分析化学の話(6) - 誤差(不確かさ)の伝播 の計算
数式を使って、誤差(不確かさ)の伝播を計算します。
1.誤差(不確かさ)の伝播則
測定データ$${x}$$と$${y}$$があります。分析結果$${z}$$は、$${x}$$と$${y}$$の関数であるとします[1]:
$$
z = F(x, y) \quad \quad \quad \quad \quad \quad (1)
$$
$${z}$$の標準不確かさ$${u(z)}$$は次の式で与えられます[2, 3]:
ここで、$${(\partial F/\partial x)_{x=\bar{x}, y=\bar{y}}}$$、$${(\partial F/\partial y)_{x=\bar{x}, y=\bar{y}}}$$は、偏微分係数$${(\partial F/\partial x)}$$、
$${(\partial F/\partial y)}$$の$${x=\bar{x}, y=\bar{y}}$$での値です。式(2)が誤差の伝播則、あるいは不確かさの伝播則とよばれるものです。
あるいは、式(2)の正の平方根をとって、
$$
u(z) = \sqrt{\bigg (\dfrac{\partial F}{\partial x} \bigg )_{x=\bar{x}, y=\bar{y}}^2 u^2(x) + \bigg (\dfrac{\partial F}{\partial y} \bigg )_{x=\bar{x}, y=\bar{y}}^2 u^2(y)} \quad \quad \quad \quad (3)
$$
2.例題1: z=x+y
$$
z = F(x, y) = x + y
$$
のとき、$${z}$$の標準不確かさ$${u(z)}$$を、標準不確かさ$${u(x)}$$と$${u(y)}$$で表せ。ただし、$${x}$$と$${y}$$の平均値はそれぞれ$${\bar{x}}$$と$${\bar{y}}$$とする。
【解答】
偏微分は、他のすべての変数を定数と見て微分します。例えば、$${x}$$に関する偏微分は$${y}$$を定数とみて、
$$
\dfrac{\partial F}{\partial x} = \dfrac{\partial (x+y)}{\partial x} = \bigg (\dfrac{\partial x}{\partial x} \bigg ) + \bigg (\dfrac{\partial y}{\partial x} \bigg ) = 1 + 0 = 1
$$
となります。同様に、
$$
\dfrac{\partial F}{\partial y} = \dfrac{\partial (x+y)}{\partial y} = \bigg (\dfrac{\partial x}{\partial y} \bigg ) + \bigg (\dfrac{\partial y}{\partial y} \bigg ) = 0 + 1 = 1
$$
式(3)を利用すれば、
3.例題2: z=x+y
容器に試料を数回秤量し、質量の平均値$${x}$$が0.0263 g、標準不確かさ$${u(x)}$$が0.0001 gであった。さらに溶媒を入れ、溶媒の質量の平均値$${y}$$が5.1097 g、標準不確かさ$${u(y)}$$が0.0001 gであった。溶液の質量$${z}$$の標準不確かさ$${u(z)}$$を求めよ[4]。
【解答】
$${z = x + y}$$だから、式(4)を利用すると、
$$
u(z) = \sqrt{u^2(x) + u^2(y)} = \sqrt{0.0001^2 + 0.0001^2} = \sqrt{2} \times 0.0001 = \boldsymbol{0.00014}
$$
4.例題3: z=xy
$$
z = F(x, y) = x y
$$
のとき、$${z}$$の標準不確かさ$${u(z)}$$を、標準不確かさ$${u(x)}$$と$${u(y)}$$で表せ。ただし、$${x}$$と$${y}$$の平均値はそれぞれ$${\bar{x}}$$と$${\bar{y}}$$とする。
【解答】
$$
\dfrac{\partial F}{\partial x} = \dfrac{\partial (xy)}{\partial x} = y\dfrac{\partial (x)}{\partial x} = y \times 1 = y
$$
$$
\dfrac{\partial F}{\partial y} = \dfrac{\partial (xy)}{\partial y} = x\dfrac{\partial (y)}{\partial y} = x \times 1 = x
$$
よって、式(2)から、
$$
u^2(z)= \bar{y}^2 u^2(x) + \bar{x}^2 u^2(y) \quad \quad \quad \quad (5)
$$
または、
$$
