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【ジャパンSDGsアワード受賞企業】阪急阪神ホールディングスのサステナビリティ解体新書

目次


1. 阪急阪神HDの企業概要とSDGsアワード受賞の背景

1.1 阪急阪神ホールディングスの企業概要

阪急阪神ホールディングス株式会社(以下、阪急阪神HDと略)は、日本の大手私鉄グループを統括する純粋持株会社です。その歴史は1907年(明治40年)の阪急電鉄創業に端を発し、2006年に阪急電鉄と阪神電気鉄道が経営統合して現在の形となりました。大阪梅田を拠点とする阪急電鉄・阪神電気鉄道のほか、不動産、旅行、国際物流、エンターテインメント(宝塚歌劇やプロ野球球団・阪神タイガース関連事業など)、情報・通信、ホテル・レジャーなど多角的に事業を展開しています。
阪急阪神HDグループは、日本最大級の私鉄グループとして安定した財務基盤を持ち、沿線開発や鉄道サービス、地域コミュニティとの協働など「まちづくり」をコアとしたビジネスモデルで知られています。同社グループは梅田、神戸、宝塚、京都などの主要エリアで鉄道・バスを運営し、沿線の商業施設・住宅開発を推進。旅行や国際物流、ホテルなど国内外に幅広い拠点を有し、「関西から世界へ」という視点を活かして多様なサービスを提供しています。
こうした幅広い事業ポートフォリオの背景には、「持続的な企業価値向上」を目指すという考え方があります。鉄道事業と不動産開発による「まちづくり」は、地域との共生なくしては成り立たないため、同グループはサステナビリティを重視してきたという歴史的経緯があります。そこに近年のSDGs潮流や政府の支援も相まって、サステナビリティ全般に関する取り組みをいっそう強化してきたのが阪急阪神HDの特徴と言えます。

1.2 第4回ジャパンSDGsアワード受賞理由と評価ポイント

阪急阪神HDは2020年12月、第4回「ジャパンSDGsアワード」において特別賞「SDGsパートナーシップ賞」を受賞しました。これは国連が提唱するSDGs達成に向け、優れた取り組みを行う企業・団体等を表彰する日本政府の公式アワードであり、内閣総理大臣をはじめとする政府高官や有識者による審査を経て授与されるものです。
同社グループが評価された主なポイントは、社会貢献活動「阪急阪神 未来のゆめ・まちプロジェクト」の一環として実施された「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち号」にあります。このSDGsトレインは、阪急電鉄と阪神電気鉄道が車両を丸ごとSDGsの装飾(ラッピング、ポスター、ステッカー等)に変え、走行に必要な電力を実質100%再生可能エネルギーで賄うという取り組みです。多様なステークホルダーが参画するプラットフォームとして、SDGs達成に向けた事例やメッセージを社会に発信する仕組みを構築し、日本初のモデルケースとして評価されました。
特別賞「SDGsパートナーシップ賞」が授与された理由としては、以下のような点が挙げられます。
ステークホルダー連携の広さ
国連や政府、自治体、企業、NPO、市民団体など50を超える団体と協働し、約165種類のポスターやステッカーを車内に掲示するなど、多様な主体の活動を可視化。SDG17「パートナーシップで目標を達成しよう」を体現し、社会全体でのSDGs推進を牽引した。
環境配慮(再エネ100%の列車運行)
鉄道という大量輸送機関で再生可能エネルギーを活用し、実質的に100%再エネ電力での運行を実現。SDG7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」、SDG13「気候変動に具体的な対策を」に直接貢献するモデルケースとなった。
まちづくり・地域コミュニティへの貢献
沿線自治体との連携や市民参加型のイベントなど、SDG11「住み続けられるまちづくりを」に貢献。交通インフラを生かした啓蒙・教育効果も大きく、地域社会へSDGsの普及啓発を進めた。
教育・啓発の場としての創意工夫
車両全体が「走る展示空間」となり、子どもから大人まで幅広い世代にSDGsを学ぶ機会を提供。車外ラッピング、車内広告、パンフレット、専用ウェブサイトなど多様なメディアを駆使し、持続可能な社会づくりへの意識変容を促す仕組みを構築した。
日本初の取り組みを全国や他社にも波及
2020年9月からは東急電鉄とも協働し、東京圏でも同様のSDGsトレインを運行。他の大手私鉄に波及することで、業界全体のSDGs推進にも寄与している点が高く評価された。
こうした功績が認められ、阪急阪神HDはジャパンSDGsアワード特別賞を受賞。首相官邸での表彰式では、内閣総理大臣が直接賞状を授与し、産官学民協働のモデル事例として多くのメディアにも取り上げられました。

