有袋類が明かす哺乳類中耳の進化
哺乳類の中耳は爬虫類や祖先的な単弓類の顎にあった骨が進化の過程で変形し、組み込まれたものです。この進化は聴覚の感度を高め、哺乳類の繁栄に貢献したと考えられていますが、その詳細なメカニズムは謎に包まれていました。
米国イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校などの研究チームは、生きた化石と呼ばれる有袋類のオポッサムを用いて中耳を構成するツチ骨とキヌタ骨が顎から分離する仕組みを解明しました。
オポッサム:進化の謎を解く鍵
有袋類はカンガルーやコアラなどを含む哺乳類の一群で、未熟な状態で生まれ、母親の育児嚢の中で成長を続けます。オポッサムの子供は生まれたばかりの時はツチ骨とキヌタ骨がまだ顎に付着した、爬虫類に近い状態です。そして、生後数週間をかけて軟骨組織であるメッケル軟骨が分解され、ツチ骨とキヌタ骨が顎から分離して中耳へと移動します。
このオポッサムの中耳発生は化石記録に見られる哺乳類の中耳進化と非常によく似ています。そのため、オポッサムは中耳進化のメカニズムを解明するための生きたモデル生物として非常に有用です。
細胞死が導く中耳の分離
研究チームはオポッサムの中耳発生過程を詳細に観察し、メッケル軟骨が分解される時期と場所を特定しました。そして、この時期のメッケル軟骨では、アポトーシスと呼ばれる細胞死が顕著に増加していることを発見しました。
さらに、TGF-βシグナル伝達と呼ばれる細胞間の情報伝達経路もメッケル軟骨の分解に重要な役割を果たしていることがわかりました。TGF-βシグナル伝達は細胞の増殖や分化、細胞死など、様々な細胞活動に関与しています。
シグナル伝達の阻害が進化を巻き戻す
研究チームはTGF-βシグナル伝達を阻害する実験を行い、その影響を調べました。その結果、TGF-βシグナル伝達が阻害されたオポッサムではメッケル軟骨のアポトーシスが抑制され、メッケル軟骨は分解されずに顎に付着したままでした。つまり、オポッサムの中耳は祖先的な哺乳類の状態に近づいたのです。
哺乳類進化における多様性
マウスなどの有胎盤類では、メッケル軟骨の分解にアポトーシスは関与していないことが過去の研究から示されています。代わりに、破骨細胞と呼ばれる細胞がメッケル軟骨を分解していると考えられています。
このことから、有袋類と有胎盤類ではメッケル軟骨の分解メカニズムが異なり、それぞれ独自の進化の道筋を辿ってきた可能性が示唆されます。
引用元
タイトル:
A new developmental mechanism for the separation of the mammalian middle ear ossicles from the jaw
URL:https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rspb.2016.2416
著者:Daniel J. Urban, Neal Anthwal, Zhe-Xi Luo, Jennifer A. Maier, Alexa Sadier, Abigail S. Tucker and Karen E. Sears