黒猫を飼い始めた。〜ep.
黒猫を飼い始めた。
という書籍を読んでからの出来事だった。
【突然の連絡】
ある日私は、高校時代からの友人である【阿久津】から急に連絡が来た。
何事かと思えば、少々仕事の関係で家を外すから、飼っている猫の面倒を見て欲しいとの連絡だった。
「久々の連絡がそれかよ、、」と思ったが、旧友からの頼みだし、何かしらのお返しはするということだったので渋々承諾した。
承諾した理由はもう一つある。私は時間を持て余してるのである。というのも、6年間働いていた会社を人間関係の拗れで辞めてしまい、次の職を探している最中であったからだ。それに【阿久津】は、私の故郷である北鎌倉にて住んでいることから、理由をつけて久々に帰れることに少し喜びを感じていた。
【理想と現実】
長く働き続けることが美徳だと思っていた。祖父や父の働き方を見てそう思っていた。ただ、私の中で様々な葛藤や自身の望む働き方を我慢しながら、今後あと何十年も働き続けけることは、自分を見失うことになりかねなかった。今の仕事及び人たちに依存していた。
元々やりたいことなんてなかった。
大学を出て正社員で働くことが正解だと思っていた。自分のなりたい姿なんて想像しなかった。
ただ生活のために働けば良いと思っていた。
結果職場の人達に好かれることを目的として働いていた自分がいた。自分という人間を見失ってまでも。承認欲求の塊だ。
承認欲求を満たすために働いていた自分がそこにはいた。自分自身が段々と壊れていった。このままじゃまずいと感じた。
私は仕事を辞めることを決意した。一旦立ち止まってしっかり考える時間が必要だと判断した。
今後の自分のことを考えることを避けていた。
どうせ理想の自分になんかなれないと思っていたから。
両親は受け入れてくれた。
「あなたのやりたいことをやりなさい」
「人生は一度きりだから」
この言葉にいつまでも甘えている訳にはいかない。
中には、厳しい声もあった。
「一度やめたら癖がついてしまうよ」
「仕事はそういうものだよ」
「そうやってすぐやめちゃうんだね」
「頼れる人がいるからすぐ辞めれるんだよね?」
「社会人なめんなよ」
一体何が正しいのか、自分はどうすれば認められるのか、どう人前で振る舞えば良いのか。自分は何をすれば良いのか。
今までそれとなく物事をこなしてこれた代償なのか、初めて大きな壁に当たった気分だ。
今まで自分という人間を持っていなかったのだと感じた。誰かの指示に従うこと、それが絶対的なものになっていた。
「何のために働いているのだろうか」
次第に酒に溺れた。意味もなく、何かと理由をつけてその日を特別な日とし、酒を飲む。その瞬間は忘れられる。翌日には嫌な記憶が蘇る。これの繰り返しだった。このループに終止符を打たねば体を壊す。仕事にも手がつかなくなった。
酒、タバコ、ギャンブル、一瞬の快楽に溺れた。
なかなか寝れない。朝方になってようやく眠れる。
けど仕事があるから起きないといけない。
壊れた。このままではもたない。
私には、私自身のことを考える時間が必要だった。
【猫との出会い】
今私は、東小金井の小さなアパートに住んでいる。
新宿まで出て、そこから湘南新宿ラインに揺られてる間に鎌倉に到着した。長いこと帰省していなかったので、久々に使った電車だったが、あそこまで速く走れるものだとは思わなかった。
窓に映る景色が目まぐるしく過ぎていく、高層ビル群から、工場地帯を経て、自然豊かな街並みが見えてくる。
久々の帰省だったため、まずは北鎌倉でなく、鎌倉駅で降りてみた。なるほど、観光客が圧倒的に昔に比べて増えた。老若男女、国籍問わずさまざまな人がいて、今となれば賑やかな街になったなという印象だった。
小町通りの人混みを抜け、裏道へ出た。そこにも写真撮影等をしてる人もいた。
住宅の敷地内で撮影してる人もいた。これはダメだろ、、と思いながら少し憤怒を覚えた。
私と地元民しか知らない道だと思っていたのに、、、そんなことを思いながら【阿久津】の宅へと向かう。
鎌倉駅から坂を越え歩き続けた。
無事【阿久津】宅へ到着した。昔と何ら変わらない街並みに安堵を覚えながらも、落ち着いた雰囲気から少々遠ざかっていたこの街にも少々の変化を感じながら、チャイムを押した。
阿久津が出る。「元気か?」
昔と変わらない声で、安堵を覚えた。
だが、髪は白髪混じりで、無精髭もすごい。
当時キラキラしていた阿久津の姿とは想像もつかない容姿だった。
「実は俺さ、」
続く。