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Dark SDGs

はじめに

あなたが知っている「SDGs」。

それって果たして「本当の」SDGsの姿なんでしょうか?

SDGsは、明るく、キラキラしていて、パッションに溢れている目標…

本当にそれだけでしょうか?

SDGsって実は…




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SDGsについて学んでいると、希望と光に満ちた側面ばかりではないことが分かります。

実際、SDGsに対して懐疑的な見方をしている人は一定数存在いますし、著名な科学者や経済学者の間でも、しばしば疑問視されることもあります。


本書では、そんなSDGsのダークな側面について紹介していきます。

あくまで「紹介」という形をとっており、そうしたSDGsのダークな側面を否定する内容ではありません。

筆者の考えも所々織り交ぜていますが、説自体を否定するものではありません。SDGsに関連したエンタメ的な内容だと思って読んで頂けると幸いです。

なお本書では、資料などに基づく事実などの情報の他に、筆者の推測も大いに反映されていることをご了承ください。



先進国による急進国の抑制

SDGsは、国際合意としては異例の193ヵ国が賛同して発表されました。

これほどまでに多くの国が合意して成立した国際条約は、SDGsとその前身に当たるMDGsぐらいしかありません。高度なグローバル化によって、各国が繋がりを強めた結果と言えるかもしれません。

これだけ多くの国が合意したということは、世界がほぼ同時に一つの目標に向かって動き出したということでもあり、SDGsという共通言語を通して、お互いがお互いの国の状況を知れるようにもなったのです。

さて、近年世界には、急激な発展を遂げている国があります。最も典型的な例が、某お隣の国です。彼の国は、近年での経済成長が世界の中でも群を抜いて高く、今最もホットな国の一つです。

※これは余談ですが、彼の国が最近日本に対して過剰な攻撃を行ってこないのは、自分たちが既に日本を超えたからだと思っているからだとか。

日本に対して劣等感を感じている間は、執拗に日本に張り合ったり日本を貶めるような言動を繰り返してきましたが、自分たちが優位に立ったと分かったら、そのような言動も減りました。

一方、これもまたお隣の別の某国では、経済成長の最中にありながら、未だに日本に対する劣等感が拭えず、執拗な日本批判を繰り返しているのだとか。


本題に戻ります。こうした急激な発展を遂げた国があるのであれば、SDGsの達成も容易なのではないでしょうか?強い国同士が助け合い、弱い国を助ければ良いのではないでしょうか?

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https://www.canstockphoto.jp/illustration/%E8%A9%95%E4%BE%A1.html

ここからがDark SDGsです。

SDGsはそもそも、先進国が、急激な発展を遂げる途上国の成長を抑えるために作ったとする説があるのです。

いくつかの急進途上国は、経済成長のためであれば人権も環境もなく行動を起こしています

一方の先進国は、国民の人権や環境に配慮した行動を起こすことしかできません。後ろめたさを持たずに発展を目指す国に、様々な配慮を強いられる国が勝てるわけはありません。

このままでは、急進国に自分たちの地位が脅かされてしまうと感じた先進国が出した答えが、世界を巻き込んでのSDGsだったのです。


SDGsには、当然ながら目標が示されています。目標が示されるということは、目標作成時にはそれらが不十分な状態であったことが分かります。

もちろん、それらの目標は世界的問題であり、特に途上国には顕著に表れている問題でした。

先進国は、急進国が抱えているものの、自分たちの成長のために考慮していない問題を目標に据え、それらの解決のために労力を使うことで、人権や環境を度外視した成長を防ごうとしたのです。

現在、国内外問わずSDGsに配慮していない国や企業などは、SDGsへの貢献度などが晒され、消費者や市場から排除される動きが強まっています。

この傾向こそ、先進国が望んでいた結果なのです。先進国は、SDGsというルールを設け、そのルールに従わない国を国際市場の場から追放しようとしたのです

グローバリゼーションが極めて発達した今日、海外諸国との付き合いなしに発展していくことは困難です。

国際市場から排除されるということは、その国の経済成長に大打撃を与えることになるのです。「みんなで(自分たちで)決めたルールに従わない国や企業は、徹底的に排除していこうね!」というわけです。

