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Sport Media and Nationalism
Key words
・ Nationalism - 国家主義、愛国心
・ Civic - 公民の
・ Ethnic - 民族の
国家
国家とは、社会的につくられた人々の '思い込みのコミュニティ' です。
イギリスで日本人と会うと、全く知らない人だったとしても、同じ 日本出身という親近感やつながり的なものを感じます。
では、誰がこの '国家' というコミュニティを形作っているのでしょうか。
日本人、イギリス人…というコミュニティの分類には、誰が受け入れられて誰が疎外されているのでしょうか。
Civic vs Ethnic
混同しやすいこの2つの単語の区別から。
Civic(公民の)
・その国家の人民
・政治的結束・つながりをもつ
・Ethnic より多様でオープン
Ethnic(民族の)
・文化的つながり、祖先のルーツにつながりがある人々のグループ
・人種的アイデンティティを重視
・Civic よりも閉鎖的
例えば、British と English という2つのグループについて考えてみます。
British は イギリス国民全体の人々(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド全ての人々)を示す Civic 寄りなアイデンティティ。
English は イングランドにルーツを持つ人々のみを指す Ethnic よりのアイデンティティと言えるでしょう。
国家のシンボルとしてのスポーツ・アスリート
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スポーツは人々の感情を揺さぶる様々なドラマを生み出します。
オリンピックをはじめとする国際スポーツ大会では、アスリートが '国の代表' として他国のアスリートと戦います。
パリ五輪でも、アスリートがそれぞれの国のユニフォームを着て、国旗と共に写真に映る姿が多くみられました。
アスリートの成功はその国家や国民に誇りをもたらし、他国に対してもポジティブな国民性のイメージを与えることができます。
世界的なスポーツ大会の注目度、スポーツには常に勝ち負けがあることなどから、スポーツを国家間の '代理戦争' と表現する人もいます。
'わたしたち' とは誰なのか
多民族国家ではあるが、国民の大多数が白人系のイギリス。
移民・難民、ムスリム系、黒人系の人々は、イギリス人が思う 'わたしたち' に含まれているのでしょうか。
2020年のサッカーEURO決勝、イタリアにPK戦の末敗れたイングランド代表。
PKを外したのは3人の黒人選手で、試合後その3選手は人種差別的な誹謗中傷を多く受けました。
その中でXに投稿された画像内のメッセージが話題を集めます。
Education and saying ‘NO’ out loudly is the way forward pic.twitter.com/nc8jkPvQil
— Imam Muhammad Mustaqeem Shah (@mmshah73) July 13, 2021
ゴールを決めたり勝ったらイギリス人(イングランド人)の誇りとして称賛され、負けたりミスを犯したら移民、黒人だと批判される。
単一民族国家と言われる日本で生まれ育った自分には、理解しきれない感覚の部分もありますが、いまだにこれが現実です。
授業で全く触れられていないのですが、この話の間はラグビー日本代表の多様性と「日本代表」について考えていました。
ラグビーについては知識が全くないので、今度個人的に報道のされ方やそれにまつわる文献を調べてみようと思っています。
アスリートとメディア
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最後に授業に出てきた、現在21歳のイギリス人テニス選手、エマ・ラドゥカヌ選手について紹介します。
彼女は、ルーマニア出身の父親と中国出身の母親の間にカナダで生まれて、2歳の時にイギリスへ移住したというルーツを持っています。
2021年の全米オープンで、10代ながら予選から10試合ストレート勝ちして優勝し注目を浴びました。
イギリスのいくつかのメディアは彼女のスポーツでの偉業に加え、彼女自身をイギリス・ロンドンの多様性の象徴として取り上げました。
移民やハーフであるルーツ「新しいイギリス人らしさ」として、移民全体を受け入れる報道がされる一方で、彼女が背負う過度な期待に彼女を心配する声も上がりました。
マイノリティバックグラウンドのアスリートが、そのコミュニティ全体のイメージを担っているかのようなメディアフレーミングに対して、そのアスリートの精神的負担は計り知れません。
マイノリティだからこその苦労や、スポーツ的な功績がメディア記事から抜け落ちていないか。
国家が地位や評判を高めるために、アスリートやスポーツを誇大広告として利用していないか。
深く考えれば考えるほど、色々な社会問題や構造と繋がっていて面白いなと思いました。