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クリスマスなので、キリストについて預言とその成就をいくつか列挙してみる

今日はクリスマスだ。メリークリスマス。
ご存知の通り、クリスマスは、イエス・キリストの誕生したことを祝う日だ。(ちなみに、有名な話ではあるが、12月25日が実際にキリストの誕生日だったわけではない)

ところで、イエス・キリストは、なぜキリストなのだろうか。それは、旧約聖書を読めばわかる。
当たり前の話だが、新約聖書は、旧約聖書を土台にしている。旧約聖書で起きたことが、どのように新約聖書と対応しているのか、ということを知ることは、聖書を読む上で、重要なポイントだ。

例えば、キリストの犠牲の血により、贖われるという贖罪のロジックは、アブラハムがイサクを主に捧げようとしたことや、

"御使いは言われた。「その子に手を下してはならない。その子に何もしてはならない。今わたしは、あなたが神を恐れていることがよく分かった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しむことがなかった。」
アブラハムが目を上げて見ると、見よ、一匹の雄羊が角を藪に引っかけていた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の息子の代わりに、全焼のささげ物として献げた。"
創世記 22章 12〜13節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

"神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。"
ヨハネの福音書 3章 16節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

また出エジプト記において、家の門に羊の血を印として塗り付け、神の怒りを逃れたことなどが雛形になっていることがわかる。

"それから、モーセはイスラエルの長老たちをみな呼び、彼らに言った。「さあ、羊をあなたがたの家族ごとに用意しなさい。そして過越のいけにえを屠りなさい。
ヒソプの束を一つ取って、鉢の中の血に浸し、その鉢の中の血を鴨居と二本の門柱に塗り付けなさい。あなたがたは、朝までだれ一人、自分の家の戸口から出てはならない。
主はエジプトを打つために行き巡られる。しかし、鴨居と二本の門柱にある血を見たら、主はその戸口を過ぎ越して、滅ぼす者があなたがたの家に入って打つことのないようにされる。"
出エジプト記 12章 21〜23節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

"新しいこねた粉のままでいられるように、古いパン種をすっかり取り除きなさい。あなたがたは種なしパンなのですから。私たちの過越の子羊キリストは、すでに屠られたのです。"
コリント人への手紙第一 5章 7節

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このように、わかりやすく文脈から読めるもの以外にも、例えばヨブ記において、ヨブは人と神とを仲裁するものがいないと嘆いているところがあるが、

"神は、私のように人間ではありません
その方に、私が応じることができるでしょうか。「さあ、さばきの座に一緒に行きましょう」と。
私たち二人の上に手を置く仲裁者が、私たちの間にはいません。"
ヨブ記 9章 32〜33節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

この「仲裁者」も神と人との仲介者たるキリスト(救世主)のことだ。人と神との仲裁者たるキリストの不在をヨブは嘆くのだ。

上に挙げた例以外にも、このような感じで旧約聖書は繰り返し、救世主/メシア/キリストについて書いている。
今回はこのたくさんあるキリストにまつわる預言の中の一部を列挙してみようと思った。

旧約聖書のメシアに関する預言について、また新約においてそれが成就するパラレルな関係をいくつか見ていこう。

まず、最初の預言。

"わたしは敵意を、おまえと女の間に、おまえの子孫と女の子孫の間に置く。彼はおまえの頭を打ち、おまえは彼のかかとを打つ。」"
創世記 3章 15節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

これが、最初のキリストに関する預言だ。
女(エバ)の子孫から救い主が出て、蛇の頭を打ち、蛇は救い主のかかとを打つ。
こんな預言が創世記の最初から出ているのだから、十字架につけられたイエスをキリストと見ることは、ある程度思想としての美しさがあることが分かると思う。
(当時のイスラエルにイエスという人間がいて、十字架刑になったことは、考古学者の間でも、史実であるという見解が主流である。
参考
:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/17/112800459/?ST=m_news )

"それゆえ、主は自ら、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。"
イザヤ書 7章 14節

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"イエス・キリストの誕生は次のようであった。母マリアはヨセフと婚約していたが、二人がまだ一緒にならないうちに、聖霊によって身ごもっていることが分かった。"
マタイの福音書 1章 18節

"ヨセフは眠りから覚めると主の使いが命じたとおりにし、自分の妻を迎え入れたが、
子を産むまでは彼女を知ることはなかった。そして、その子の名をイエスとつけた。"
マタイの福音書 1章 24〜25節

