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「誰が悪いわけでもない」と思わずにはやっていられない-B01-

私の大学は前期に引き続き後期もオンライン授業が基本になりました。

皆さんの大学や会社、学校はいかがですか?

「オンラインの授業が悪い」と言いたいわけではないのですが、私は学校の施設の設備面や立地面、教授たちで大学を選んだので「なんだかなぁ」と言う気持ちです。

確かに教授たちにはメールを送れば質問や疑問に答えてくれます。時にはGoogle meetやzoomを活用して会話しながら解決することも可能ではあります。しかしあくまで一対一になってしまうのです。その空間には、「たまたま通りかかった別分野の教授」が会話には入ってくることも、「たまたま聞いていた他の学生がさらに質問を投げかけたりする」こともないのです。

私はそんな混沌とした「話し合いの空間」が好きだったので尚更今の状況がもどかしいなと思います。

私たちは、私は、今のこの現状の日々のために大学に通うことを決めたのではなかったのです。私は確かに、あの「話し合いの空間」を求めていたはずだったのです。その日々を夢見て、奨学金という名の借金をしてでも大学に通うことをえらんだのです。

それなのにこんな状況で大学に通った集大成の卒業論文を、卒業制作を作っていかなければいけないのかと思うと、やるせないのです。

私たちはそれぞれが外に出ずともできる可能な限りの最大限の研究を行っています。たくさんの大学四年生の仲間たちがそうしているのでしょう。

この研究が誰かの役に立つために。この研究が自分の知識欲を掻き立てるために。学部の三年までに学んできた知識の集大成をまとめ上げる一年を、外に出ることもなく、たくさんの人と討論することもできず、対象地の現地調査に行くこともできず、資料を求めて出かけることも制限されて…。

誰が悪いわけではない。ウィルスにかかった人が悪いわけでもない。口にせずとも分かっているのです。

誰が悪いわけでもないからこそ

このもどかしさを。この怒りを。この悲しみを。この不安を。

どこに、伝え、ぶつければ良いのだろうか…。

どこかに伝えて、ぶつけて、私の大学四年生の時間は取り戻せないのだろうか。

そんな、「もしも」を考えたところで時間は経つし、過去に戻ることも今にとどまることもできないのは知っている。もう私の大学四年生は終わりに向かっている。

と、時々思いながら、自分以外誰もいないワンルームの部屋で一人食事をとり卒業制作に取り組むのです。