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まっすぐな私で(Short Story)

はじめは、今抱きしめてくれる人がこの人しかいないから、だからこんな気持ちになるんだと思ってた。
連絡が来なくてやきもきしたりだとか、昼間にも会いたいとかセックスなしのデートがしたいとか、きみのことをもっと知りたいとか、こんな気持ちは全部錯覚だって、そう思おうとした。

でもね、この前気がついちゃったの。
私はスイちゃんのことが好きなんだって。
” 気になる ” とか ” 好きかも ” じゃなく、好きだって。
次で最後にしようと決めたあの日に。

まっすぐな私で


仕事を辞める日が決まってすぐに私はスイちゃんに連絡をした。
1ヶ月ぶりに会うスイちゃんは、髪を切っていて、襟足が短いのをしきりに気にしているようだった。

何も言わなくても車はホテルの方向へ向かっていく。
スイちゃんも私も、もうわざとらしく「これからどうする?」なんて聞かない。
いつものように美味しくもないお酒を飲んで他愛のない話をする。
お酒がいい感じに回ってきたら、スイちゃんに抱きつく。
スイちゃんとキスをする。セックスをする。いつものように。

だけど、” いつも " がもうすぐ終わることを私は知っている。
私はあと1ヶ月したら引っ越す。
星さんを追いかけて東京へ。ばかみたい。
でも、決めたことだから。引き返せない。と思った。
ばかみたいな、ちっぽけな意地で。

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「最後にもう1回だけ誘っていい?」

行為の後、私がそう聞くと、スイちゃんは「どうしようかな」とわざと意地悪を言った。私が泣き真似をすると、スイちゃんは私の方を見ないで、「いいよ」と小さな声で呟いた。

あーあ。最後って、どうしよう。
最後って決めたのは自分だけど。誘ったのは自分だけど。
好きって言ったらきっともう永遠にスイちゃんに会えない。
けど、言わなかったら自分が後悔する気がする。
こんな時に限って、スイちゃんが前に言っていた「自分が後悔したくないから、伝えたいことを伝えるのもいいと思うけど、それを受け取る相手の気持ちを考えたことある?」という言葉が頭から離れない。
私の気持ちを伝えることで私とスイちゃんの関係は何か変わるだろうか?
きっと、変わらない。だって、スイちゃんは最初から私のことなんてこれっぽっちも好きじゃない。

思えばスイちゃんは最初から何一つスタンスを変えていないのだ。
「彼女にならない」と言った私に、「俺も感情を入れることはない」と言ったスイちゃんと、今のスイちゃんは何も変わらない。
私が勝手に仕掛けて、好きになって、辛くなって、じたばたしただけだ。

だけど、もしかしたら、スイちゃんも私のことを本当は好きなんじゃないかって思うときがある。

例えば、私が眠れそうにない時、「幸ちゃん、また眠れないの?そんな声して。」と、声色一つで気がついてくれたり、「幸ちゃん、これ好きでしょ」って、私の好きな食べ物を買ってきてくれたり。

私、スイちゃんがどんな風に物事を考えるのかもっと知りたいよ。
スイちゃんと同じものを見て、違うことを考えていたら面白いって思いたい。
スイちゃんの家族になりたい。
一緒に歳を重ねていきたい。分かり合いたい。横に並んで、同じ方向を見たい。

なんちゃって。
あと1回しか会えないのにね。
今更気づいたって、遅い。

スイちゃん。
きみが私を好きって言ってくれたらいいのにな。
スイちゃんがそう言ってくれたら、私はここに残るのに。

最後に、私はスイちゃんに何を言おう。
そのときは、ちゃんとした、本当の私で話したいな。


2021/3/12


次回で幸ちゃんとスイちゃんのお話は一旦おしまいの予定です。
星さんと幸ちゃんシリーズはマガジンからご覧ください。


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