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https://yogajournal.jp/1041

この先進国の意図は、世界中の誰もが解決すべき問題を目標としたことで、人々の目からは見えないように隠されることになりました。

人や企業や国がSDGsを達成しようと努力することで、同時に急進国の成長を抑えることに繋がり、先進国にとっておいしい状況になるのです。


この説は、「SDGsで何を達成したいか」、という点から逆算的に考えた結果生み出された説だと考えられます。

この説を唱えた人は、SDGsが達成されると先進国にとって都合が良いことが多すぎると感じたのでしょう。

この説に関する具体的な情報や数値は少ないものの、「SDGsを達成したら自然とそうなるよね」、ということは言えます。

急進国の成長を抑えることがメインの目的でないにしても、達成後の結果の一つであることは確かです。

出る杭を打つついでに、人権や環境に配慮しようね、ということだったら悲しいですね…



全て金儲けのため

この説は、SDGs懐疑派にとっては、その理論的根拠の根幹を支えているものだと思われます。

SDGsは、国連による大々的な金儲けのための謳い文句であり、SDGsを語るだけで一つのビジネスになる(※SDGウォッシュです)、と言われることがあります。

現在、日本に限らず様々な企業が、自社の経営にSDGsを組み込んでいますし、SDGsを専門にした職業も誕生しています。

筆者が行っている、個人や企業に向けたSDGsのコンサルティングなども、その一つかもしれません。


このように、SDGsは単なる目標ではなく、実際のビジネスや経営の場で頻繁に用いられるようになりました。

これは好ましいことのようにも思いますが、懐疑派は、ビジネスや経営の場でSDGsが幅を利かせていること自体に疑問を感じているようです。

この説の前提となる要素は二つあります。

一つ目が、SDGsには17の目標があり、基本的にはそれらの目標を達成することで、持続可能な社会を実現し、世界の全ての人がそうした持続可能な社会の恩恵を受けることができる社会を目指している、ということです。

二つ目が、現代社会は基本的に資本主義の上に成り立っており、その中には富める者とそうでない者がいる、ということです。

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ここからがDark SDGsです。

確かにSDGsを達成すれば、「全ての人」が持続可能な社会の恩恵を受けることができるようになるかもしれません。

しかし、その「全ての人」の中にも格差があり、結局富める者はより富んでいくということです。

ピラミッドの下層の人たちには最低限度の生活水準を確保し、自分たちはその何百倍もの利益を得ようというわけです。

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「持続可能な世界を達成し、世界中の人が必要最低限の生活ができればよい」という考えを持つ人にとっては、これらの考えは何ら問題ではないのかもしれません。

しかし、誰もがそのような思想を持っているわけではありません。

企業もお金で成り立っており、生き残っていくためには、よりお金を稼ぐしかありません。企業や国が資本主義社会の下で競争を放棄することは、すなわち死に繋がるわけです。

SDGsは、表向きは全ての人が持続可能な社会の重要性を謳っており、お金やビジネスの匂いは一切感じさせません。

しかし、国や企業が、資本主義の下、自社や自国の存続のためにSDGsを用いていることが、気に食わないし正義に反する、ということなのでしょう。


この説は、「資本主義社会の中でSDGsの達成を目指すことは、結局資本主義社会の恩恵を受けている人たちに有利に進められているに違いない」という疑念から来ていると思われます。

随所で平等を謳っているSDGsの弱点となる点を鋭く指摘しており、ある一面では正しいとも言える主張です。

しかし、資本主義社会の仕組みの中で生まれる目標や合意事項が、資本主義に適したものであるのは、仕方のないことなのかもしれません。

大切なのは、競争の否定ではなく、より多くの人により多くの可能性を与えることなのではないでしょうか。



MDGsが成功しSDGsが失敗する理由

これはDarkと言うよりは事実なのですが、SDGsの前身となったMDGsは、かなりの成功を収めたと言われています。

MDGs(ミレニアム開発目標)は、2000年の国連サミットで合意され、2015年を達成期限として、8つの目標と21のターゲット、60の指標が設定されて開始されました。

