話がごちゃ混ぜになる。話があっちにいったり、こっちにきたり。どうでもいい話の延長線上で、私は星さんの話をした。
「星さんは私のことなんて、きっとちっとも大切じゃなかったの。かわいいなって、思っていたかもしれないけど、ただそれだけ。だから、急にいなくなっても、それで私が傷ついても、どうだっていいと思っていたの。星さんにとって私は、その程度の存在だったの。」
私が一息でそう言うと、同じように天井を見ていたスイちゃんは私が話終わるのを待ってから、こちらを向き、私を両腕で大事そうにぎゅっと抱きかかえた。
「幸ちゃん、ちゃんと怒った?」
スイちゃんに言われて初めて「怒る」という選択肢があったことに気がついた。そういえば、星さんに対して怒ったことってないなあ。
全部、自分が悪いんだと思ってたから。愛されるほどの魅力がなかった自分が悪い。星さんに大切にされるように努力しなかった自分が悪い。そう思っていた。そっかあ。あれは、怒ってよかったのかあ。
「俺、そういう男がいちばん嫌い。好きにさせておいて、利用して、最低だよ。」
スイちゃんは、優しい。
こうして、私を大事そうに抱きしめてくれる。
俺しかいないから泣いてもいいよって、頭を撫でてくれて、恋人みたいに指を絡めてくれる。
それで、私はバカだから、そんな優しさに本気で嬉しくなっちゃって、スイちゃんはもしかしたら私のこと、って期待なんかしちゃって。
でも、違うんだってことも、ちゃんとわかってる。
どれだけ大事そうに抱きしめてくれたって、自分のことみたいに怒ってくれたって、スイちゃんの特別は私じゃない。
ねえ、スイちゃんだって、やってることは星さんと同じじゃないのかなあ。
だって、私は、あなたのことが、
そんな言葉が喉元まで出かかって、やめた。
元々、自分からはじめた関係で、恋人にならないと決めたのも自分なのだから。自分の心の中にむくむくと湧いてきたスイちゃんへの気持ちは見なかったことにする。知らない知らない。こんな気持ち、私は知らない。
「じゃあ、お言葉に甘えてスイちゃんのひろーい胸を借りちゃおっかな」
スイちゃんへの気持ちを曖昧なものにしたくて、私はわざとふざけたような口調で、そんな台詞を吐いて、スイちゃんのさらさらとした肌に埋もれる。しばらく抱き合った後、どちらからともなく、キスをした。奥の方で硬くなっているものが、私に押し付けられる。温かい。じわっと、涙が溢れる。これは生理的な涙か、感情的な涙か、どっちだろう。ううん、そんなの、どうでもいいや。この人といると、理性を忘れられる。嫌なことも、悲しいことも、全部忘れて、目の前の快楽に酔っていられる。スイちゃんも、同じだといいけど。
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「いい加減、こんなことやめて、ちゃんとした彼氏を作りなさい」
そんなことを言われたのは、いつだっただろう。確か、初めて出会ってから、1ヶ月と少しが経った頃だ。そんなことを言われた。
「どうして?スイちゃんは、もうやめたい?」
「そういうわけじゃないけど。幸ちゃん、こんなこと上手にできる子じゃないでしょ。だから、いつか、何やってるんだろうって自分をすごく責める日がくると思うんだよね。」
「そんなの、自分で決めるよ」
「うん。わかってるよ。だから、今は無理でも、その時がきたら幸ちゃんから言っていいからね。」
スイちゃんからそう言われた時、
「ああ、この人からの連絡は、もうこないかもしれないな。」
なんとなく、そう思った。
こちらから連絡をしなければ、きっとこのまま、二度と会うこともないのだろう。私たちは、もともとお互いなんて存在しなかったように、それぞれの人生に戻っていく。
スイちゃんにとっても、私にとっても、これは人生の脱線だ。脱線である以上、いつかは元の場所に戻っていく。私たちに未来はない。悲しいけれど、スイちゃんの将来に、私は組み込まれていない。
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それから、私の直感は見事に当たり、スイちゃんからの連絡はパッタリとなくなった。
もう会えなかったらどうしよう。
誘っても彼女ができていたら?
好きな人ができていて、もう会わないって言われたら?
どうしよう。どうしよう。どうしよう。
スイちゃんからの連絡がこないことに不安になって、悲しくなって、時々開き直ってはそんなもんかと納得した気持ちになって、そんなことを1ヶ月ほど繰り返した頃、私は堪えられずスイちゃんにLINEをした。
「スイちゃん」「元気?」
何時間か経って、スマホの通知画面にスイちゃんの名前が表示された。
「今日会う?」
スイちゃんからの返事に、私は一気に天国へ舞い上がる。
やっぱり、スイちゃんは優しい。
この人は私を見捨てたりしない。
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わかってる。
こんなに会いたいのは私だけ。わかってる。
私はそれを性欲のせいにして、
なんともないフリをして、
期待してないフリをして、
スイちゃんの元へ走っていく。
ねえ、星さん。
こんな私をどう思う?
ひどく滑稽?
そうだね。
2021/1/30
スイちゃんは、前作「こんなの、愛じゃない」に出てきた男の子と同一人物です。スイちゃんと幸ちゃんの物語はもう少しだけ続きます。