ちょうどいいメランコリー
実は、"タイムカプセル"を月次で生成している。
長らく人生を一緒に歩んできたお気に入りの曲や、直近で出会った、今のバイブスに合う曲、好きな人が教えてくれた曲なんかを織り交ぜて、「今月のプレイリスト」を作るのだ。
「音楽を聴く時は、主に今月のプレイリストの中から聴かなければならない。」
という、(自己満かつ厳しめな)マイルールを設けているおかげで、過去のプレイリストを聴けば、その時期の体感覚的な記憶を簡単に取り出せるのだ。
だから、これを”タイムカプセル”と呼んでいる。
ところで私は毎年、9月が来るのがすこぶる怖い。
賑やかな夏が終わってしまって、太陽の出ている時間がどんどん短くなって、日に日に季節が陰に向かっていることが嫌でも感じ取れてしまう9月と、どうも相性が悪いのだ。
みんなから置いてきぼりにされて、世界からひとり取り残された気持ちになる。
毎年9月は、(自分の状態が良くないから)悪いことを引き起こしてしまいがちで、現実世界もぐちゃぐちゃと問題が起きやすい。
それでも9月は、最愛のパートナーの誕生月だし、憎たらしいのに可愛い弟も9月生まれ。そういえば、5年付き合った元カレも9月が誕生日だった。
グリーン・デイのWake me up When September Endsは高校時代に最も聴いたと言える曲のひとつだし、アース・ウィンド&ファイアーのSeptemberに至っては、Septemberどころか年がら年中聴いているのに。
だから9月は本来、自分の誕生月の3月と、クリスマスがある12月の次にロマンチックな月であるべきなのに、
宿命とも言えてしまう相性の悪さから、ロマンチックを通り越して、メランコリックになってしまう。
(※ご存知の通り、多くの人の感じる秋のロマンチックさは、メランコリーが存在する季節であるからそうなわけなので、メランコリーは絶対悪ではない。適度なメランコリーは人生を味わい深いものにする、重要な要素である。)
だから、もう夜なんかはすでに、じめつきの中に秋の気配が宿り始める今、毎年恒例のように、今年も9月に怯えている。
でも、今年の9月は仕事で山場があるので、間違ってもメランコリックに浸っている場合ではない。
絶対失敗できないプレゼンは、何度も予行練習をするように、9月の予行練習をしよう、と意を決し、
去年の9月のタイムカプセルを開けてみた。
1曲目に、早速ニルヴァーナが来る。さっきまでピンピンしてたのに、一気に気だるさが押し寄せる。
レディオヘッドで、生きる希望が完全に奪われる。
もうダメかもしれない。
ザ・リバティーンズのMusic When The Lights Go Outで、ガレージロックの心地よい曲調で一瞬救われたかと思いきや、救い様のない完全なる絶望でしかない歌詞が、追い討ちをかけてくる。(こういう曲が1番怖い。)
i think i wanna be aloneが流れてきた。
「この曲、あなたみたい。」って、お互いにひどく削り合った末に休戦状態だったパートナーがよこしてきたんだった。
歌詞を聴いて、厄介なヤツすぎない?! って心の中でツッコんだけど、わたしのやるせない気持ちの93%くらいをポップに言語化してくれていて救われたことを思い出した。
2022年9月の手触り感ある記憶が、次から次へと蘇る。
同時に、繊細すぎて壊れそうな自分、弱さを狂気でカバーしようとする自分、刹那的で極端すぎる自分とかに、久々に真正面から出会った。
にがい。非常に、にがい。
でも、ただのエスプレッソじゃなくて、ダブルショットのカフェモカくらいには、甘い。
「こんなところが愛おしいんだよな〜、わたし。」
なんて、思えた。
一年前より、ちゃんと、自分のこと、抱きしめられてる。
最近の私はずいぶん、逞しくて、前向きで、時間軸を長く持てるようになったのだと思う。
何が起きても大丈夫であることを信じられている。
決して、無理をして強く振る舞っているわけではなくて、
なんだか自然に、タフでエネルギッシュで、ポジティブな私が優位に発動するのだ。
ずいぶん強くなったな、わたし。
ちょっぴり寂しさを感じる。
もしかしたら、愛おしさの一部がいつのまにか消えてしまったんじゃないかと、ちょっと焦った。
自分の狂気さも、繊細さも、極端さも、たぶんわたしをわたしたらしめる、大切な要素なんだよな。
色んな大切なことを忘れてしまったらどうしよう。
これまで当たり前に見えていた目に見えないものが、本当に見えなくなってしまったらどうしよう。
消えてない、と確かめたくて、無理に引きずり出そうとしたけれど、
強さも、弱さも、醜さも、愛も、論理も、感性も、狂気も、ちゃんと全部、いるよ。絶妙なバランスで、再現性のないわたしだけの完璧なバランスの中で、ちゃんといるよ、と
頭の中で声がした。
”愛とパワー”、なるものが共存していることに初めて自覚的になれて、この大切な感覚を忘れたくないと思った。
だから、今年の9月は、
もしかしたら、きっと、たぶん、
心地の良い量のメランコリーで、ロマンチックに過ごせるかもしれない。
そう思うと、9月が来るのがちょっぴり待ち遠しく思えた。
”ちょうどいいメランコリー”が欲しいあなたへ。
とっておきの9月のエッセンスをお裾分けです。