時の国連事務総長である潘基文氏は、「MDGsは歴史上最も成功した貧困撲滅運動になった。」とも発言しています。

例えば、極度の貧困で暮らす(1日1ドル25セント以下で暮らす)人々の割合は、1990年の47%から14%に減少しました。

初等教育就学率も、2000年の83%から91%にまで改善されました。5歳未満の幼児死亡率も、1,000人あたり90人だったのが、43人へと半減させることができました。

このように、数字にはっきりと成功が表れているのが、MDGsなのです。

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では、MDGsが成功したのだったら、同様の努力をすることで、SDGsも成功するのではないか?という疑問が浮上してきますが、ここからがDark SDGsです。

まず前提として、MDGsは「貧困の削減」をメインに据えた目標でした。貧困削減と言うメインテーマを中心にして、関連する様々な課題の解決を試みたのがMDGsなのです。

貧困削減は、誰にとっても反対しにくい目標であるため、共通の目標に据えやすかったのです。

また、先進国と途上国が、同時に貧困削減という共通目標に向いたことも、大きな成功理由です。

※途上国は、国内資源と政策を貧困削減に向けましたが、国際的な場で発言力のない途上国は、先進国に貧困削減という目標に「向かされた」という考えもあります。

このため、MDGsが成功した大きな要因の一つに、「貧困削減にテーマを絞った」ことが挙げられます。

MDGsは、経済開発という課題の解決を目標とはしていませんでした。もし経済開発を目標に加えたとしたら、同様の成功は収められなかったと言われています。

一方SDGsは、「持続可能な社会の実現」というテーマを目標に掲げていますが、MDGsのような限定的な問題解決ではなく、包括的な問題解決を目指しています。

当然、SDGsの目標達成の難易度は、MDGsに比べて格段に跳ね上がります。これが、MDGsが成功してSDGsが失敗する可能性が高い理由の一つです。


二つ目の理由として、先進国によるODA(政府開発援助)の急増があります。ODAは、開発途上国の社会・経済の開発を支援するため、政府や国際機関、NGOや民間企業など様々な組織や団体が経済協力を行うことです。

MDGsの成功要因の一つに、当時のODAの急増が挙げられます。

ODAが急増した背景に、当時起こった「9.11テロ」があります。

MDGsの成立当初、アメリカはMDGsに対して関心を示していませんでした。

しかし、9.11テロが発生したことで、アメリカは貧困を「テロの温床」と捉えるようになり、結果としてODAを大幅拡大させることにしたのです。

当時は冷戦直後であり、西側諸国もアメリカの「テロとの戦い」に続きました。

冷戦前後は、各国がODAを減らしていたことも、ODAの増加にとって追い風となりました。下図は、ODAの増減を表したグラフです。2001年以降のODAの増加が見て取れます。

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もちろん現在でも、世界的に高いODA率を維持していますが、低かったODAが急激に跳ね上がったMDGsの時と比べると、SDGs期間に同様の爆発力はありません。

要するに、低かった成績を上げるのには成功したが、上がった成績をさらに上げることは困難であるということです。

ODAに基づくこれらの理由が、経済的理由でMDGsが成功してSDGsが成功しないという説の裏付けとなっています。

ODAが高い水準を維持していることは、すなわち現在でも貧困削減に大いに貢献していることを示しています。

この点は大いに評価できるのですが、このままではSDGsの達成は厳しいということです。

ODAを主軸に据えるとしたら、当時一番の経済大国だったアメリカの貢献度の高さからも分かる通り、現在の経済大国である中国のODAへの支出の多寡が、SDGs達成状況に大いに関わってくると考えられます。


三つ目の理由が、途上国の急成長です。MDGsの期間中は、途上国の中でも、特に中国とインドの成長が目覚ましかったです。下図は、中国とインドの経済成長率を表したものです。

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一見凄さが伝わりにくいですが、日本を比較対象に挙げると、その成長率の高さが分かります。高度経済成長期(56~73年)の日本の平均経済成長率は9.1%、バブル以降(91~2020年)の平均経済成長率は0.7%です。

