佐分利史子《1》|ボヘミアの醜聞 page1
Text|Kaede Itsuki
緑が燃え立つ季節、シャーロック・ホームズシリーズの中でも特別な一作「ボヘミアの醜聞」をお届けいたします。ホームズを打ち負かした唯一の女性アイリーン・アドラーが活躍する本短編の冒頭が、原文の美しさを写し取ったカリグラフィ作品となりました。
ホームズ氏にとって特別な「あの女性(ひと)」が登場する素敵なお話の冒頭です。これから何が起こるのかなあと思いながら読み進む感覚を、一枚の紙に乗せるにはどうしよう。
色々書いてみて、書体はローマン・ハーフアンシャル(Roman Half-Uncials)がピンと来る気がする。題材に選んでくださった冒頭部分には、シャーロック・ホームズ、あの女性(the woman)、アイリーン・アドラーの全部が出て来て静かに賑やか。
いただいた原文のSherlock Holmes部分は大文字表記ではないけれど、この書体のsは縦に長いrのような形のロングsで読みにくく、sが二度出てくるホームズ氏のお名前は読みやすくしたいので別の大文字書体にしよう(*ローマン・ハーフアンシャルには大文字はありません)。
イギリス(の建物)といえばおそらくノールさんの影響で、壁にツタ植物が這っているイメージがあって・・・。今の季節、外を歩くとお花だけでなく葉っぱの美しさにときめく毎日で・・・。
全編手書きで本をつくるなら、1ページ目はこんな感じ。 というコンセプトになりました。楽しんでいただけたら嬉しいです。
ちなみに出典(一番下の鉛筆書き)の、ScandalのSを少しロングsに通ずる形に書いてみましたがどうでしょうか? なるほどと思えたりしないでしょうか?
作品の冒頭部では、謎の女性アイリーン・アドラーの言及とともに幕が開き、推理と観察の異才シャーロック・ホームズの姿が助手ワトスンによって簡潔かつ流麗に語られます。数奇の対決を予感させる語りは、カリグラフィ作品では、木の葉が絡まり合った額縁のように彩られ、その後の物語を暗示するようです。
踊るような緑の横にくっきりと浮かび上がる「シャーロック・ホームズ(Sherlock Holmes)」の文字によって、現代に読み継がれる名作の幕が開き、ベイカー街の探偵世界に誘われていきます。
今回の作品のために選ばれた書体ローマン・ハーフアンシャルは、ほどよい丸みと平たさみを帯び、ヴィクトリア朝の厳かな調子を思わせます。一文字づつ文字を追っていくと、特徴的な小文字のsの字に気付きます。まるで暗号のように「彼女(she)」「その性の全て(the whole of her sex)」といったsの言葉が引き出され、見る者の目を刺激します。ホームズによって何物にも代えがたき「あの女性(ひと)」と呼ばれる、謎に満ちたアイリーンの姿が、イギリスの建築に伝う草の揺れのように隠れて現れ、今にも緑の影から浮かび上がってくるようです。
「ボヘミアの醜聞」は短編ながら、魅力あふれる謎の女性アイリーン・アドラーに、ワトソンの描き出すホームズ像、「階段の数を覚えているか?」という問いによって伝えられる「見ることと観察」の違いを示した有名な逸話までもが登場します。このようにシャーロック・ホームズの魅力が詰め込まれた「ボヘミアの醜聞」。初夏の緑感じさせるカリグラフィ作品によってその扉が開かれました。ぜひ物語の世界に想像を膨らませながらご堪能ください。
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モーヴ街・3番地《モーヴ・アブサン・ブック・クラブ》にて、本編と連動したエッセイ「維月 楓|アイリーン・アドラーと変幻する女性たち―アイリーン、お勢、モリアーティとして―」を公開中です。
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作家名|佐分利史子
作品名|ボヘミアの醜聞 page1
ガッシュ・アルシュ紙
作品サイズ|28.5cm×24cm
額込みサイズ|31.8cm×27.8cm×2.4cm
制作年|2021年(新作)
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