『男道』(シナリオ)

クラウドの感動系シナリオのバイトで書いたシナリオが不採用になったので、載せます。
完全に創作。

『男道』
 
                      

僕は27歳のフリーターだ。
家が貧乏だったので、高校を出てすぐに焼き肉屋に就職したのだが、
生まれつき内気な僕は、
上司の体育会系なやり方に疲れ、
うつ病になってしまい、
自宅でただ寝たり起きたりを繰り返す、
地獄のような日々を過ごしながら、
毎日、「もういなくなってしまいたい」
と考えていた。

ある日、母に、「リハビリに単発の仕事でもしたら」
と言われ、「うるさいよ。僕は病気なんだ。無理なんだ。」
と返したものの、
少しだけ、「何か変化があればなあ。」という思いから、
建築現場の清掃の仕事をしてみることにした。

建築現場のハケンは、毎回現場が違う。
僕にとっては朝の満員電車ですら、息苦しくて、みじめで、
毎回、「今すぐに帰りたいよ」
と、思うのだった。

ある日の現場は、郊外で、電車で一時間半もかかる場所だった。
いつものように、現場に着いて、自分の会社の休憩所を探すと、
珍しく、見たことのないおじさんが、ペットボトルのお茶を飲んでいた。
「お、おはようございます。同じ会社の方ですか?」
「…うん。そうだよ。井口といいます。」
「よ、よろしくお願いします…。」

井口さんは、物静かで、作業中も、最低限の言葉しか言わない。
「そこ。」
「右上。」
「下、気を付けて。」
井口さんは、なぜハケンにいるのだろうと思うくらいに真面目で、仕事ができ、
現場を管理している監督たちからも、
「井口さんは信頼してる。」
「あの人は、たいしたもんだよ。」
と、一目置かれる存在なのだった。

仕事の休憩時間に、自販機にコーヒーを買いに行くと、
井口さんがお茶を買っていた。
「お茶、お好きなんですね。」
「まあね。」
「…君、若いけど、なんでこんな仕事を?」
静かだった井口さんが、まさか話しかけてくるとは思わなかったので、
僕は内心、驚きながらも、
「…実は、パワハラでうつ病になってしまって。リハビリにこのハケンやってるんです。」
「…そうか。…余計なことを聞いたね。すまない。」
井口さんは心底申し訳ない、といった表情でそう言った。
「いいんです。気にしないでください。」
「実はね…。」
「私は、二年前、定年まじかでリストラされたんだ。」
「えっ…。」
「晩婚だったからね。娘が今年、大学生だ。」
「この歳だ。雇ってくれる所もない。」
「だが、働かなきゃ。」
「っ…」
「これで、おあいこだね。ふふ。」
「君は真面目だから、必ず、いい人生が。送れる」
「ひとつだけアドバイスをあげよう。」
「人と話す時は、しっかり目を見なさい。」
「心の目と、自分の目を、ぴったり合わすんだ。」
「そうすれば、恐れずに済む。」
「よし、作業に戻ろうか。」
そこまでしゃべると、井口さんは、缶コーヒーを買って、僕に投げてくれた。
「ありがとうございます。頑張ってみます…。」

それからも、
僕のハケンの日々は続いた。
ある現場では、
「お前、なにタラタラしてるんだ!」
「ったく、使えないやつだ。帰れ!」
と、馬鹿にされたあげくに帰宅し、
給料も入らない、
最低な一日を経験した。
その日は、家に帰ると、
母が晩御飯に奮発して
お刺身を出してくれた日だった。
僕は情けなくって、
「すみません…母さん…」
「生きてて、すみません…うう…うっ…っっ。」
と、お刺身の取り皿がびしょびしょになるほど、
涙を流してしまったのだった。
その夜は眠れずに、朝まで
まくらに顔をうずめて、
泣いた。
翌日の仕事は、当日欠勤した。

そんな日々の中にも、
驚くべきことが起きた。

ある日の現場で、
街はずれの居酒屋の改修工事にハケンされ、
その工事を見に来ていた
居酒屋の一人娘である
ユキという女性と
仲良くなったのだ。
きっかけは、
僕が昼休憩に弁当を食べているとき、
ユキが差し入れに缶コーヒーを持ってきてくれて、
その時横に置いていたスマホのストラップが、
ユキの大好きなアニメのキャラクターだったことだ。
僕もそのキャラが大好きで、
二人で、初対面とは思えないほどに
すっかり盛り上がってしまった。
連絡先を交換した僕らは、
それからよく電話をするようになった。
これは、27歳でまともな恋愛経験のない
僕のような男には
信じられない出来事だった。

そのあとも、ハケンを続けた。
最初は心の調子であまり出勤できなかった仕事も、
体を動かすうちに
少しづつ、前向きになりはじめ
毎日、あんなに嫌いだった現場に喜んで向かうようになったのだった。

「お前、変わったな」
「前とは別人だよ」
と、たまに現場が一緒になる先輩たちにも
少しづつ、認められ始めたのだった。
ひとつだけ悩みがあるとすれば、
まだ、人の目をちゃんと見て話すことが、
どうしても出来なかった。

