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【感想】GARO-VERSUS ROAD-

 しばらくぼんやりと虚空を眺めているうちに季節は移り紅葉は終わり、BLACKSUNは一挙公開されガロVRは端から順に配信され切ったのであった。時の流れは恐ろしく早い。
 逐一感想こそ呟いてはいなかったが、ガロVRの配信は毎週はらはら、ところどころ目を覆いつつも、しっかり最後まで見届けた。自分の知っているわずかばかりの『牙狼』とはだいぶ様相が異なっているようだったが、全体に漂う不穏な空気はたしかに嗅いだ覚えのあるにおいがする。
 そして何よりも、あの重力を感じさせないアクション! 常人離れした鍛え方をしている魔戒騎士たちやそもそも人間でないホラーたち、そして素晴らしい加護をもたらす鎧であるガロやゼロがスタイリッシュに見せつけていた瞬発力を、生身の人間がばんばん使いこなしている。なりたい自分になれるというゲームの世界ならではの演出で、ちょっとびっくりしつつも慣れるとだんだん楽しくなってくる。天羽や奏風に関しては現実世界でも割とあんな感じだったが……。
「選ばれし騎士」という割にはどいつもこいつも騎士道精神とはかけ離れたバトルスタイルで、基本的に血反吐を吐いているような生々しさがある。個人的に痛いシーンはあまり得意ではないのだが、しかしストーリーが気になって、ついつい続きを見たくなってしまう。GAROの名を冠しているのに牙狼っぽい世界観が中盤まで現れず、だいぶ焦らされた。だがその分、「牙狼の物語を知っている葉霧ら・視聴者」「牙狼の物語を知らず、何のかかわりもなくゲームをプレイするだけの空遠たち」というふたつの視点から話を俯瞰することが出来たようにも思う。『牙狼』という背景を知って「かくあれかし」と思うのはあくまで視聴者の都合であって、登場人物にとって黄金の鎧はただの勝利報酬にすぎないのである。

 

「ようこそ、GARO-VERSUS ROAD-の世界へ」

 思えば最初から怪しげなゲームであった。「君は前に進む… 進まない…」とローゼンメイデンがごときメッセージに誘われて怪しげなVRグラスを手に取れば、そこに集められたのは年齢も身分も様々な人間がぴったり100名。進行役の朱伽が姿を現したとき、「女だ」と声が上がるのが印象深い。眼前の彼女を、あたかも頭上に浮かぶ鎧と同じくゲームのNPCにすぎないと認識しているような、まるで無遠慮な発声だ。
 中空でトロフィーのように燦然と輝き、第一のゲーム終了時にはまるでからくり仕掛けのようにホラーを一掃したガロの鎧。一点の曇りも許さぬような黄金の煌めきと、各部に走る青い光がいかにもゲーミングである。
 対するホラーは拘束具を身に着けて運営の意のままに動き、参加者たちを追い詰める。この時点でホラーとガロの鎧がどちらも運営の手の中にある事が分かり、こちらとしては少し首を傾げたりもするのだが、命がけのVRゲームに巻き込まれている空遠たちはそんなことを知る由もない。
 1話において、ホラーが参加者たちを襲撃する様子をホラー自身の目線で映したシーンがあった。ホラーの視界はまるで複眼のようで、目の細かいパンチ穴を通したような粗い画質の世界に獲物の姿をとらえている。空遠たちがログインする際にかけるVRグラスにはハニカム模様が描かれているが、これも複眼の意匠に見えなくもない。ホラーを制御している仕組みとVRグラスで参加者を召喚する仕組みは、もしかすると同じ成り立ちのものなのかもしれない。
 そんなことを考えながら見ていたせいもあって、6話で星合がホラーに変えられてしまう展開は衝撃的であった。

 動揺のあまり、さすがにここだけはつぶやきを吐き出しているが、「陰我」の漢字を間違えているので何とも格好がつかない。

 空遠と並び立つ、もう一人の主人公として描かれているのが天羽だろう。バーを営んではいるものの決して客あしらいの愛想はよくなく、ただ飼っている子犬にだけはいつもたっぷりの餌を食わせている。一見悪そうなキャラクターが小動物に優しくしている図はまるで少女漫画のようだが、実際に彼が身を置いているのはどちらかというとステゴロ上等な青年漫画の世界であり、半グレのリーダー格・奏風とも中学時代からの並々ならぬ因縁があるようだ。不可侵の上位存在であるホラーに対して殴りかかるなど、ゲームそのものよりも戦い自体に意味を見出している節もある。
 空遠が星合を喪うように、天羽は奏風を亡くす。星合は空遠を思いやった末に自爆の道を選んだが、天羽と奏風は最後の瞬間まで向かい合い、拳を交えた。それは天羽の望みであり、奏風の願いでもある。現実世界では果たし得ない二人の理想は、ゲームの中で、しかも奏風がアンデットになってしまったという条件を付けて、皮肉にも初めてその完成形を得たのだ。

