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くるはらきみ|きよらかなひかりを、此処へ

 それがどれほど美しい絵であるかということを、こどもは繰り返し語ろうとした。

 極北のオーロラのような、不思議な色の空に、星はきらめき、欠けるところのない月のようなまろい光が、空の下に泛んでいた。
 その光は、白いヴェイルに包まれた頭の上にあった。
 頭の主は、深い紅の衣の上に碧いろのマントを重ねた、ふっくらとした頬の女性であった。

 まろい光はもうひとつあった。
 女性の膝の上、裾の長い純白の衣に包まれて座る嬰児の頭の上に。
 嬰児の手には、くれないの小鳥が止まっている。
 二人を囲むアーチのように、背の高いみどりの茎が伸び、その頂上に冴え冴えとしろい花をつけている。

 百合を更に取り囲むのは、肩甲骨のあたりから白い翼を生やした、二人のうつくしい人で、両側から木戸を引き開けるように、あるいは帳を広げるようにして立っている。
 それによって、百合に囲まれた二人のいる景色が開けているのだった。

 ただ一度だけ、教会で眼にした絵である。
 それが何の絵であるかこどもは知らなかった。
 聖母子という言葉はずっと後になって知った。
 こどもには母がいなかったし父もいなかった。
 まわりには嬰児も天使もいなかったし百合の花もなかった。
 こどもにとってその絵はただ、痛いほどのよろこびを描いた絵だった。
 地上に満ちるひかりの絵だった。
 木戸一枚を隔てて、これほどきよらかなひかりに満ちた世界があるのだと、それを知ることができればこどもには充分だった。

 こどもは長じてのち、みずからも絵を描くようになった。
 あのきよらかなひかりへの木戸を、こどもはみずから開ける者になろうと決めたのだ。
 これはこどもだった画家が描いた天使の絵である。

 絵の外にあるいっさいを、天使はきよらかなひかりに満ちたものとして見つめている。

くるはらきみ|画家・人形作家 →X
東京生れ。幼い頃より自然のある場所に憧れる。大学では油彩を専攻しながら独学で人形制作を始める。2000年に長野県に移住。季節の移り変わりを身近に感じながら制作活動をしています。くるはらきみ & 影山多栄子二人展《夏の夜》(2019年・霧とリボン)ほか、個展、グループ展多数。

川野芽生|小説家・歌人・文学研究者 →Linktree 
1991年神奈川県生まれ。2018年に連作「Lilith」で第29回歌壇賞、21年に歌集『Lilith』で第65回現代歌人協会賞受賞。24年に第170回芥川賞候補作『Blue』を刊行。他の著書に、短篇小説集『無垢なる花たちのためのユートピア』、掌篇小説集『月面文字翻刻一例』、長篇小説『奇病庭園』、エッセイ集『かわいいピンクの竜になる』、評論集『幻象録』、歌集『人形歌集 羽あるいは骨』『人形歌集II 骨ならびにボネ』がある。2024年7月、第二歌集『星の嵌め殺し』刊行。



作家名|くるはらきみ
作品名|ニワシロユリと聖母子

油彩・キャンバス
作品サイズ|22.7 cm×22.7cm
額込みサイズ|29.2cm×292.2cm
制作年|2024年(新作)

作家名|くるはらきみ
作品名|喜びの天使

油彩・アルシュオイル紙
作品サイズ|10cm×10 cm
額込みサイズ|16cm×16cm
制作年|2024年(新作)

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