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旧約のイザヤ書の時点で、処女がキリストを身ごもることは書かれている。

"「私は主の定めについて語ろう。主は私に言われた。『あなたはわたしの子。わたしが今日あなたを生んだ。"
詩篇 2篇 7節

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"あなたの日数が満ち、あなたが先祖のもとに行くとき、わたしはあなたの息子の中から、あなたの後に世継ぎの子を起こし、彼の王国を確立させる。
彼はわたしのために一つの家を建て、わたしは彼の王座をとこしえまでも堅く立てる。
わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。わたしの恵みを、わたしはあなたより前にいた者から取り去ったが、彼からはそのように取り去ることはしない。
わたしは、わたしの家とわたしの王国の中に、彼をとこしえまでも立たせる。彼の王座はとこしえまでも堅く立つ。』」"
歴代誌第一 17章 11〜14節

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"あなたの日数が満ち、あなたが先祖とともに眠りにつくとき、わたしは、あなたの身から出る世継ぎの子をあなたの後に起こし、彼の王国を確立させる。
彼はわたしの名のために一つの家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえまでも堅く立てる。
わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が不義を行ったときは、わたしは人の杖、人の子のむちをもって彼を懲らしめる。
しかしわたしの恵みは、わたしが、あなたの前から取り除いたサウルからそれを取り去ったように、彼から取り去られることはない。
あなたの家とあなたの王国は、あなたの前にとこしえまでも確かなものとなり、あなたの王座はとこしえまでも堅く立つ。』」"
サムエル記第二 7章 12〜16節

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"そして、見よ、天から声があり、こう告げた。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」"
マタイの福音書 3章 17節

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"シモン・ペテロが答えた。「あなたは生ける神の子キリストです。」"
マタイの福音書 16章 16節

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"そのとき、雲がわき起こって彼らをおおい、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。彼の言うことを聞け。」"
マルコの福音書 9章 7節

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"すると雲の中から言う声がした。「これはわたしの選んだ子。彼の言うことを聞け。」"
ルカの福音書 9章 35節

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"彼らはみな言った。「では、おまえは神の子なのか。」イエスは彼らに答えられた。「あなたがたの言うとおり、わたしはそれです。」"
ルカの福音書 22章 70節

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"あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたが、わたしの声に聞き従ったからである。」"
創世記 22章 18節

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"そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとする。あなたは祝福となりなさい。
わたしは、あなたを祝福する者を祝福し、あなたを呪う者をのろう。地のすべての部族は、あなたによって祝福される。」"
創世記 12章 2〜3節

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"約束は、アブラハムとその子孫に告げられました。神は、「子孫たちに」と言って多数を指すことなく、一人を指して「あなたの子孫に」と言っておられます。それはキリストのことです。"
ガラテヤ人への手紙 3章 16節

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"神はアブラハムに仰せられた。「その少年とあなたの女奴隷のことで苦しんではならない。サラがあなたに言うことはみな、言うとおりに聞き入れなさい。というのは、イサクにあって、あなたの子孫が起こされるからだ。"
創世記 21章 12節

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"私には彼が見える。しかし今のことではない。私は彼を見つめる。しかし近くのことではない。ヤコブから一つの星が進み出る。イスラエルから一本の杖が起こり、モアブのこめかみを、すべてのセツの子らの脳天を打ち砕く。"
民数記 24章 17節

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"王権はユダを離れず、王笏はその足の間を離れない。ついには彼がシロに来て、諸国の民は彼に従う。"
創世記 49章 10節

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"エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。"
イザヤ書 11章 1節

"その日になると、エッサイの根はもろもろの民の旗として立ち、国々は彼を求め、彼のとどまるところは栄光に輝く。"
イザヤ書 11章 10節

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"見よ、その時代が来る。──主のことば──そのとき、わたしはダビデに一つの正しい若枝を起こす。彼は王となって治め、栄えて、この地に公正と義を行う。"
エレミヤ書 23章 5節

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"御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、
聖なる霊によれば、死者の中からの復活により、力ある神の子として公に示された方、私たちの主イエス・キリストです。"
ローマ人への手紙 1章 3〜4節

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キリストが、肉によればダビデの子孫、霊によれば神の子であるということ。

また、イエスの血筋について、エッサイの根株、ダビデから出る若枝、ヤコブから出る星、などの預言を見てから、福音書に書かれているあのつまらない系図を見てみると、聖書を読み慣れない人でも、少し立体的に立ち上がってくるのではないだろうか。

