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物質が透明になる!?「パウリブロッキング」を実験的に証明!

まずは論文!今回は豪華3本立て!

Amita B. Deb & Niels Kjærgaard. "Observation of Pauli blocking in light scattering from quantum degenerate fermions". Science., 2021; 374 (6570) 972-975. DOI: 10.1126/science.abh3470 arXiv: 2103.02319v1
Yair Margalit, Yu-Kun Lu, Furkan Cagri Top & Wolfgang Ketterle. "Pauli blocking of light scattering in degenerate fermions". Science., 2021; 374 (6570) 976-979. DOI: 10.1126/science.abi6153 arXiv: 2103.06921v1
Christian Sanner, Lindsay Sonderhouse, Ross B. Hutson, Lingfeng Yan, William R. Milner & Jun Ye. "Pauli blocking of atom-light scattering". Science., 2021; 374 (6570) 979-983. DOI: 10.1126/science.abh3483

いつもの「ニュースのポイント」!

○極低温のフェルミ粒子をある程度以上の密度に置くと、パウリの排他原理によって、原子は光子を散乱しなくなる、つまりは透明になるよ。
○このパウリブロッキングと呼ばれる現象を、3つの研究チームがそれぞれ別の金属ガスを使って証明したよ!
○量子コンピュータや光格子時計への応用が期待されるよ。

めっちゃ身近な「パウリの排他原理」

私たちの身の回りにある物質は原子でできていて、原子同士は幽霊のようにすり抜けたりしないよね?その理由は、原子の外側を構成する電子がマイナスの電気同士なので反発しあうのも1つの理由だけど、もう1つの理由としてパウリの排他原理が働くというのもあるよ。パウリの排他原理によって電子同士が重ならないから、原子同士もすり抜ける事が無いんだよ。

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この宇宙にある全ての量子は、フェルミ粒子とボース粒子に大別されるよ。

パウリの排他原理と言うのは、2個以上のフェルミ粒子は同じ量子状態を取らない、というのが正確な説明だけど、これじゃなんのこっちゃな人も多いよね。この宇宙にある電子や原子など、量子力学に従う量子は、フェルミ粒子ボース粒子という2種類に大別されるよ (これは、厳密にはスピンという性質で分類されるけど、今回は割愛するよ) 。パウリの排他原理は、この内のフェルミ粒子に働くもので、電子はフェルミ粒子の代表例だよ。同じ量子状態を取らないというのは、例えば1席に1人のルールが厳格な観客席を想像するといいかな?この場合、観客が量子、観客席1つ1つが異なる量子状態と例える事ができるよ。量子状態が同じ状態を取れないと言うのは、同じ席に2人以上座るようなもので、1席に1人というルールがある限り無理だよね?また、観客席が満杯な状態だと、それ以上は観客が入らないよね?こんな風に、フェルミ粒子には入り込む場所に最小単位が存あって、量子状態1個に対して量子も1個しか入れない、と言うのがパウリの排他原理だよ。そして詳細は割愛するけど、ボース粒子はパウリの排他原理に従わないから、1つの席に何人も座っている状態が可能なんだよ。なんとも不思議だけど、この性質があるおかげで、例えば光は交差してもお互いに跳ね返らず、すり抜ける事が可能になる、などの性質があるんだよ。

物質が透明になる「パウリブロッキング」

さて、パウリの排他原理の発展形として、身の回りにある原子でもちょっと不思議な事が起きる事が理論的に予測されていたよ。まずその前に、身近な物質について振り返るね。原子に光子 (光の量子) を当てると、原子は光子を吸収して高いエネルギー状態となり、その直後にエネルギーを放出して元の最低状態に落ち着くよ。これを連続的に見れば、原子は光子をまっすぐに飛ばさないように散乱しているように見えるよ。これは空気のような一見すると透明に見える物質でもわずかに働いているよ。青空が青いのは、空気を構成する原子が、太陽光の短い波長の可視光線を乱反射するから起きる現象だよ。そして通過する距離が伸びるほど散乱できる波長も長くなるから、太陽の高度が低い朝や夕方には赤い空が見えるようになるんだよ。この点から言えば、一見透明に見える空気も、実際には完全に透明な物質、とは言えないんだよ。

フェルミの海

普通の状態だと、フェルミ粒子に分類される原子は、様々な量子状態を自由に取れるよ。だけど極低温環境だと、最低の量子状態を全て埋めていて、量子状態の移動がパウリの排他原理によって禁止されるよ。これをフェルミの海と言い、この状態でパウリブロッキングが観測されると予測されたよ。

