逃げる少女(ショートショート)
廃ビルの中。
少女が走る。
はっ。はっ。
廃ビルの床は、壊れた材木やオフィス機器が倒れていて、暗闇の中でそれを避けて走ることは、障害物競走の1000倍は困難だった。
窓ガラスからは、湯気に包まれた卵のような月が、ぼんやりとした光を差し向けている。
少女は考えた。
何故こんな所に入ってしまったのだろう。
ただ、お母さんと成績の事で喧嘩して、家を飛び出したは良かったものの引っ込みがつかず、前から気になっていたこのビルに入ってみた。
それだけなのに。
廊下を抜けると、左側に非常階段への扉が開いていたが、この状態の建物の非常階段が、安全だとは到底思えない。
だが…。
『来た』
少女は考えた。左側の非常階段から1階を目指すか、別の道がある事を信じて右に曲がるか。
左に行けば、万が一がある。しかし、右に行っても、安全な通路があるかは分からないのだ。
気配が近付く。
少女は…
振り向いた。
『お母さん。』
『ミヨ子!!あんた、こんな所まで家出して!悪い男にでも会ったらどうするんだい!』
『だって…お母さんがうるさいから。』
『もう!帰るわよ!』
『ねえ。』
『何よ?』
『お母さん。』
『なんであんなに何回も刺したはずなのに、ずっと追っかけてこれるの?どうして?胸を刺した。脚を刺した。首を刺した。眼を刺した。腹を刺した。刺した刺した刺した。お前を刺した。刺したのに。なんでなんでなんで』
『お母さんね』
『生まれつき丈夫なのよ』
了
梶本