【トッキュウジャー】39~40話
第39駅「終わりの始まり」
クリスマスを間近に控え、ワゴンさんの指示で車内の飾りつけに取り掛かるライトたち。「ドコもハゲシく、イマジネーションに溢れまくってる」ために、例年この時期はシャドーラインの活動も不活発なのだという。明に初めてのクリスマスを体験させようと一同は張り切る。だが、トカッチのかけた電話はつながらず、呼び出しも切られてしまう。この「闇減りの時」こそシュバルツが待ちかねていた好機であり、すなわち明とトッキュウジャーとの決別のタイミングであった。
虹を守るためシャドーラインを抜けた時もそうだったように、明は自分の行動をいつも最善のものと信じている。ドリルレッシャーを取り戻すためにシュバルツの軍門に下ることも、明にとっては他に選びようのない道であった。その選択を万全にするために、この数話というもの、明はがむしゃらにシャドータウンを探しつつ、自らの身辺整理を済ませていたようだ。切替ポイントを探して方々を走り回ることは彼の本来の仕事である線路の保守点検も兼ねている。また、それでも目的地を見つけきれなかったときのことも考え、分厚い手書きのマニュアルも用意した。生活感にあふれていた操縦席は綺麗に清掃され、取り付けられた操縦用のつり革だけがその痕跡を残している。
ビルドレッシャーを降りた明は、オレンジ色のジャケットを着ていない。トレードマークのヘルメットも外して、彼はただのザラムに戻る。
すべてのオレンジ色を置いて出たザラムは、夕暮れを背負ってトッキュウジャーと対峙する。薄暮の空はいずれ夜の闇へと移ろいゆくものだ。ザラムとは距離を隔てた向こう側、トッキュウジャーたちの頭上には、あかあかと輝く夕日がある。白線の内側と外側は、近いようでいてこんなにも離れている。橙色の残り陽に身を染めて、ザラムはトッキュウ6号へ変身する。
第40駅「誰があいつで あいつが誰で」
シュバルツとザラムは昔なじみである。軍事力を統括する「将軍」の立場にいたこともあってか、シュバルツはザラムの事をよく知っている。ザラムへ口々に言い縋るライトたちに対しても、「ザラムが本気なこともわからんのか」とばっさり言い放つ。ザラム本人への信頼というよりは、「約束をたがわない」というザラムの性格への信頼のようにも見える。
そこなのである。シュバルツが頼みにしているのは「現在のザラムの戦力」と「かつてのザラムとの関係性」、この二つをミックスしたものだ。これは「現在のザラム自身」と限りなくイコールに近いが、厳密にはそうではない。シュバルツはザラムそのものではなく、自らの思い描くザラムのイメージ(イマジネーション!)を買った。だから現在のザラムの胸のざわつきについて、シュバルツは思いをめぐらそうとしない。「昔のまま」に血が騒ぐのだろうとからかいさえする。
結果的にキャッスルターミナルへの突入は失敗に終わり、息も絶え絶えのザラムをシュバルツは助け出す。ザラムの負傷した肉体を前に、初めてシュバルツは「現在のザラム」を発見する。
ドリルレッシャーを取り戻すために頭を下げられた時から薄々感づいてはいたのだろうが、その時はグリッタを取り戻す計画が彼の最大の関心ごとであった。計画が一度頓挫し、ぽっかりとあいた小休憩の時間だからこそ、シュバルツはザラムの変化をしみじみと目の当たりにし、自らの心境を語りもする。そして、「昔のまま」だと思っていたザラムが、自分と同じく「変わった」ことを認める。……小動物を猫可愛がりする癖はどうやら変わらないようだが。
空白の玉座に揺れるキャッスルターミナル。侯爵とネロ男爵が揃って出陣してくるが、今本当にシャドーラインの事を考えているのはこの二人だけのような気がする。ノア夫人はグリッタを思い暗躍したあげく皇帝に吹き飛ばされ、当の皇帝はトッキュウ6号に成りすましてレインボーラインに潜入を果たす。口うるさい周囲から避難してきたと嘯くゼットだが、本当の目的はグリッタをここまで運ぶことであった。
シュバルツを思うがゆえに、その傍に行くことを諦め、自分にできる精いっぱいの手段を用いてシュバルツを止めようとするグリッタ。シャドーラインの戦力ではシュバルツを止めることはできない。ゼットの力ならば対抗もできるだろうが、自分とゼットが分離されてしまうリスクも高まる。ならば彼女が頼れるのはもはやトッキュウジャーしかない。かつては利用しようとしたトッキュウジャーに、いまグリッタは「お願い」をする。彼女は無力だが、自分の戦い方をきちんと知っているのである。
烈車の中、飾りつけの途中で放置されたクリスマスツリーが物悲しい。イマジネーションの力が強まるクリスマスの日に、奇跡の一つも期待したいところだ。