最近では経済成長率がマイナスになることも増えてきました。改めて中国とインドを見ると、高い水準を維持していることが分かります。

当時の中国もインドも、数億人単位の人口を有しており、経済成長のポテンシャルは十分にありました。

そこに先進国からの莫大なODAが投入されたことで、一気に目覚ましい発展を遂げたのです。この二国が急成長したことで、MDGsの平均的達成度も同時に底上げされたのです。

※このことからも分かるのですが、中国とインドがMDGsの「平均的」達成度を底上げしたため、MDGsの達成度は良く見えるのですが、世界の国全体の達成度とは関係がありません。

達成度が100点の国もあれば50点の国もあるのです。しかしMDGsの達成度としては75点と表れてしまうのです。

一方のSDGs期間には、開始から現在に至るまで、未だに急激な成長や発展を見せている国はありません。

もちろんアフリカ諸国などのブルーオーシャンも、経済成長を遂げていないわけではありません。

しかし、MDGs時の中国やインドと比べると見劣りしていると言わざるを得ません。

以下はサブサハラアフリカ全体の経済成長率の推移なのですが、現にその率が高いようには見えません。

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このようなことからも、MDGsと比べてSDGsには、国単位でSDGsの達成に貢献してくれるような国家は、現時点では存在せず、ますます先進国による途上国援助の重要性が高まってきていると言えます。

こうしたことが、MDGsが成功してSDGsが失敗すると言われる根拠の一つとなっています。


ここまで「MDGsは成功してSDGsが失敗する」というDark SDGsを取り上げてきました。

個人的には、この説が今のところ一番現実味のある内容であると思います。

MDGsという過去の事実や詳しいデータに基づいているため、他の説とは異なって説得力があります。

確かにこれらの条件を揃えられ、MDGsと比較されると、SDGsが失敗する可能性というのは、否定することができないもののようにも思えます。

もちろん、この説こそが正しいと決めつけてもいけません。Dark SDGsを全て嘘の情報として捉えるだけでなく、正しい情報はどんどん取り込んでSDGsの達成に生かしていくべきだと筆者は思います。



国連が決めた適当な基準

SDGsには、169の指標の中で目標となる数字がいくつか登場します。

例えば、SDG10.cには、「2030年までに、移住労働者による送金コストを3%未満に引き下げ、コストが5%を越える送金経路を撤廃する。」と記載されていますし、SDG17.2には、「~~~ODAをGNI比0.7%に、~~~ODAをGNI比0.15~0.20%にするという~~~。~~~少なくともGNI比0.20%のODAを~~~。」といった感じです。

SDGsが全体を通して抽象的な内容のものが多い中、こうした具体的な数字が示されていることは、むしろSDGsの説得力を増すように思えます。

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しかし、ここからがDark SDGsです。残念ながらこの具体的な数字、実は特に深い意味はないのです。

つまり、具体的に見える数字ですらも抽象的であると言う、わけの分からない状態になっているのです。

SDG10.cだと、送金コストの引き下げは、別に3%未満でも5%未満でもいいわけです。SDG17.2だと、ODAはGNI比0.7%でも1.4%でもいいのです。

これらの数字はあくまで目安でしかなく、地域差や個別の事情は考慮されていません。言うなれば、この数字は世界全体の中央値のようなものなのです。

ODAをGNI比の0.7%にすることが、さほど難しくない国もあれば、非常に苦労する国もあるのです。

あくまで、世界全体でこの中央値をクリアできたら良いよね、程度のものなのです。

しかし、実際に目標の達成を迫られている側からしたら、たまったものではありません。

苦手分野を考慮されることなく数値目標を示されてしまっては、その目標値自体を科学的に否定することも困難なため、何とかしてその目標を達成しなくてはいけないのです。

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https://www.canstockphoto.jp/illustration/%E6%9C%80%E3%82%82%E9%81%A9%E5%BD%93.html

