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利己的遺伝子から社会的存在へ 第6-8章
これらの章では第5章で解説した仮説にもとづいて、菌、植物と共生微生物、ヒトと家畜の関係について論じている。
第6章
菌類とその他の生物の共生関係について議論し、進化の過程において共生がどのように変化し、新たな生物を生み出してきたかを探っている。
菌類は一般に寄生者や分解者と見なされるが、その生存戦略から高度な共生関係を築く能力を持つ。特に地衣類は、菌類と藻類・シアノバクテリアの共生体として知られ、進化の過程で何度も形成されてきた。初期の地衣類の進化では、菌類が藻類に寄生していた可能性が高いが、時間とともに相互依存が強まり、共生へと移行したと考えられる。
進化の大きな転換点MTEが完了するには、共生パートナーが完全に依存し合い、単位として繁殖する必要がある。多くの地衣類では、菌類は単独で生存できないが、藻類は自由生活が可能な場合が多い。そのため、地衣類の共生はMTEの過程にあるが、まだ完了していない例もある。27,000種以上の地衣類が進化しており、その多くは過去6,000万年以内に分化。これは、菌類が環境適応しながら新しい共生形態を形成してきたことを示している。
第7章
植物と共生する微生物(特に菌類と細菌)の進化とその影響について詳しく説明している。植物の地上進出や生態系の形成において、共生関係が果たした重要な役割が強調され、共生が進化の主要な転換(MTE: Major Transitions in Evolution)として成立したかどうか論じている。
現在の陸上植物の70%以上がアーバスキュラー菌根菌(AM菌)と共生しており、その関係は少なくとも5億年前から続いていると推測される。この関係は安定しているが、植物と菌は独立して繁殖するため、MTEには至っていない。AM菌は複数の植物と同時に共生し、植物も複数の菌と接続する「共通菌根ネットワーク(CMN)」を形成する。しかし、これは単なるリソースの共有ではなく、個々の植物と菌が互いに選択し、条件に応じてパートナーを変更することができる。この選択圧により、共生関係が安定し、MTEには至らないものの、進化の長い時間スケールで維持されている。
AM菌を利用しない植物も進化しており、約30%の植物は他の菌と共生するか、共生菌なしで生存している。ラン科(orchids)やツツジ科(heathers)は、独自の菌根菌を利用するように進化した。
マメ科はリゾビウム細菌と共生し、窒素固定を行う。マメ科の根粒細菌との共生はMTEに近い。根粒は植物の一部として形成され、共生細菌は世代を超えて遺伝的に伝達される(垂直伝播)。昆虫のバクテリオームと同じように、宿主が共生細菌を管理し、共生関係が不可逆的になっている。これにより、マメ科植物は窒素供給という独自の進化的利点を獲得し、新たな適応戦略を持つ「個体」として進化した。
植物と微生物の共生は、環境に応じて形成・解消される「柔軟な関係」**であり、MTEには至らないが、進化における重要な推進力となっている。環境ストレスが強いほど、協力が進化しやすいことが実証されており、「敵か味方か」は状況次第である。
第8章
人間と動物(特に犬と猫)の関係、動物の家畜化、そしてその進化的・生態学的な影響について述べている。犬が群れをつくるハイイロオオカミを飼いならしたのに対して、猫は単独行動する野生種を飼いならして、社会性を持たせた。家畜化された動物は「家畜化症候群」と呼ばれる共通の特徴(脳の縮小、耳の垂れ、毛色の変化など)を持つ。ただ、家畜化は「個体の進化」を促すものであり、「大進化的転換(MTE)」をもたらすものではない。
人間も文化的進化を通じて自己家畜化(協力性や社会性の向上)を遂げた可能性がある。遺伝子研究によると、人間と家畜動物の進化には共通点があるが、完全な「家畜化」ではなく、あくまで協力行動の進化と見るべきである。