見出し画像

忘れられない星空がある

オーディブルで家族の言い訳という作品を聴いた。
家族の言い訳
著者 森浩美
ナレーター 矢野敦史、小野慶子

家族に関係するショートストーリーのオムニバス。人間というのは、家族というだけで分かり合えるものではなくて、家族だからこそ上手くいかないことなんかもあって、でも関係を諦める訳にもいかなくて…。人の数だけ家族の形がある。

その中で、星空への寄り道というお話があった。星空を眺める登場人物。生きていると大変なこと、辛いことが多い。そんな時、人間は雄大な自然に、ほとんど無限の広がりのある宇宙に、救いを求めるのかもしれない。そうでなくとも、星空を眺めるというのは、やはりよいものだ。暗闇の中、散りばめられた大小の明かりを見ているだけでいい。そうすれば、今その瞬間だけに集中できる。

小説の感想からは外れるが、星空の話をするといつも思い出す景色がある。

2022年の4月から5月、私は太平洋のど真ん中でヨットに乗っていた。
目的はバードウォッチング。
ハワイを出発して、30日間かけてフィジーまで行く、その途中だった。

乗船したのは、ヨットSauvage号
大体ですが、赤線のルートを行きました

キリバスのライン諸島・フェニックス諸島の近くは通るが、30日間一度も上陸はしない、ヨットの上にいるメンバー以外には誰にも会わない、貨物船すら見かけない、毎日ひたすら海鳥を見る。
本当に貴重で、狂気を帯びていると言ってもいいような、素晴らしい機会だったと思う。

赤道を超える瞬間は真夜中でしたが、みんなでシャンパンを飲み、海にもシャンパンを捧げました🍾

キリバスを離れ、フィジーまでの10日あまり、毎日毎日水平線ばかりを眺める生活となったころ、赤道もほど近い海域を行く、エアコンのないヨットでは寝苦しい夜が続いていた。
ある夜、寝汗をびっしょりとかいて目が覚める。隣で寝ている夫は暑さに強いのか、全く目覚める様子がない。船室に備えられた小さな小さな扇風機はもはや何の意味もなしていないように感じられた。寝直そうとしても、体が熱くて寝られそうにない。

ヨットの船室。上部と横に窓はあるが、航行中は雨や波飛沫があるので上部の窓は中々開けられない。小さな扇風機だけでは、暑い日は寝苦しい。

デッキに出て風を浴びようかなと思い立つ。
ベンチのある後部デッキに出ると、見張り休憩中のキャプテンと暑がりな参加者の一人が床に転がって寝ている。ワイヤーの張ってある右舷側を、間違っても夜の海に落ちないように気をつけながら通り過ぎて、マストの下に腰を下ろす。

風がとても気持ちよかった。南国といっても海の上の風は、夜になるとひんやりとしている。寝汗がだんだん引いてきて、寝ぼけていた意識もはっきりしてくる。
ふと空に目をやると、おびただしい数の星が夜空に輝いていることに気がつく。天頂から水平線まで、遮る物は何もない。辺りは真っ黒な海がどこまでも広がっているだけで、星を邪魔する光は何もない。マストの下には誰もいない。小さなヨットの上で、一人だけの空間というのは存外貴重だ。ヨットは風を掴んで海の上をゆっくりと滑るように進んでいて、エンジン音もしない。舳先が波を切る音が控えめに聞こえるだけだ。

陽が沈む頃、明るい水平線から濃紺の空へ、グラデーションがとても美しい。

この時まで、星空を眺めると自分の存在がちっぽけなものに思える、という話が私にはよく分からなかった。星空を眺めていても、その光を取り込んで映像を処理しているのは私自身で、むしろ自分という存在を自覚させられるような気がしていた。
しかし、この時の星空は違った。あまりにも圧倒的だった。視界の端から端まで星空で、大小様々な光で空が埋め尽くされていて、星空に包まれているような気分で、どこまでも広がる星空に恐ろしさも感じた。私の目に今映っている世界だけでも、こんなに広く、私はその中の小さな一部なんだと感じた。
そして、すごく不思議な気分にもなった。少し前の私は、私が太平洋の真ん中でヨットの上から星空を眺めているなんて、全く想像もできなかっただろう。それに、ここに来るまでの色々な選択が少しずつ違っていたら、この場所にはいられなかったかもしれない。

毎日異なる表情の日没の空を眺める、なんて贅沢なことだろうと思う。

私が今まで見た中で最も思い出に残っている、太平洋のど真ん中で、ヨットの上から眺めた星空の話を書いてみた。雄大な自然に思いを馳せると、私たちの人生はあまりにも短いように思える。感動できる景色に巡り会える機会なんて、そうそうないだろう。そんな景色を忘れないように、こうして文章に残しておくのも悪くないかもしれない。

キリバス、フェニックス諸島のRawaki島を望む。

いいなと思ったら応援しよう!

のいまん
もしも記事を気に入って下さったら、応援頂けると嬉しいです!もっともっと海鳥を見に行って、もっともーっと皆さんに海鳥の魅力を発信していきます🐥!