"「ベツレヘム・エフラテよ、あなたはユダの氏族の中で、あまりにも小さい。だが、あなたからわたしのためにイスラエルを治める者が出る。その出現は昔から、永遠の昔から定まっている。」"
ミカ書 5章 2節

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"御子は万物に先立って存在し、万物は御子にあって成り立っています。"
コロサイ人への手紙 1章 17節

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"イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。"
マタイの福音書 2章 1節
"王は民の祭司長たち、律法学者たちをみな集め、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。"
マタイの福音書 2章 4節

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"ヨセフも、ダビデの家に属し、その血筋であったので、ガリラヤの町ナザレから、ユダヤのベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
身重になっていた、いいなずけの妻マリアとともに登録するためであった。
ところが、彼らがそこにいる間に、マリアは月が満ちて、
男子の初子を産んだ。そして、その子を布にくるんで飼葉桶に寝かせた。宿屋には彼らのいる場所がなかったからである。"
ルカの福音書 2章 4〜7節

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"キリストはダビデの子孫から、ダビデがいた村、ベツレヘムから出ると、聖書は言っているではないか。」"
ヨハネの福音書 7章 42節

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「御子は万物に先立つ」という思想と、キリストがベツレヘムから出るということについて。

"タルシシュと島々の王たちは貢ぎを納めシェバとセバの王たちは贈り物を献げます。
こうしてすべての王が彼にひれ伏しすべての国々が彼に仕えるでしょう。
それは王が叫び求める貧しい者や助ける人のない苦しむ者を救い出すからです。
王は弱い者や貧しい者をあわれみ貧しい者たちのいのちを救います。
虐げと暴虐から王は彼らのいのちを贖います。王の目には彼らの血は尊いのです。"
詩篇 72篇 10〜14節

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これはソロモンのことなのだが、キリストの雛形になっている。

"らくだの大群が、ミディアンとエファの若いらくだが、あなたのところをおおい尽くす。これらシェバから来るものはみな、金と乳香を携えて、主の誉れを宣べ伝える。
ケダルの羊もみな、あなたのもとに集まり、ネバヨテの雄羊は、あなたに仕える。これは受け入れられ、わたしの祭壇に献げられる。わたしは、わたしの輝かしい家をさらに輝かす。"
イザヤ書 60章 6〜7節

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"イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。"
マタイの福音書 2章 1節
"それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。"
マタイの福音書 2章 11節

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東方の博士達について。

"主はこう言われる。「ラマで声が聞こえる。嘆きとむせび泣きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。その子らのゆえに。子らがもういないからだ。」"
エレミヤ書 31章 15節

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"ヘロデは、博士たちに欺かれたことが分かると激しく怒った。そして人を遣わし、博士たちから詳しく聞いていた時期に基づいて、ベツレヘムとその周辺一帯の二歳以下の男の子をみな殺させた。
そのとき、預言者エレミヤを通して語られたことが成就した。
「ラマで声が聞こえる。むせび泣きと嘆きが。ラケルが泣いている。その子らのゆえに。慰めを拒んでいる。子らがもういないからだ。」"
マタイの福音書 2章 16〜18節

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ヘロデ王の虐殺について。
ラケルというのは、創世記に出てくる。

"彼らはベテルから旅立った。エフラテに着くまでまだかなりの道のりがあるところで、ラケルは出産したが、難産であった。
彼女が大変な難産で苦しんでいたとき、助産婦は彼女に、「恐れることはありません。今度も男のお子さんです」と告げた。
彼女が死に臨み、たましいが離れ去ろうとしたとき、その子の名をベン・オニと呼んだ。しかし、その子の父はベニヤミンと名づけた。
こうしてラケルは死んだ。彼女はエフラテ、すなわちベツレヘムへの道で葬られた。"
創世記 35章 16〜19節

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"わたしは彼らの同胞のうちから、彼らのためにあなたのような一人の預言者を起こして、彼の口にわたしのことばを授ける。彼はわたしが命じることすべてを彼らに告げる。"
申命記 18章 18節

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"主は誓われた。思い直されることはない。「あなたはメルキゼデクの例に倣いとこしえに祭司である。」"
詩篇 110篇 4節

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"ですから、天の召しにあずかっている聖なる兄弟たち。私たちが告白する、使徒であり大祭司であるイエスのことを考えなさい。"
ヘブル人への手紙 3章 1節

