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【白4企画】駆け込み出頭



 ほうきを手に呆然と立ち尽くす私に、ガンチャンが少し掠れた声で
「とりあえずジッコウハンはシュットウだろ」
と言った。

ジッコウハンを実行犯に、シュットウを出頭に脳内で変換した後、その言葉の物々しい響きに慄いた。悪意がある。

「実行犯、て、わざとやるわけないだろ……」
「でもモモコが打った球が当たったからこうなった訳だし」
 ガンチャンは、教室の床に散乱する蛍光管と、石を新聞紙で包みガムテープでぐるぐる巻きにしてつくった「わたしたちのかんがえたさいきょうのやきゅうボール」を指さして言った。

 そもそも、雨が降っていることが悪い。晴れてさえいれば、さすがに私たちも、来年成人するのに教室で野球なんかしない。あとは、模試も悪い。折角の土曜日に登校させられて、一日中模試という抑圧を加えられたことが、私たちを野球に駆り立てたのだ。

「待て。OK私は出頭……というか職員室行こう。行くけど、私1人は違うだろ。そして全員下向くのやめろ」
 この試合の参加選手5名と観客3名のうち、誰ひとり私の方を見ていない。授業中に、じゃあこの問題、と言った時の先生の気持ちがよく分かる。つまり、すでに腹を括っている私は、この場において、先生に等しい圧と主導権を持っている、ということだ。

「アキタ」
 窓際にいるアキタが、首がねじ切れそうなほど無理のある姿勢で外を眺める。
「アキタ、フォームの指導ありがとう。お陰でいい球が打てたよ。さすが野球部」
 の、マネージャー。野球経験ゼロの割に、「腰を落とせ」「視線はこの辺に」「腕の角度は」等々的確に教えてくれた。その功績を讃え、私のお供に加えたいと思う。

「……いや、指導って言っても、私はモモコのポテンシャルを引き出しただけだから……モモコ凄いね、今からでもソフトボール部に」
 入らん。アキタの往生際の悪さに、思わず天を仰ぎそうになったが、仰ぐと蛍光灯が目に入るので、黒板の右端を見た。今日は24日。

「24日だから出席番号15番」
「流石にとばっちりすぎだろ! アレンジするにしても『2かける4で8番〜』とかに留めるだろ!」
 後ろの壁際の棚に座りニヤついていた土佐が、弾かれたように床に降りた。
「土佐。元気いいな。職員室でもその声量で私を擁護してくれ」

 アキタが死んだ目で拍手する。周りもそれに続き、教室には乾いた拍手がまばらに響く。みんなギャラリーぶっているが、私はまだメンバー選びを止めるつもりはない。土佐は身体に見合った声量はあるが、知力の面では些か頼りない。このままではでかい声で謝罪する以上の役割を振ることは出来ない。

「土佐ぁ、このボール、よく出来てるよなぁ」
 土佐は一瞬キョトンとしていたが、あぁ、と言ったその顔には、私の意図を汲んだという不敵な笑みが浮かんでいた。
「そうだな! 特に石入れるって言うのがなー俺には出来ん発想だわー。やっぱスゲーよ幸島は」
「幸島、理学部より工学部目指したほうがいいぞ。先生に進路相談しに行こう」

 幸島が、俺一番人聞き悪いじゃん凶器の作り方みたいじゃんこれ……、と今更己の罪の大きさを自覚し始めた。場の流れでより過激な発想ができるタイプ、危険人物だ。この機会に強めに指導してもらったほうがいい。
 一旦候補から外れて余裕綽々のアキタが
「これさぁ、弁護士要るでしょ。法学部志望いるじゃん?うちのクラス文理混合で良かったぁ。ね、キジマ」

「待って」

 アキタからキジマに移りかけていた全員の視線が、窓際後方に注がれた。声の主は岸だった。
 岸はスッと立ち上がる。いつの間にか雨は上がり、雲間から差し込む光に包まれた姿は、神々しささえ感じた。

「私も、行く」

 凛とした岸の声が響く。福音。私の脳裏にその二文字が浮かんだ。アキタが口元に手をやり、恥じ入るように俯いた。思わず涙が溢れそうになるのを抑えて、
「岸、何で。何もしてないだろ、岸は」
と尋ねた

「……委員長、だから」
 陽光に包まれた岸の微笑みに、私は涙を堪えることが出来ず、天を仰ぎ、蛍光灯を直視した。ずっと蛍光灯って思ってたけど、あれLEDなんだよな、まぁまぁ高いんだよな、と思った。
 そして、土佐の時とは全く違う、熱い拍手をした。ずっと立ちっぱなしだけど、これはスタンディングオベーションのつもりだ。私の気持ちが伝播したことが、皆の拍手で示された。

 涙に気付かれないよう、教室のドアを振り返って言った。
「土佐、幸島、岸。行こうか」
 おう、はい、うん。心強い仲間達の声が私の背中を押す。いざ、と小さく呟いた。

 廊下に出ると幸島が、岸の責任感はすごいよなぁ、と言うのが肩越しに聞こえた。すると、私の真後ろにいる岸が、フッと鼻で笑って言った。
「教員からしたら、教室に居た人全員同罪だよ? 自首の方が罪は軽い」

 岸の語尾に重なるように、ガラッと教室のドアが開く音と、お前ら早く帰れよー……えっ! 割れてんじゃん!! という翁川先生の声が聞こえてきた。
 私たちは一刻も早く「自首」できるよう、走り出す。雨上がりの中庭の蒸れた空気に包まれ、爆笑しながら渡り廊下を駆け抜けた。



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白鉛筆様の企画に参加します。


朝起きたら皆さんが楽しそうなことしてる……!
私も書きたい、えっこれ今日限定なの?!皆さん恐ろしく筆が速い……と慄きつつ、旅行の朝食待ちの時間とか、駐車場待ちの合間に書きました。
そして今現在進行形で家族とはぐれました。

一応検討はした。
ホラーちっくなものとか、もっと文学的なもの書けないかなって。
でも私、若人のどうでもいい会話書くことが一番好きだから……。
思いっきり例に「高校生」って書いてあったけど、他に思い付かなかったから……。
まぁ、「大したもの書けないからやめよ」と諦めるよりは、楽しんだもん勝ちだと思って参加した方がいいですから。
実際楽しかったです!
白鉛筆様、企画ありがとうございました。

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早時期 仮名子*1/19文フリ京都
もっといい小説を書きます!