これはSDGsの特徴であり欠点とも言えるかもしれませんが、SDGsという目標自体が良くも悪くも世界の普遍化を目指しています。

「誰一人取り残さない」というのは、その普遍化を端的に表していると言えるでしょう。

もちろん、ある程度の目安となる数値が示されていることは確かですが、国や地域の状況を逐一考慮していたのでは、いくら時間があってもきりがありませんし、効率的とは言えません。

結果的に、世界を普遍化し、共通の目標を数値化するのが効率的であり、分かり易い目安となったのです。

こうした数字の緩さからは、SDGs自体の緩さを感じるようにも思えます。


このように、SDGsに用いられている数値は、私たちが知り得るような根拠を示していません。

国連広報センターのウェブサイトにも、堂々とSDGsに関連した数字が並べられています。

しかし、統計的数字はともかく、なぜその数値目標にしたのか?ということに関しての説明は、公にはされていません。

そうした事実・根拠の部分が曖昧なままだと、否応なくDarkな側面を感じますし、様々な憶測や説が飛び交うことになります。

この説をDarkで無くすためには、やはり徹底した情報の開示が必要でしょう。

どこかで聞いた、「数字は嘘をつかないが、詐欺師は数字を使う」というセリフが頭によぎります…


大人や前の世代の責任を負わせられる

SDGsで達成すべき目標は、現状の問題を解決するために設定されています。

では、なぜSDGsという目標を立てて解決しなければいけないほどの様々な問題が、私たちに直面しているのでしょうか?

答えは明快で、過去からの負債です。極論ではありますが、私たちの祖先がしてきたことのつけが回ってきたとも言えるでしょう。

SDGsは、自然・社会・経済に基づいた問題を取り上げており、これらの問題は、一朝一夕で発生するものではありません。

自分の祖先が犯した罪を償わされると言うならば、100歩譲って理解できる人もいるかもしれませんが、SDGsが理解できないのは、自分の祖先でもなければ、同じ地域や国でもない、完全に自分と関係のない人が作った問題の責任の一端を、自分にも負わされるということです。

仮に、自分が差別を行っていたり、水の無駄遣いをしていたり、環境破壊を行っていたとしたら、それらの行動は改められて然るべきです。

しかし、自分にとって全く関係のない問題を、人類共通の問題ということで協力を強いられるのは、なんともおかしな話です。

前述の数字の問題と同様、SDGsを設定した国連も、なぜSDGsに解決すべき問題としてそのような問題を設定したのか、なぜその問題が発生したのかという出所についての明確な発言をしていません。

「私たちが解決すべき共通の課題で~」、「解決しないと温暖化の影響が~」、「人類の発展と繁栄のためには~」と言われても、一番大切な部分である「なぜその問題が起こったのか」はほとんど語られません。

もちろん、SDGsに設定されているような問題は、非常に複雑な歴史的背景に基づいており、そうした歴史的背景を一つ一つ紐解いていけば、自ずと答えは出てきます。

忘れてはいけないのが、SDGsは先進国主体で作成されたものであり、こうした問題を明らかにしていないのは、先進国にとって不都合なことがあるからだと考えられます。

人種差別をなくそうと主張している国が、実は昔バリバリ人種差別をしていたし、何なら自分たちが人種差別を始めたし、何なら今でも人種差別をしている、とは言えないですよね。


筆者は、こうした説や思想に対する回答を自分の中で用意していますが、皆さんには、ぜひこの問題についてご自身で考えてみて頂きたいです。

ただ単に反論するのではなく、「なぜ自分は、昔の人や海外の人が起こした問題の責任を負わされているのか」と自分自身に問うてみて下さい。

筆者も、SDGsを学んでいる際にこの問題に直面した時は、非常に頭を悩ませました。

SDGsに対する自分の考えや哲学もまとまっていなかった時期だったので、余計に答えを出すのに時間がかかりましたし、SDGsが本当にただのDarkなものにも見えました(笑)。

皆さんにも、この問題に時間を費やして自分の中で答えを見つけて頂きたいです。

SDGウォッシュを非難するのも結構ですが、非難する側の人が、なぜSDGウォッシュはダメなのか、そもそもなぜSDGsを達成しなければいけないのかを明確にしなければいけません。