1.3 SDGsトレイン「未来のゆめ・まち号」の概要とインパクト

「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち号」は、阪急電鉄・阪神電気鉄道が沿線地域や企業、NPO、市民など多様なステークホルダーと連携し、2019年5月に運行を開始した特別ラッピング列車です。車両の外観だけでなく車内広告やシートモケットなどもSDGs仕様に統一されており、乗客にSDGs17のゴールや具体的な取り組み事例をアピールしています。
さらに以下のような特徴を持ちます。
再エネ100%電力での運行
最新の省エネ車両を使用し、走行に必要な電力を実質的に100%再生可能エネルギーでカバー。温室効果ガス排出削減に直接貢献し、SDG13「気候変動に具体的な対策を」の好事例。
幅広い団体とのコラボレーション
約165種類のポスターには、国連機関、地方自治体、企業、NPOなどが実施しているSDGsに関する取り組みが掲出され、乗客は車両に乗るだけで多様な社会課題や取り組み事例を学ぶことができる仕組み。
持続可能なまちづくりへの啓発
列車が沿線各地を走ることで、「SDGsは遠い世界の話ではなく、地域課題とも直結している」という認識を醸成。乗客から自然に目に入り、興味を喚起する「公共交通×SDGs」モデルとしてインパクトを創出。
鉄道業界他社への波及
2020年9月には東急グループ(東京圏)も「SDGsトレイン 美しい時代へ号」を運行開始するなど、阪急阪神HDの実績が業界全体に展開。大量輸送機関での再エネ活用モデルとして先駆的な地位を確立した。
これらの取り組みは、SDGsが掲げる17目標のうち複数にまたがる形で統合的に貢献しています。特にSDG7(エネルギー)、SDG11(住み続けられるまちづくり)、SDG13(気候変動)、SDG17(パートナーシップ)が顕著であり、日本初の先行事例として高く評価されたのです。

2. サステナビリティに対する阪急阪神HDの基本姿勢

2.1 「阪急阪神 未来のゆめ・まちプロジェクト」の歴史的背景

阪急阪神HDグループでは、2009年から地域貢献活動「阪急阪神 未来のゆめ・まちプロジェクト」を開始しました。当初は沿線地域との共生・連携を強化するための社会貢献プログラムとして始動し、鉄道会社が持つインフラや地域密着性を活用しながら、子どもや高齢者、障がい者支援、環境保全活動など多様な社会課題に取り組んできました。
このプロジェクトを通じて、住民参加型のイベントや、沿線各地での社会貢献活動を10年以上継続しており、その蓄積が「SDGsトレイン 未来のゆめ・まち号」やその他のSDGs普及活動の土台となりました。つまり、同社がSDGsで成果を挙げられるのは、突発的なキャンペーンではなく、長年にわたる地道な活動が評価された結果とも言えます。
同社はプロジェクト創設から10年目を迎えた2019年にSDGsトレインを運行開始し、さらに2020年のジャパンSDGsアワード受賞へと至る流れを作り上げました。社会貢献を自社のミッションと整合させ、サステナビリティを企業戦略に根付かせるという姿勢がここに表れています。

2.2 阪急阪神HDグループのサステナビリティ宣言とマテリアリティ

阪急阪神HDは経営トップのコミットメントにより、グループ全体で「サステナビリティ宣言」を策定し、以下の6つを重要テーマ(マテリアリティ)としています。
安全・安心の追求
豊かなまちづくり
未来へつながる暮らしの提案
一人ひとりの活躍(ダイバーシティ&インクルージョン)
環境保全の推進
ガバナンスの充実
これらのマテリアリティは、経済、環境、社会の各側面における阪急阪神HDの最も重要なインパクトを表しており、企業活動との整合性はもちろん、「沿線地域の豊かな暮らし」「文化・レジャー事業」「働きやすい労働環境」「脱炭素社会への貢献」「コンプライアンス徹底」などを柱に含む点が特徴です。鉄道事業における安全・安心の追求は業界として必須要件ですが、再生エネルギーや資源循環、不動産開発での環境配慮建築物導入、女性管理職比率の向上なども具体的なKPIに掲げています。
このように、サステナビリティが事業戦略の根幹を成し、マネジメントレベルでPDCAサイクルを回している点は、阪急阪神HDの強みと言えるでしょう。グループ各社が連携して進めることで、鉄道・都市交通、不動産、エンターテインメントといった多様なドメインでのシナジーを生み出しています。

2.3 GRIスタンダード(GRI 1、GRI 2、GRI 3)との関連性

サステナビリティ報告で近年注目を集める国際基準の一つに「GRIスタンダード」があります。阪急阪神HDグループもTCFD提言やUNグローバル・コンパクトと並び、GRIに基づいた情報開示を進めており、投資家や社会から高い評価を得ています。
GRI 1:基礎 2021
サステナビリティ報告の基本概念と、GRIスタンダードに準拠した報告を行うための要求事項を規定。阪急阪神HDも、グループレベルでのサステナビリティ報告書において、GRI 1が定める報告原則(正確性、バランス、明瞭性、比較可能性、網羅性、サステナビリティの文脈、適時性、検証可能性)を適用し、高品質なデータを開示している。
GRI 2:一般開示事項 2021
組織のガバナンス構造、方針、活動、従業員数、ステークホルダーエンゲージメントなど、共通的に求められる情報を提供する項目群。阪急阪神HDは、鉄道事業・不動産事業・その他事業における経営構造やガバナンス体制を明示し、法令遵守や苦情処理メカニズム、人権尊重方針の有無なども開示している。
GRI 3:マテリアルな項目 2021
組織が経済・環境・社会(人権含む)に与える最も重要なインパクト(マテリアリティ)を特定し、マネジメント方法を開示するフレーム。阪急阪神HDが設定した6つのマテリアリティ(安全・安心、豊かなまちづくり、未来へつながる暮らし、一人ひとりの活躍、環境保全、ガバナンス充実)とGRI 3の考え方が合致しており、それぞれのテーマに関する具体的な取り組み状況、KPI、モニタリング手法を開示している。
こうした国際基準に基づく情報開示は、ステークホルダー(投資家、顧客、地域社会、従業員など)からの信頼を高めるうえでも重要です。特に同社のように多角的かつ広域的に事業を展開する企業は、GRIスタンダードを活用することで統合的・継続的なサステナビリティマネジメントが可能になります。

3. 阪急阪神HDのサステナビリティ戦略:多角的視点からの分析

3.1 デュー・ディリジェンス(DD)とステークホルダーエンゲージメント

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