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預言者、祭司として書かれるところ。

"その上に主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、思慮と力の霊、主を恐れる、知識の霊である。"
イザヤ書 11章 2節

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"イエスはバプテスマを受けて、すぐに水から上がられた。すると見よ、天が開け、神の御霊が鳩のようにご自分の上に降って来られるのをご覧になった。
そして、見よ、天から声があり、こう告げた。「これはわたしの愛する子。わたしはこれを喜ぶ。」"
マタイの福音書 3章 16〜17節

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キリストには聖霊が宿るということについて。

"荒野で叫ぶ者の声がする。「主の道を用意せよ。荒れ地で私たちの神のために、大路をまっすぐにせよ。"
イザヤ書 40章 3節

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"そのころバプテスマのヨハネが現れ、ユダヤの荒野で教えを宣べ伝えて、
「悔い改めなさい。天の御国が近づいたから」と言った。"
マタイの福音書 3章 1〜2節

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洗礼者ヨハネについて。

"私は彼らに言った。「あなたがたの目にかなうなら、私に賃金を払え。もしそうでないなら、やめよ。」すると彼らは、私の賃金として銀三十シェケルを量った。
主は私に言われた。「それを陶器師に投げ与えよ。わたしが彼らに値積もりされた、尊い価を。」そこで私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。"
ゼカリヤ書 11章 12〜13節

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"そのころ、イエスを売ったユダはイエスが死刑に定められたのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちと長老たちに返して、言った。
「私は無実の人の血を売って罪を犯しました。」しかし、彼らは言った。「われわれの知ったことか。自分で始末することだ。」
そこで、彼は銀貨を神殿に投げ込んで立ち去った。そして出て行って首をつった。
祭司長たちは銀貨を取って、言った。「これは血の代価だから、神殿の金庫に入れることは許されない。」
そこで彼らは相談し、その金で陶器師の畑を買って、異国人のための墓地にした。
このため、その畑は今日まで血の畑と呼ばれている。"
マタイの福音書 27章 3〜8節

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銀三十枚でイエスを売るところ。

"彼らは私の衣服を分け合い私の衣をくじ引きにします。"
詩篇 22篇 18節

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"そのとき、イエスはこう言われた。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているのかが分かっていないのです。」彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。"
ルカの福音書 23章 34節

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衣でくじ引きするところ。

などなど、他にも沢山あるので、探しながら読むと楽しいと思う。
読みなれている人には、「当たり前じゃん」と言われそうだが、聖書に親しみのない人にとっては、新約聖書が旧約聖書の記述を参照して、かなり几帳面に対応させて、(僕のようなキリスト教徒は、ある程度史実として対応していたと信じるわけだが)書いていることが少しわかったんじゃないだろうか。
次があるか分からないが、今日はこれぐらいにしておこうと思う。

最後に、罪の身代わりとなったイエス・キリストに思いを馳せて。

"彼は主の前に、ひこばえのように生え出た。砂漠の地から出た根のように。彼には見るべき姿も輝きもなく、私たちが慕うような見栄えもない。
彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、悲しみの人で、病を知っていた。人が顔を背けるほど蔑まれ、私たちも彼を尊ばなかった。
まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。
しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。
私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。
彼は痛めつけられ、苦しんだ。だが、口を開かない。屠り場に引かれて行く羊のように、毛を刈る者の前で黙っている雌羊のように、彼は口を開かない。
虐げとさばきによって、彼は取り去られた。彼の時代の者で、だれが思ったことか。彼が私の民の背きのゆえに打たれ、生ける者の地から絶たれたのだと。
彼の墓は、悪者どもとともに、富む者とともに、その死の時に設けられた。彼は不法を働かず、その口に欺きはなかったが。
しかし、彼を砕いて病を負わせることは主のみこころであった。彼が自分のいのちを代償のささげ物とするなら、末長く子孫を見ることができ、主のみこころは彼によって成し遂げられる。
「彼は自分のたましいの激しい苦しみのあとを見て、満足する。わたしの正しいしもべは、その知識によって多くの人を義とし、彼らの咎を負う。
それゆえ、わたしは多くの人を彼に分け与え、彼は強者たちを戦勝品として分かち取る。彼が自分のいのちを死に明け渡し、背いた者たちとともに数えられたからである。彼は多くの人の罪を負い、背いた者たちのために、とりなしをする。」"
イザヤ書 53章 2〜12節

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以上。

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