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カベカナヘビがまとう四季の色──南イタリアのトカゲに見る自然の巧妙な変化


第1章 はじめに──色の変化はなぜ面白いのか

生き物の体色が変化する現象は、古くから多くの人々の興味を惹いてきました。たとえば、カメレオンが瞬時に体色を変える姿や、北国のウサギが冬に純白の毛へと変わる様子は、多くの人が知る「色変化の代表例」といえるでしょう。なぜ動物はわざわざ色を変える必要があるのか、どうやって周囲の環境に合った色になるのか、そしてこの変化が生き延びるうえでどのような役割を果たしているのかは、実はまだ解明が進行中のテーマです。本記事では、イタリアカベカナヘビ(Podarcis siculus campestris)というトカゲが季節にあわせて背中の色を変えている事例を取り上げます。私たちの身近にもいるような小型のトカゲが、春から夏、そして秋へとどのように姿を変えているのか――そこには、自然界の巧みな戦略が隠されているのです。


第2章 イタリアカベカナヘビとは──身近にいる不思議な爬虫類

イタリアカベカナヘビは、地中海周辺でよく見られる小型のトカゲで、石垣や草むらなどに素早く姿を隠しながら生活しています。和名にある「カベ(壁)カナヘビ」は、壁や岩の表面にへばりつくように日光浴を行うことが多いために名付けられました。細長い体型とすばしっこい動きが特徴ですが、実は人間が近づくとすぐ逃げてしまうため、じっくりとその姿を観察する機会は意外と限られています。多くの捕食者から身を守るため、あらゆるスキマを利用して隠れるのが上手なのも、このトカゲの大きな特徴です。普段はオリーブ畑や石垣の隙間、草地などで暮らし、小さな昆虫を主な餌としています。このトカゲが色を変えるという事実は、一見地味に見える生き物が、実はとてもダイナミックな変化を見せる存在であることを示しています。


第3章 色は生き残りの鍵──捕食回避と温度調節、そして社会的シグナル

動物の体色には、さまざまな役割があります。まず最も代表的なのは、捕食者から身を隠す「カモフラージュ(保護色)」の役割でしょう。周囲の環境に溶け込むことで、自分の存在を目立たなくし、捕食されるリスクを下げられます。たとえば、シロウサギは冬の雪景色に合わせて体毛を白く変化させ、カメレオンは数秒単位で体色を変化させます。次に「温度調節」。爬虫類は体温を外部環境に頼る変温動物なので、色の明るさや暗さが太陽光の吸収率を左右し、体温の上げ下げに影響します。また、色は同種間のコミュニケーション手段ともなります。オス同士の競争やメスへのアピールのために鮮やかな色を身につける例は、鳥だけでなく、爬虫類でも広く見られます。こうした色の役割を総合的に考えると、動物が暮らすうえでいかに体色が重要かがわかるでしょう。


第4章 研究の舞台──南イタリアの地中海性自然環境

本研究の舞台となった南イタリアのアプリア地方(プーリア州)は、穏やかな気候と多様な景観が混在する地域です。石造りの伝統的な建物「トゥルッリ」が点在し、その周囲にはオリーブ畑や果樹園、雑木林が広がり、春には草が青々と生い茂ります。しかし、夏が訪れると一気に乾燥が進み、緑が茶色く枯れ色へと変化。そして秋になると雨が降り始め、再び緑が戻るのと同時に、茶色と青々とした草が入り混じった独特の風景が生まれます。イタリアカベカナヘビは、この変化に富んだ草地や石垣の上で、日光浴や狩りをしながら一年を過ごしています。こうした多彩な背景が、トカゲの背中の色変化にどう影響しているのかが、本研究の大きなポイントとなりました。


第5章 どのように色を測るのか──デジタル画像と「色の3要素」

動物の色を定量的に測る方法として近年注目されているのが、デジタル写真と色解析ソフトを組み合わせる手法です。研究者は捕獲したトカゲの背中を、色基準となるカラーチャート(Color Checker)の隣で撮影します。これにより、写真の明るさや色合いを正しく補正し、トカゲの背中の「赤(R)」「緑(G)」「青(B)」の数値を客観的に取得できるわけです。さらに、RGBの値を「色相(Hue)」「彩度(Saturation)」「明度(Value)」の3要素(HSVと呼ばれる方式)に変換することで、どの程度緑みが強いか、どれだけ鮮やかか、どのくらい暗いかといった、より人間の視覚に近い形で色を表すことができます。この方法は自然光の下でも使えるため、野外でのトカゲ研究と非常に相性がよいのです。


第6章 結果──トカゲの背中が季節の色を「追いかける」

実際に春、夏、秋の3回にわたってトカゲと周辺環境の色を測定したところ、トカゲの背中は、季節ごとに異なる背景色をしっかりと「追いかける」ように変わっていました。春には鮮やかな緑みが強く、夏になると茶色がかり、秋には灰色っぽさも帯びた中間色へと変化したのです。しかも、その時期に撮影した草地も同じように緑から茶色、あるいは茶色と緑のモザイク状へと姿を変えていました。背中の色が背景とよくマッチしているほど、捕食者から見つかりにくくなると考えられます。また、オスとメスを比べると、全体的には似たような推移をたどりつつ、オスのほうがやや緑みが強い傾向もありました。これは繁殖期に関連して、オスがホルモンの影響を受けやすいことを示唆するかもしれません。


第7章 なぜ色が変わるのか──仮説とその考察

このような季節的な色変化に対しては、いくつかの仮説が考えられます。第一に、捕食回避のためのカモフラージュです。草地が青々と茂る春先には背面を緑色に、夏に草が枯れたら茶色に、と周囲に同化することが、捕食者から身を守る最も効果的な戦略になるでしょう。第二に、爬虫類特有の温度調節への影響。色が濃いほど熱を吸収しやすいので、季節や日射量に合わせて体温をコントロールしている可能性があります。第三には、繁殖や社会的シグナルとしての役割です。特にオスがメスにアピールする際、あるいはオス同士の縄張り争いのとき、体色の明るさや彩度が影響するかもしれません。実際にはこうした複数の要因が組み合わさって、背中の色が変わっていると考えられています。


第8章 色が変わる仕組み──トカゲの色素細胞と生理的制御

トカゲが季節を通じて色を変えられる背景には、皮膚内にある色素細胞(クロマトフォア)の働きが大きく関わっています。トカゲや両生類にはメラニン色素細胞だけでなく、虹色素細胞やキサントフォアなど、多様な色素細胞が存在し、それぞれが組み合わさることで複雑な色彩を生み出します。カメレオンのように短時間で色を変化させる種もあれば、本研究のイタリアカベカナヘビのように数ヶ月単位で少しずつ色が変わる種もいます。こうした長期的な色変化には、ホルモンレベルの変化や遺伝子発現の変動が絡んでおり、季節ごとの光・温度条件や繁殖期の開始など、環境や生理的要因と密接にリンクしているのです。色の可塑性は、生き延びるための高度な戦略であり、自然界の適応の妙を感じさせる重要なポイントといえるでしょう。

引用元

タイトル:
Lizard colour plasticity tracks background seasonal changes

URL:
https://journals.biologists.com/bio/article/9/6/bio052415/222876/Lizard-colour-plasticity-tracks-background

出版元、掲載誌、年月日:
The Company of Biologists Ltd, Biology Open, 2020年5月

著者:
Daniele Pellitteri-Rosa, Andrea Gazzola, Simone Todisco, Fabio Mastropasqua, Cristiano Liuzzi

ライセンス:
Creative Commons Attribution License (CC BY 4.0)

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