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一目惚れをしたことがありますか

“一目惚れ”って、今まであまりしたことがない気がする。基本的に、その人の性格や人となりを知ってから好きになるから。だから正直、私にとって“一目惚れ”という言葉は、いまいちピンとこないものだった。

ただある日、美術館で、おそらく大学生だろうと思われる男の人から目が離せなくなった。(年齢がそれくらいに見えたし、なによりそれは平日の午後のことだったので。)今では全然思い出せないけれど、髪型、横顔、着ている服から、たたずまいや仕草まで、どれもが完璧だと思った。美しすぎて、ずーっと眺めていられると思った。全てをこの状態のまま、とっておきたいくらいだと思った。それに、彼はきっとその展示会のテーマである写真家に興味があって来ていただろうから、自分と同じような嗜好の持ち主なのかな、それだったらきっと性格も私の好みに違いない、なんてちょっとした運命までも感じた。

その時の私は、もしかしたら、展示されている写真を見るのと同じくらいその人のことを見つめていたかもしれないし、声をかけたくてたまらないという思いだって、バレていたとしても不思議ではない。(わからないけど、たぶんいや絶対に、挙動不審だったろうと思うから。)でも最終的に、声をかけることはできなかった。
その人は日本人だったと思うけれど、ひょっとしたら外国人のようにも見えたので、言葉が通じないかもしれないなどと余計なことばかりを考えたのだ。それに、見かけから想像する性格とどれだけ違うかわからないじゃないか、なんてこともうだうだと考えた。結局は、どうしても勇気が出なかったのだ。

おそらく、これこそがまさに本物の一目惚れってやつだと思う。もしあのとき声をかけていたら、私は相当あやしい人になっていたと思うし、それからほどなくして私には彼氏ができたし、だからこれでよかったのかもしれない。
だけど困ったことに、あの人にはもう永遠に会えないだろうという事実は、あれから一年以上経った今考えてみても、ひどく悲しいことのように感じられる。声をかけたらどんな展開が待っていたか、想像すらできないので、声をかけなくて正解だったと自信をもって言い切れる機会は、永遠に失ってしまった。
もうほとんど顔も姿も思い出せないけれど、未だに、あの人は本当に本当にかっこよくて美しかったという記憶だけが残っている。今からだって、仮にチャンスがあるのだとしたら、また会いたいと思わずにはいられない。

なにごとも白黒ハッキリさせたいタイプの私にとって、物事をあいまいなまま終わらせるのは好ましくないのだと思う。いつまでもモヤモヤしてしまうから。だけど、これから先の人生、一目惚れした人全員に声をかけるというのも、なんとなく現実味がない。それが本当にいいことなのかもわからない。そうして、私はまたモヤモヤしてしまう。ああ、人生の、なんとうまくいかないことだろう。

あなたは、一目惚れをしたことがありますか。もしも一目惚れをしたら、どうするのが正解だと思いますか。
私はこれからの人生、声をかけられない後悔ばかりをどんどんと積み重ねていってしまうのでしょうか。ああ、だとしたら、人生は、なんてつまらないのでしょう。