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アブダビ駐在妻の日々4 ーアクティブになり過ぎて止められなくなりました(躁)



1ヶ月で気温が爆下がり、外を歩けるようになった(祝)

アラブも漸く安心して外出できる気候になり(日中28度くらい)、この1ヶ月の激しい気温の降下に驚いている。多分10月末は40度はあったのじゃないかな。日本も近頃は秋を飛び越えてすぐ冬になる傾向があるが、アラブは2週間くらいで10度以上下がるんですね!

アブダビはキラキラした近代的なビルが立ち並ぶ世界一お金持ちの国で、ハイソな生活が出来るイメージが強い?かもしれませんが、自分がこの数ヶ月経験したのは「鬱」になる条件満載の孤立するしかないような環境だった。高い塔に幽閉された?(どこの女王様やねん!)自由のない生活で、日本のように普通に自分の足で外出、歩いてコンビニに行く、電車に乗り学校に行く、会社に行く、映画に行く、そんな簡単なことが全く出来ないから、メンタルも腐っていく。しかし、涼しくなったら私は今までのストレスのせいか、今までと真逆の、行動的過ぎる生活に転じている。


急激に行動的な生活が始まる

まずはYoutuberデビューしました。日本で調達したdji社のスグレモノ、Osmo Pocket3というコンパクトなカメラで、出かける度に録画している。よかったら初めての作品を見て下さい。



お友達がたくさん出来ました

来てすぐにプールで出会ったルーマニア人のヴィッキーちゃんがめちゃくちゃいい人で、彼女を通じて知り合った友達、イタリア人、オランダ人達にバックギャモンを教え、家に来てもらいプレイをしている。ただ、私のように暇さえあれば試合の実況中継を見る、オンラインで対戦する等、やや中毒気味になる人はすぐに?学ぶが、なかなか同じ熱量にはなりにくいらしい。もし彼女たちさえ望めば一緒にドバイのボードゲームカフェの大会に参戦しようと思っている。また日本人の新たなお友達も出来て久しぶりにノンストップに日本語で喋れて嬉しい。(夫は居るが、あまりノンストップの女の話はいやがるので…)


それほど自慢するレベルのお茶会ではないが日本のお菓子の味見をしてもらい楽しかった


アラブ幾何学模様のクラスが何故かなくなる

アリ先生との最後の?クラス

アリ先生、私がちょっと休んでるうちにこのクラス消滅してるやないか!毎週教えなくて済むから、この安心の笑顔だったのだろうか。続けたいので必ずそのうち続けるつもりだ。今はたまにアクリル絵の具や鉛筆画を描いている。そう、他のクラスも積極的に受けたら、イギリス人、ドイツ人、またはローカルのUAEムスリムの美人お嬢様たちともお友達になりました。いつも彼女達は最新のブランドバッグを持ってるのだよね〜お高いんでしょうね。


中東史をある教育プログラムで勉強中

コチラに赴任することを知らず、自分は2024年から大学院入学のために準備をしてきた。色々あった末、インドのオンライン大学院に一度入ったが、勉強時間に一日8時間くらい取られ、ほぼ家にこもりきりになるため大学院は延期することにした。自分のメンタルヘルスを考え、外出する方を優先した。しかし、歴史の勉強は自分にとって、心の拠り所なので、離れてしまうと寂しいから続けている。中東史は面白いが、不明瞭な部分がやたら多くもっと理解してから次のモスリム同胞団について書きたいと思う。

ブリッジという禁忌にまで挑戦

日本人女性の住人さんとエレベータでお会いし、その関係から日本人会のブリッジクラブを見学したら面白かったので、入ることにした。しかし、ここに至るには結構なハードルだった。というのは、母がブリッジを40代から中毒気味にやっており、家庭が崩壊した経緯がある。というか、自分が10代の頃、父の暴君の家庭環境や、父の仕事で転勤が多過ぎたため、私を含め3人の兄弟は17歳で親元から離れている。母の30-40代は色々と家庭の問題が山積みであった。そんな時に母は完全にブリッジにのめり込み、ほぼ自分の時間はブリッジクラブに入り浸り、家でもブリッジの勉強をするだけ。反抗的な10代の娘としては、母が全く子供や夫との問題に対峙せず逃げている印象があったので、ブリッジを憎んでいた。今思えば、母の心の重荷は病気になるほどで、問題に対峙する理解力も勇気も持たず、相談相手もおらず、社会を知らない劣等感から夫の言いなりになっていた。問題を解消するには逃げる道しかなかったのだろうし、ある意味ブリッジが母のメンタルを救ってくれたのだろうな。

さてシリアスな話になったが、そういう自分にとっては関わりたくなかったブリッジも、海外生活をすると、この「ハイソサエティのゲーム」が出来ることがサバイバル能力、人間関係を構築する武器になるわけだ。逆に今思えば、素直に母から教えてもらえばよかった。


積極的に行動すれば全てが動き出す


このように、毎日忙しくよく動きよく笑いよく喋り、そうすればどんどん新しい人や物が動き出す。日本国内でもしも急に暇になったら、新しい仕事を捜すか、資格を取ろうとすると思う。しかし、海外では仕事があれば良いが、帯同者は出来ないなど制限があるし、まず自分の好きなことをする、そして、人間関係を作る、そこからの広がりが重要だと思う。

忘れてはならない、私のADHD傾向だ

しかし私の性質として、関わる人間が増え、仕事や役割の重責や深い理解を求めたりするうちに視野がどんどん狭くなる傾向がある。そして、正しいからと、なんでも率直に言い過ぎる言動により、大体結末は「破綻」の二文字である。過去の人間関係でも、少数であれば仲良い人間関係が続くのだが、特に日本人の一定の空気読み能力を求められる社会がとても苦手だ。一般的な浅い対応出来ないんだな…今はとても楽しい人付き合いが出来て嬉しいので、感謝を忘れず破綻にならないよう、気をつけようと思う。


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