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原始の青、永遠の青

――過去が重い。時間が経てばたつほど失敗ばかりが積み重なっていく……。うっ。

今日もまた深夜の悪夢にうなされ、罪悪感と劣等感にたたき起こされた。やはり僕は論理や理屈を重んじる人間だ。そういう人間の性なのか(同じタイプの友人の中にも同じような傾向を見た)、直近だろうが5年前だろうが、自分の矛盾や間違いがとても気になって仕方がない。理によって立っている人間は、無駄なところで記憶力が良いのだ。

一つの出来事の中に、10の重要な構成要素を見出したとしよう。僕はその中の1つでさえ「間違っている」「失敗した」と考えると、その出来事自体がトラウマのような苦い体験になる。残りの9項目が快調だったとしてもだ。論理というのは矛盾を許さないものなのだ。たった一つの反例で反証されてしまうのである。

とはいえ、それじゃ生きづらいことは自分でもわかっている。だから最近は自分の自然な感情を大切にすることを心掛けている。でも、人間はそんな急に変われない。徐々に変化しつつあるが、深夜になると根っこの部分でざわめき出すのだ。ほら、深き森の小人たちが僕に石を投げ始めた。

だから僕は決意した。「最低最悪のクズ」になることを。罪悪感というのは、善人でありたいという気持ちと現実とのギャップから生まれているのだ。劣等感というのは、理想の自分と現実のギャップから生まれているのだ。僕はそれを内観によって分析し理解した。ならあとは対策するだけだ。

僕は寝床を抜け出し、洗面所の蛇口をひねってコップで水を飲んだ。そして大きな深呼吸を二回して、再び寝床へと戻った。深き森の小人たちも眠りについた様子だった。


***


強めの白い陽ざしを顔に受けて起きた。目覚まし時計はまだ鳴っていなかった。しかし窓の外は妙に明るかった。そう思った瞬間、背筋に悪寒が走った。ガバっと振り向いて時計の針の位置を確認した。午前11時、完全に遅刻だった。

今日の予定は、朝から英語のレッスンを受けるはずだった。安くはない月謝を払っているのに、何をやっているんだ僕は……。最悪な目覚めだ。胸が悪い。過去のかけらと未来の心配が渦巻いている。

でも過ぎたことは仕方がない。次からは気を付けよう。誰しも失敗はあるよな。でも月謝が……語学力の成長スピードが……周りに置いていかれる……振り払おうとしても気になって仕方がなかった。僕は駄目な人間だ。

いやそういえば、僕は昨日の夜、「最低最悪のクズ」になることを決めたばかりじゃないか。そうか、これはそのための理想的な一歩なのかもしれない。いや、そうするんだ。平然と越えてはいけない一線を越えるヤバイ奴になるんだ。


よーし、今日はこれから思いっきり酒を飲んでやろう。わずらわしいことは全部後回しだ。皆がそれぞれの学業や仕事に精を出しているこんな平日の昼から、一人だけ僕は宴をやってやろうじゃないか。

僕はジーンズに履き替え、チェックのシャツを羽織って街へ出た。

向かったのはオリジン弁当だった。自転車で風を切って進んだ。いやー、眩しい太陽が気持ちいいねー。やけくそ感もあるけど。

買うメニューはもう決めてある。いつもは「牛ハラミ焼肉弁当」(640円)を好んで買っているが、今日ばかりはこれまで躊躇していた「デラックス牛ハラミ焼肉弁当」(890円)を選んでやることにした。しかも飲むのも発泡酒ではなく、モノホンのビールでいくことにした。

自転車を店舗の横に止め、「デラックス牛ハラミ焼肉弁当」(890円)を買ってやった。妙齢の女性の店員の視線に少したじろいだが(でも落ち着いて考えるといつも通りだった)、今は誇らしい気持ちだ。

さて、家に帰るか。

……いや、せっかくだからもっと景色のいいところで、堂々と公衆の面前でやってやろう。


僕は海の方向へとペダルをこいだ。軽快な判断だ。起きているときはこんなもん。雨の日があれば晴れの日があるのと同じことだ。

あるいは、性格とはそれぞれ違う模様の薄い透明フィルムを10枚か20枚くらい重ね合わせたようなものなのだ。その中の1枚だけを自分だと思ってちゃダメだ。時と場合、相手とかによって模様が変わって来るもんなんだ。きっと。


***


25分ほど自転車を走らせると、海沿いの公園に着いた。焼肉弁当は少し冷めてしまったかもしれないけど、まだ十分に暖かい。

肌をなぜる潮風が気持ちいい。空と海、視界を遮るものはなく一面が青だ。この青は文明以前から、人類がまだサルだった頃から変わらない原始の青だ。つまりこれは永遠の青でもある。きっと。

僕は砂浜の近くのベンチに腰をかけた。この距離まで海に近づくと、穏やかな波の音が聴こえた。心地良い静けさがあたりに漂っていた。自然の音はいい。癒される。

しばらく堪能し(都会の景色とは大違いだ)、さっそく発泡酒じゃないビールを開ける。シュポッ、という小気味良い音がした。

なんとエビフライ、鶏のから揚げ、アジフライが追加されている。もちろん、デラックス牛ハラミ焼肉弁当(890円)の話だ。口に運ぶと、いつもより心なしか美味しい気がした。


――食べ終えると、満腹になった。遠くのほうで釣りをしている男性が見えた。僕はカモメを目で追っていた。くるくると、目的もなく飛ぶこと自体を楽しんでいるように見えた。

僕はなんてちっぽけな存在なんだろう。ふと思った。海、日本、世界地図を順番に思い浮かべた。そして宇宙の中の塵芥となった。何の意味があって生きているのだろう。僕は。そしてヒトは。

僕は目を閉じた。

そして10秒後、開いた。


……だったらさー、さっきから僕がずっと気になっていて、ちらちらと視線を気づかれないように送らずにはいられない、あの本を読んでいる女の子に声をかけることもたいしたことじゃないわけだ。そうなるよな。うん。

あの子はここから5つ隣のベンチに腰をかけている。どんな風に声をかければいい? どんな風に近づいていけばいい?

自然を装うために、僕はまず反対方向に歩き出した。それから行き止まりで折り返して1つ隣のベンチに移る作戦だ。完璧なロジックで導かれたものだった。


反対方向の行き止まりまではそれほどの距離はなかった。浜辺のアスファルトの上を歩きながら、もっと距離があればこの気持ちを落ち着けられるのに、と思った。


……いや、そもそも酒を飲んで気が大きくなった見知らぬ若い男が声をかけてくるとかどう考えても迷惑だよな。

相手の邪魔をしちゃいけないよな、せっかくの平和で優しい昼下がりを壊しちゃいけない。うん、そうだ。これは逃げじゃない。

ビビってるわけじゃないんだ。決してね。


僕は女の子の前を通り過ぎていた。その際に、一瞬あの子の表情を盗み見るのが今の精いっぱいだった。


――女の子は本から視線を上げて、思わせぶりな笑みを浮かべながら、僕に目くばせをしていた。


……僕は競歩ばりの早足で、その場を立ち去っていた。

でも深刻な気持ちじゃなかった。これは笑い話なんだ。


"Everything is OK now , in the eternal blue."

頂いたサポートは無駄遣いします。 修学旅行先で買って、以後ほこりをかぶっている木刀くらいのものに使いたい。でもその木刀を3年くらい経ってから夜の公園で素振りしてみたい。そしたらまた詩が生まれそうだ。 ツイッター → https://twitter.com/sdw_konoha