佐分利史子|ライラックの海のうえ[1368]
Text|KIRI to RIBBON
英仏文学を題材としたカリグラフィ作品を発表する7番地・スクリプトリウム内《佐分利史子の写字室》。本イベント《モーヴ街のクリスマス》では2点の新作をお届け致します。
最初にご紹介するのは、アメリカの詩人エミリー・ディキンソン「ライラックの海の上[1368]」。モーヴ街図書館司書・維月 楓さまによるエミリーの息遣いに寄り添う翻訳と共にどうぞお楽しみ下さい。
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印象的な初行「ライラックの海の上」が最初の大文字「O」に写され、聖夜を迎えようとする今、クリスマスリースとなって現れるとは・・・!
時空を隔てて出会った詩人とカリグラファ。宿命で結ばれたふたりの女性のたましいの交感を目の当たりにし、心が震えました。
紙面に波打つライラックの群の目を見張る美しさ。目を凝らせば「芳香」の波に飲み込まれそうになり、しかし少し離れて眺めてみれば、風が凪いで静かにそよぐ海の風景が。熱情と静謐でゆれる詩人の心象までもが感じられる一作です。
伝統書体を重視したカリグラフィ作品を制作する佐分利さまの、詩という題材と文字という表現手段のはざまで、理想を追い求めて内なる壮絶な一歩を進める創作へのご姿勢は誰よりもパンクでアヴァンギャルド。端正でノーブルな作品を生み出すペン先は、現代の尖端そのもの。
ライラックの海のそばにある陸の風景も繊細なライラック色。自ら手がけるフランス額装にも佐分利さまの妥協なき美意識がゆき渡っています。
二人の女性によって編まれたクリスマスリースは聖夜を特別な芳香で包んでくれることでしょう。
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エミリー・ディキンソン解説|維月 楓
Emily Elizabeth Dickinson(1830ー1886)
アメリカを代表する19世紀の詩人エミリー・ディキンソンは、自己の内面に一歩ずつ降りていくような詩の語りによって、小さくとも硬質に輝く詩を生み出しました。
ディキンソンは1830年に厳格なピューリタニズムの伝統が残るニュー・イングランドの田舎町に生まれ、生涯をそこで暮らしました。その独特な詩法から、生前発表された詩はわずか11編、どれも編集者によって手が加えられたものでした。死後、妹が箪笥の引き出しの中に小冊子としてまとめられた詩稿を発見し出版されたことで、今のような高い名声を得ることとなりました。
ディキンソンの詩の魅力は、制限された中での無限性にあるといえます。彼女の人生が小さな世界で完結していたこと、そして詩の言葉遣いにおいても制限を設けることによって、逆にその作品の中に詩人独自の世界が広がっているのが感じられます。
1850年代の後半ディキンソンが20代後半の頃からは、1886年に腎炎で55歳の生涯を閉じるまで、自宅の敷地内からほとんど出ることがなくなったといいます。そこから、屋敷の中で白いドレスを着て隠遁生活を送る詩人というロマンチックな符号が与えられていたりもします。そのような小さな生活の中で生きたディキンソンは、身の回りのものに詳細な目線を向けることで、豊かで広大な詩世界を作り上げ、生涯で2000編近い詩を書きためました。
彼女の特徴である言葉を省略する詩法は、もうひとつの制限といえます。言葉を極限までそぎ落とすことによって、つぶやくような印象が生まれ、読者はいったん立ち止まったり何度も考えたりする機会を与えられることになります。ディキンソン独特のダッシュの使用によっても、感覚的に詩を感じる空白が広がるように私たちは感じるでしょう。
どんどん外へ拡張していくような現代生活を送る私にとって、自己の内面に向かい合うことで独自の世界を作り上げた生き方は、敬愛と憧れを誘って止みません。生前は詩人として顧みられることのなかったディキンソンですが、自分の言葉の力を信じ、どこにいても小さな大詩人でいることは、私たちのあるべき理想の姿のようにも思われるのです。
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「ライラックの海の上[1368]」は、今秋開催の金田アツ子&Belle des Poupee二人展《エミリー・ディキンソンの温室》にて題材とした詩で、維月 楓さまにより二人展のために訳出されました。
以下のリンク先は展覧会の記録です。画家とアクセサリー作家による「ライラックの海の上[1368]」もぜひ併せてご覧下さい。
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作家名|佐分利史子
作品名|Opon a Lilac Sea
ガッシュ・アルシュ紙
作品サイズ|横26.5cm×縦24.5cm
額込みサイズ(外寸)|横30.1cm×縦29.2cm×高さ3.2cm
制作年|2020年(新作)
*別ショットの画像をオンラインショップに掲載しています
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