 空遠、天羽とともに最後のゲームまで生き残ったのが、ナグスケこと南雲ならびに野田武志こと香月貴音だ。
 貴音はゲームに参加する傍ら順調にモデルとして活躍し、ついには自分のブランドを立ち上げるまでになった。尊敬している先輩モデルのUMIですら、障害とみなせばためらいなく排除する(UMIがひょろりとした気の抜けたような立ち姿から一対多の立ち回りをやってのけるアクションはとてもよかった)。仕事を譲るから、とみっともなく命乞いをするUMIを冷たい視線で貫き、一切容赦しない貴音。彼が「香月貴音」になるまでの半生はところどころイメージ映像のように映し出されるのみだが、受けてきた仕打ちは想像するに難くない。寒々とした泥臭い草むらで同級生にナイフを振り下ろすことは、彼が「野田武志」を殺すためには欠かせない儀式であった。
 そうして嫌な過去はすべて捨てて、新しい自分の象徴であるうさぎのぬいぐるみだけを持って歩き出した貴音だが、彼が最期の瞬間に思い出したのは、自分を殴る母親の姿だ。どんなに忘れたいと願っても、結局過去はどこまでも、落としきれぬ泥のように裾に絡みついて離れない。漂白できないそれを引きずったまま、それでも歩みを止めないのが生きるということなのかもしれない。ならば貴音の足元は、見て見ぬふりをしている分だけ不安定だ。
 貴音は自分のブランドに自身と同じ名前を付け、それを自らの「生きた証」だと述べている。拠って立つ過去を持たない「香月貴音」という人間が、この世に確固とした存在として認められるためには、何か確実な礎のようなものが必要になる。その礎として、貴音はブランドを作り、「香月貴音」の名前を世間に知らしめたのだろう。「野田武志」などいなくても、彼がそこに在ることが出来るように。たとえ自分が消えても、「香月貴音」がいつまでもそこに在り続けられるように。

 南雲もまた、最後のゲームを前に、遺言のような動画を配信している。あたかも正義のジャーナリストのような、民衆の代弁者のごとき口調で語り掛ける彼も、最初はただの雇われ顔出し配信者に過ぎなかった。最初のゲームでホラーから逃げつつ、実況口調で独り言をつぶやいている様子からは、まだあまり真剣みは感じられない。
 南雲を最後の戦いまで突き動かし、導いたのは、このゲームへ理不尽に巻き込まれたことへの怒りだ。彼はその怒りを爆発させるのではなく、ゲームの正体を探る方向へ向けた。「世の悪から目をそらすな、戦え」「信じれば誰だってヒーローになれる」……視聴者に語り掛ける南雲の強い言葉は、同時に南雲自身の決意表明でもある。

 最後のゲームに挑む前、現世に痕跡を残そうとした貴音と南雲。しかし天羽は飼い犬に餌をやっただけで、他に何をするでもなくVRグラスを手に取った。自分が帰ってこれなくなることなど一切考えていないような、自然な素振りだ。空遠もまた、悩みながらではあるものの、特に何も残したりはせずにゲームへログインする。前者と後者の勝敗を分けたのは、この意識の差なのだろうか。


仮想現実のヒカリ

 ゲームの開幕に先立ち、朱伽は集まった人間たちに問いかける。「興奮も希望もない退屈な世界で、なぜ生きる?」
 周囲の状況に流されるまま、星合に誘われるがままにゲームを始めた空遠だが、すべての戦いが終わりを迎えた時、彼は初めてその問いへの答えを口にする。「俺が死ぬことは許されない。だから、ただ生きる」
 ゲームの中で死んでいった参加者たち。そこには大切な幼馴染もいれば、最後まで意見の合わなかったものもいる。ただ確かなことは、彼らの命の上に今の空遠があるということだけだ。
 死んでいった者たちの「希望の光」として、空遠はガロの鎧を纏い、ベイルこと葉霧に立ち向かう。星合の、天羽の、皆の記憶を力に変え、ギリギリのところでガロはベイルに打ち勝った。「守りしものになりたかった」と零す葉霧に、「お前が守ったのは自分だけだ」と空遠は言葉の刃を突き付ける。ゲームマスターを倒したことで、悪夢は終わりを迎える。
 ベイルの鎧はダークメタルの塊に姿を変え、アザミの手中に納まる。これが英雄譚であるならば、空遠は果敢にガロの鎧を纏ってアザミへ打ちかかり、何年かかってもダークメタルを粉々に滅ぼすべきであろう。
 だが、空遠はガロとして生きることを選ばない。アザミが姿を消すのを見送った後、血に濡れた牙狼剣をその場に残し、彼は足跡一つない真っ白な雪を踏みしめて歩いていく。99人の犠牲と引き換えにガロの力を得て、意のままに振るうようになれば、それは結局葉霧のやりたかったことと同じことだ。空遠がヒーローになるために、99人は命を落としたわけではない。そうであってはいけない。
 果てしなく続く魔戒騎士の物語において、空遠の存在はあくまでもイレギュラーであり、本筋には合流しない。血なまぐさい仮想現実は遠く過去のものとなり、おそらく空遠はただの大学生としての日常に回帰する。カフェやゲームセンターを通りかかるたび、彼は自らの命の重みを思い出すだろう。「ただ生きる」ことのなんと困難で、救いのないことか。
 悪夢から目覚めても、そこに在るのは興奮も希望もない退屈な世界だけだ。だがそれでも、空遠は歩き続けなければならない。死んでいった者たちの無念を背負い、その尊厳を守るために、彼はごく普通で当たり前の日常を生きて行かねばならないのだ。


(そしてできれば空遠、天羽のワンちゃんのことを思い出して保護してやってほしい。ガロの力を放棄したって、犬の1匹くらい守りしものであってくれ)

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