お母さんも喜んで、
「あなた、本当に頑張ってるわ。」
「お母さんね、本当は、ずっと心配だったの。」
「あなたが、いつ…いつ、いきなり…。」
「いき…なり…。うっ。うう…うぅ」
「良かった…本当に良かった。」
「今日は、あなたの好きなお刺身よ」
「さ、めしあがれ。」
僕はその日、また、
お刺身の取り皿をびしょびしょにしてしまった。
前とは、違った理由でだ。

ユキとは、それから少したって、
お付き合いすることになった。
ユキは、幼い頃から家事をずっとやってきた子で、
居酒屋の娘という事もあり、
料理がとても得意だった。
特に、僕の好きなお刺身は、ほとんどプロの技で、
僕の家に来て母と料理をすると、
いつも母を驚かせた。
「まあ。」
「ユキちゃん、うちにお嫁さんに来ない?」
「こんなおいしい料理が食べれるなら、明日からでも、OKよ?」
「なんてね。ふふ。」
「息子と仲良くね。」
「はい…お母さん、あっ!まだ、お母さんは、早いかしら」
「ふっ。ほんと、いい子見つけたわね!」
うちの母はすっかりユキを気に入って、
いつでも結婚していいわよと、
冗談交じりに、
急かすのだった。

しかし、ひとつ問題があり、
ユキの両親、特に父親が
僕との交際を、
「どうしても駄目だ」
、と強く反対しているのだった。
苦労しながら小さな居酒屋を経営しながら
一人娘のユキを必死に育ててきた
ユキの父には、
僕はあまりに
経済力も、男らしさも足りない
情けない男なのだった。
ユキと父親は
いつも喧嘩になるそうだ。
「お父さん、なんで分かってくれないの。」
「彼は人の痛みが分かる人なんだよ。」
「そこが、私は好きなの。」
「ダメと言ったらダメだ!あんな甲斐性なし!」
「お父さんの分からずや!!」

そんな、彼女の親に認められない悔しさから、
僕は、再就職を目指すことにした。
面接につぐ面接。
しかし、なかなか合格は出ない。
いつも、緊張で、面接官の顔を見ると、
眼をそらしてしまうのだった。

だが、ある、食品メーカーの工場の面接の日。
朝、電車に乗る前にコンビニによると、
商品棚に、見覚えのあるコーヒーがあった。
井口さんが買ってくれたコーヒーだった。
「よし。」
「いくぞ。」
僕は、井口さんの言葉を思い出した。
「人と話す時は、しっかり目を見なさい。」
「心の目と、自分の目を、ぴったり合わすんだ。」
「そうだ。」
「心の目だ。」
僕は、なんだか落ち着いて面接に向かった。
結果は、採用だった。

仕事が決まり、ハケンを辞めることを
事務所に伝えに行くと
他のハケンの若者やおじさんが、
給料を受け取りに来ていた。
その中に、
知っている先輩が居たので、
「僕、仕事決まりました。現場ではお世話になりました。」
と感謝を伝えると、
「おうおう。めでたいな。お前もここを一抜けかあ。」
「ま、次の仕事も頑張れよ。」
「ありがとうございます。」
「それでさ、お前、聞いた?」
「何をですか?」
「そうか…聞いてないのか。」
「井口さん、亡くなったってさ。」
「えっ。」
「脳溢血だってよ。あんな歳で、ずいぶん、頑張ってたもんなあ。」
先輩も涙ぐんでいる。
「あの人奥さん大好きでな、」
「ガラケーの待ち受け、奥さんなの。」
「俺に自慢してたなあ、キレイだろ、ってさ…。」
「うっ…。」
「うう、あの人娘さんのためによ、頑張って…うう。」
「ああいう人がさ、男だと思うよ、俺。」
「男…。」
僕はその帰り道、例のコーヒーを買って、
一気に飲み干した。

「む、むむ、娘さんをください!!」
僕はついに、ユキの実家の居酒屋に
ユキとの結婚を
申し込みに
行った。
「な、なんだって!お前、ハケンのバイトのくせに。」
「娘を、くれだとぅ。」
「就職、しました。」
「ほ、ほう、そうか。」
「そいつぁ、頑張ったじゃねえか。」
「それは認めてやる…だがな。」
「お前、俺と眼も合わせられねえじゃねえか。」
僕は内心、心臓バクバクで、
ユキのお父さんと到底、
眼を合わせれなかったのだ。
僕はそれでも、うつむきながらも、
心の底から、叫んでいた。
「娘さんを幸せにします!僕が、幸せにします!」
その時、たしかに
僕の心の目と、自分の目が、
合った気がした。
ユキのお父さんの、
苦労でシワの刻まれたけわしい顔に
しっかりと顔を向ける。
そして。
眼を、合わせる。
真っすぐに見る。
すると。
ユキのお父さんは、
涙目なのだった。
「お前、やっとだよ。」
「やっと俺の目を見て話してくれたな。」
「それだよ。」
「これからも、」
「ユキからぜったいに」
「目を離さずに」
「愛してやって欲しい。」
僕は号泣してしまった。
ユキも号泣する。
泣き崩れる僕たち。
お父さんは、背中を見せて立ってるが、
足元が涙でびしょびしょになっていた。

僕はそれから、ユキと暮らし始めた。
食品メーカーで得た知識を、
いつかユキの実家の居酒屋の経営に活かせるかもしれない。
来月、子供が産まれる。
娘だ。
僕は思った。
「僕は、男に、なれるんだろうか」
そう思うと、体に不思議な力が湧いてくるのを、僕は感じた。




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