u(z) = \sqrt{\bar{y}^2 u^2(x) + \bar{x}^2 u^2(y)} \quad \quad \quad \quad (答)(6)
$$
【補足】
式(5)の両辺を$${\bar{z}^2}$$で割れば、$${\bar{z}^2 = \bar{x}^2 \bar{y}^2}$$だから、次の相対的な表現が得られます:
$$
\dfrac{u^2(z)}{\bar{z}^2} = \dfrac{u^2(x)}{\bar{x}^2} + \dfrac{u^2(y)}{\bar{y}^2} \quad \quad \quad \quad (7)
$$
または、
が得られます[5]。
5.例題4: z=xy
250 mLの全量フラスコに入っている溶液中の試料の質量$${z}$$と標準不確かさ$${u(z)}$$を知りたい。ただし、溶液の質量濃度$${x}$$は、1.051 mg/mLであり標準不確かさ$${u(x)}$$は0.012とし、体積$${y}$$は250 mLであり標準不確かさ$${u(y)}$$は0.087とする。
$${z=xy}$$です。式(8)を用います。
$$
\dfrac{u(z)}{\bar{z}} = \sqrt{\bigg (\dfrac{0.012}{1.051} \bigg )^2 + \bigg (\dfrac{0.087}{250} \bigg )^2} = \sqrt{0.0001304 + 0.0000001211} \\ = 0.0114\cdots
$$
$${\bar{z} = 1.051(\mathrm{mg/L}) \times 250 (\mathrm{mL})= 0.2628 \cdots \mathrm{mg}}$$だから、
$$
u(z) = 0.2628 \times 0.0114 = 0.002996 \cdots = \boldsymbol{0.0030} \; \mathrm{mg}
$$
6.例題5: z=x/y
$$
z = F(x, y) = \dfrac{x}{y}
$$
の場合にも、式(7)または式(8)が成り立つことを示せ。
【解答】
$$
\dfrac{\partial F}{\partial x} = \dfrac{\partial \Big ( \dfrac{x}{y} \Big )}{\partial x} = \dfrac{1}{y} \dfrac{\partial x}{\partial x} = \dfrac{1}{y}\times 1 = \dfrac{1}{y}
$$
$$
\dfrac{\partial F}{\partial y} = \dfrac{\partial \Big ( \dfrac{x}{y} \Big )}{\partial y} = x \dfrac{\partial \Big ( \dfrac{1}{y} \Big )}{\partial y} = x \Big ( - \dfrac{1}{y^2} \Big ) = - \dfrac{x}{y^2}
$$
式(2)に代入すると、
$$
u^2(z)= \dfrac{1}{\bar{y}^2}u^2(x) + \bigg ( - \dfrac{\bar{x}}{\bar{y}^2} \bigg )^2u^2(y) = \dfrac{1}{\bar{y}^2}u^2(x) + \dfrac{\bar{x}^2}{\bar{y}^4} u^2(y)
$$
両辺を$${\bar{z}^2}$$で割ると式(7)と同じ式が成り立ちます:
$$
\dfrac{u^2(z)}{\bar{z}^2} = \dfrac{1}{\bar{z}^2\bar{y}^2}u^2(x) + \dfrac{\bar{x}^2}{\bar{z}^2\bar{y}^4} u^2(y) = \dfrac{u^2(x)}{\bar{x}^2} + \dfrac{u^2(y)}{\bar{y}^2}
$$
ここで、$${\bar{z}=\bar{x} /\bar{y}}$$を使いました。
文献とNote
[1] 例えば、質量濃度$${Z}$$は、試料の質量$${X}$$を溶液の体積$${Y}$$で割ったもの:
$$
Z = F(X, Y) =\dfrac{X}{Y}
$$
[2] 標準不確かさ$${u(z)}$$の2乗は、$${u(z)^2}$$でなく、なぜか$${u^2(z)}$$と表します。$${u^2(z)=u(z)^2}$$です。
[3] 記号$${\partial}$$は、"偏微分"の意味です。
[4] 例題は少し現実離れしています。数回秤量することはほとんどないでしょうし、4桁の天秤は安定してるのが普通です。
[5] 式(8)が紹介されている教科書が多いようです。たとえば、
・Miller, J.C. and Miller, J.N.、"データのとり方とまとめ方"、共立出版、1991.
・Christion, G.D.、"原著6版クリスチャン分析化学I.基礎編"、丸善、2005.
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