「誰一人取り残さない」

そして最後に、冒頭の「ダレヒトリトリノコサナイ」です。一部のエリート層によって、管理・監視社会が形成されているというのは、都市伝説界隈などでは頻繁に耳にする内容です。

SDGsのスローガンの一つに、「誰一人取り残さない」があります。これは、脆弱な立場にある人が、貧困や差別、格差や暴力によって阻害されることなく、誰一人として取り残されることない市民社会を実現しよう、という思いが込められた内容となっています。

ちなみに、「取り残されない」ということは、どこかに向かっているということですよね。

これは、言わずもがな2030年のSDGs達成を指しており、2030年時点で、取り残される人がいないようにしよう、という意味合いとなっています。

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さて、ここからがDark SDGsです。この「誰一人取り残さない」とは、完全なる監視社会の実現を指しており、「全ての人を監視下においた状態を作りたい」という意味を持っているという噂が囁かれているのです。

SDGsは、非常に細かな指標が定められており、それらは各国の国民の状況などを把握することで初めてその進捗具合が分かります。

つまり、SDGsの進捗具合を知る、という目的で、私たちのあらゆる社会活動が監視されている、という主張です。

この説自体は、大きな科学的根拠などもなく、現時点ではそこまで真実味を帯びた内容であるとは考えにくいかもしれません。

そもそも、SDGsの進捗状況などは基本的に中立機関によって調査が行われますし、一部の国を除いて、政府が国民の個人情報などを強力に利用することができる国は、民主主義が台頭する現時点では存在しません。

ですが、人々の個人情報などが、社会活動の名目で収集されていることは事実です。

政府からはマイナンバーカードで、インターネットからはSNSやウェブサイトなどを通じて個人情報が回収されているかと思うと、もはや生きていく以上個人情報の流出は避けられない事態にも思えます。

そうやって回収された情報も、「目的以外に使用することはありません」と言われても、明確に事実を確認する手段は今のところありません。

この説に関しては、Aという事実に基づいてBという結果が出てきた、と言うよりは、Bという結果にAという事実が近づいている、と言った方が正しいのかもしれません。

「嘘から出た実」となる可能性も、ひょっとするとあるのかも…

果たして、日本人がITに弱いことや、紙やハンコの手続きを重用する現状は、良いことなのでしょうか?それとも悪いことなのでしょうか?


おわりに

ここまで読了頂きありがとうございます。

SDGsは何やらよく分からない難しいものではなく、明るい側面も怪しい側面もあるということを知って頂きたく思い、今回はSDGsの持つエンタメ風な部分を取り上げました。

SDGsは、名前やある程度のことは知っているけど、その中身や実態は詳しく知らない、と言う方がまだまだ多いです。

そのような方は、これからSDGsについて学べば良いだけの話で、SDGsに関する情報や知識を得るということに集中して頂ければ、何の問題もありません。

そうして得た情報や知識が多ければ多いほど、後々のSDGsに関する判断の深さや、思想の硬さに繋がります。

しかし、僅かな知識だけでSDGsを判断したり、認識の甘さや、誤った認識を持つことが、今回取り上げたSDGsの陰謀論やDarkな部分に繋がっていると考えられます。

もちろん、陰謀論やDark SDGsの全てが完全に嘘だというわけでもありません。

一部には正しい情報も紛れていますし、下手をすると本当にその陰謀論やDark SDGsが現実のものになる可能性もあります。

「Dark=悪」なのではなく、「Dark=悪」と短絡的に捉えてしまう思考の甘さこそが、本当の「悪」なのです。

もし仮に、SDGsを熟知し、Darkな側面を深堀りした結果、「Dark SDGs=・・・=・・・=・・・=悪」に辿り着いたのであれば、全く問題はありません。

大切なのは、短絡的な判断で相手を否定・非難するのではなく、よく自分で調べ、よく人の話を聞き、よく自分で考えることです。

今回のDark SDGsの、何が問題なのか?何が悪なのか?なぜ問題なのか?なぜ悪なのか?

皆さんはどう思いますか?

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