
カメの甲羅に見る単純化と多様化
カメの甲羅は進化の過程で骨板と鱗板の数が減少し、単純化したと考えられてきました。しかし、近年の発生生物学の知見と化石記録の詳細な分析を組み合わせることで、この単純化という見方の背後にはより複雑で興味深い進化の物語が隠れていることが分かってきました。
現存するカメの多くは、ジュラ紀初期に登場したMesochelydia類に見られる、規則的に配置された少ない数の鱗板を持つ構造を継承しています。これは一見、単純化が進んだ結果のように思えます。しかし、初期のTestudinata類の化石を詳しく調べてみると、鱗板の数や配置は実に多様で現生種よりも複雑な構造を持つものが多く見られます。
近年の発生生物学の進歩により、カメの鱗板は胚発生の段階で体節と呼ばれる体の基本構造と密接に関係しながら形成されることが明らかになってきました。また、鱗板間の縫合線の形成はその下にある骨板の発生にも影響を与えている可能性が示されていて、両者の進化が複雑に関係している可能性があります。
従来、カメの甲羅の進化は単純化に向かう一方通行の流れと捉えられてきました。しかし、初期のTestudinata類から現生種に至るまでの鱗板の進化を詳細に分析した結果、鱗板の数は系統によって増加と減少を繰り返しており、単純な減少傾向とは言えないことが分かってきました。鱗板が少ない現生種が多いのは、鱗板が多いグループが絶滅し、少ないグループが多様化した結果である可能性も考えられます。
鱗板が完全に消失したスッポン類とオサガメは水生生活への高度な適応を遂げたグループです。スッポン類は皮膚呼吸に適した滑らかな甲羅を、オサガメは深海への潜水や体温調節に有利な柔軟で厚い皮下脂肪層を持つ甲羅を獲得しました。これらの進化は鱗板を失うことで、より特殊な環境に適応した結果と言えます。
カメの甲羅の鱗板パターンと似たようなものがヘビの頭部の鱗にも見られます。これは、両者の鱗の形成にTuringパターンと呼ばれる化学物質の反応と拡散によってパターンが形成される現象など、共通の発生メカニズムが関与しているためだと考えることができます。
カメの甲羅の進化は単純な単純化ではなく、多様化と特殊化、そして環境への適応が複雑に絡み合った歴史を経て、現在の形に至ったと考えられます。
引用元
Ascarrunz, Eduardo; Sánchez-Villagra, Marcelo R (2022). The macroevolutionary and developmental evolution of the turtle carapacial scutes. Vertebrate Zoology, 72:29-46. DOI: https://doi.org/10.3897/vz.72.e76256
URL : https://www.zora.uzh.ch/id/eprint/214530/