家畜化の痕跡:イノシシの骨格に見る飼育環境の影響
飼育環境における移動制限が野生動物の骨格にどのような影響を与えるのか? フランスの研究チームはイノシシを対象とした実験を行い、飼育環境における移動制限が骨格、特に踵骨の形に影響を与えることを明らかにしました。この発見は野生動物の家畜化の初期段階を考古学的に追跡する上で新たな視点を提供するものです。
フランス国立自然史博物館などの研究チームは人間と動物の関係、特に家畜化が生物にもたらす影響について関心を持ち、研究を行いました。従来の家畜化研究では遺伝子や形態の変化に焦点が当てられてきましたが、これらの変化は数世代を経て初めて現れるものであり、家畜化の初期段階を捉えることは困難でした。
そこで研究チームは飼育環境における移動制限に着目しました。野生環境では餌を探したり、捕食者から逃げたり、移動したりと多様な動きを必要としますが、飼育環境ではこれらの必要性が低下します。この移動制限が骨格の成長に影響を与える可能性を検証しました。
実験ではフランスのウルシエにある広大な森林に生息する遺伝的に均質なイノシシの集団から、生後6ヶ月のイノシシ24頭を捕獲。これらのイノシシを2つのグループに分け、一方のグループは3000平方メートルの屋外飼育場、もう一方のグループは100平方メートルの屋内飼育場で24ヶ月間飼育しました。
飼育期間終了後、研究チームは捕獲飼育されたイノシシと野生のイノシシ、さらに過去200年間に品種改良が行われた家畜豚の踵骨の形状を3次元的に分析しました。踵骨は陸上哺乳類の移動において重要な役割を果たす骨で、高い引っ張り力、曲げ力、圧縮力を受けます。
分析の結果、飼育されたイノシシの踵骨は野生のイノシシとは異なる形状に変化していることが明らかになりました。具体的には、踵骨の遠位端がより背腹方向に湾曲し、距骨突起が遠位端に向かって移動していました。
この形状変化は移動制限によってイノシシの運動量が減少し、その結果として踵骨にかかる負荷が変化したことが原因と考えられます。つまり、飼育環境における移動制限はイノシシの踵骨の形状に可塑的な変化を引き起こすことが示唆されました。
興味深いことに、飼育されたイノシシの踵骨に見られた可塑的な形状変化は家畜豚の踵骨とは異なる方向性を持っていることも明らかになりました。家畜豚の踵骨は野生のイノシシと比べて頑丈で厚みがあり、特に内側部分が大きく突出していました。
これは過去200年間の家畜豚の品種改良において、成長速度、体の大きさ、筋肉量などが重視されてきたことが影響していると考えられます。家畜豚は野生のイノシシよりも体重が重く筋肉量も多いため、踵骨にかかる負荷も大きくなっています。その結果、家畜豚の踵骨はより大きな負荷に耐えられるよう、頑丈な形状に進化したと考えられます。
引用元
タイトル:The mark of captivity: plastic responses in the ankle bone of a wild ungulate (Sus scrofa)
URL:https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsos.192039
著者:Hugo Harbers, Dimitri Neaux, Katia Ortiz, Barbara Blanc, Flavie Laurens, Isabelle Baly, Cécile Callou, Renate Schafberg, Ashleigh Haruda, François Lecompte, François Casabianca, Jacqueline Studer, Sabrina Renaud, Raphael Cornette, Yann Locatelli, Jean-Denis Vigne, Anthony Herrel and Thomas Cucchi
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