ただ、これが極低温になってくると話が変わってくる、と言うのが理論的に予測されていたよ。まず原子としての振る舞いが非常に弱くなる低温状態だと、原子は1個の粒子とみなす事ができて、陽子+中性子+電子の合計が奇数だとフェルミ粒子、偶数だとボース粒子として振る舞うようになるよ。フェルミ粒子に分類される原子の温度をどんどん下げていって絶対零度 (0K=-273.15℃) に近づけていくと、個々の原子が取る事が可能な最低のエネルギー状態に落ち込んでいくよ。この状態で原子がある程度以上の密度で集まると、パウリの排他原理が強く働くようになるよ。この状態で原子にエネルギーを与えても、既に原子は周辺にある全てのエネルギー状態を満たしているから、満員の観客席で席の移動ができないように、今取っている量子状態という席からどこにも移動できない状態となるよ。このように、フェルミ粒子同士がパウリの排他原理によって量子状態の移行を阻止してしまっている状態をフェルミの海と言うよ。フェルミの海の状態になると、原子がエネルギーを吸収しても、既に別の原子が高いエネルギー状態という席を埋めていて、そこから飛び出せるほどの超高エネルギーを与えない限りは移動する事ができなくなるよ。すると、原子は光の吸収や再放出をしなくなる、つまりは散乱しなくなっちゃうよ。ここから不思議な結論が出てくるよ。フェルミの海の状態となった原子の塊は、絶対零度に近づくほど段々と光に対して透明になっていって、絶対零度の極限では完全に見えなくなってしまうんだよ!これはパウリブロッキング (Pauli blocking) と呼ばれる現象で、30年以上前に理論化されたよ。

矛盾する状態を両立させる難しさ!

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今回の実験に使われたものの一部である、青色の波長の光子を照射するレーザーシステムだよ。(画像引用元: JILA)

ところが、パウリの排他原理は実験的にもよく知られているにも関わらず、パウリブロッキングは実験的に観測された事が無かったよ。これは、低温物理学の限界がそうさせていたよ。
普通の原子でフェルミの海を作ってパウリブロッキングを起こすには、原子を極低温に置くだけでなく、原子を集めて密度の高い状態に置く必要があるけど、問題は、どちらか片方を実現させるのはそこまで難しくないけど、両方を同時に実現するのが困難な事だよ。原子を極低温状態に置くには、レーザー冷却という方法が使用されるよ。温度は、ざっくり言えば原子の振動の激しさで表されるけど、振動と逆方向にレーザーを当てると、原子の振動が収まる、つまり温度が下がる、と言う方法がレーザー冷却だよ。
ただ、レーザー冷却は個々の原子の振動に対してピンポイントで照射しないと、逆に原子の振動を激しくする、つまり温度が上がってしまうんだけど、原子の密度が高くなればなるほどミスショットしてしまう確率が上がるから、温度を下げるのを格段に難しくしてしまうよ。この矛盾が、30年以上パウリブロッキングの観測を阻んできたんだよ。

パウリブロッキング

今回の実験の概要。詳細は下に詳しくあるよ!

だからこそ、低温物理学の最先端を行く複数の研究チームの論文が、同時に3本のScience誌に掲載されるのは不思議ではないよ。各々の研究チームが行った実験は異なるし、論文も別だけど、実質的には共同研究と言える状態だよ。マサチューセッツ工科大学、JILA (Joint Institute for Laboratory Astrophysics) 、オタゴ大学のそれぞれの研究チームが投稿した論文は、どれも金属ガスを使った実験でパウリブロッキングを実測した事について述べているよ。

マサチューセッツ工科大学の実験

1つ目の研究チーム、マサチューセッツ工科大学の実験では、フェルミ粒子であるリチウム6の冷却でパウリブロッキングが起こるかを観察したよ。まず、ガス化したリチウム6をレーザー冷却で極低温へと冷却し、次に原子を集合させて、1cm³あたり約1000兆個の密度の "雲" を生成したよ。これは空気の3万分の1くらいの薄い金属ガスだけど、それでも室温ではなく極低温でこの密度を達成するのはとても難しいよ!そしてこの金属ガスを加熱しないように波長や出力を調整したレーザーを当てて、その反対側にレンズとカメラを設置し、光子がどのくらい届くかを観察したよ。
すると、温度を下げるほど届く光子の数が増える事が観察されたよ。これは、リチウム6の雲が散乱する光子の数が減少した事を示しているよ。実験では20μKという極低温まで実験が行われたけど、最大で約38%届く光子の数が増加した事が観察されたよ。つまり、リチウム6の雲は約38%透明度が上がった事が観察されたんだよ!その量は、光子の数にして数百個ととても暗いものだけど、それでも温度と光子のカウント数の比較によって現象が確認されたよ。
また、レーザーの出力を増加させると、届く光子の数は減少する事が観察されたよ。これは、リチウム6の雲を加熱して、パウリブロッキングの条件を満たさなくなったためと考える事ができるよ!

JILAの実験

2つ目の研究チーム、JILAの実験では、フェルミ粒子であるストロンチウム87の冷却でパウリブロッキングが起こるかを観察したよ。実験のセッティングはマサチューセッツ工科大学のリチウム6とほぼ同じだけど、観察したものが少し違ってるよ。まず、ストロンチウム87の雲による光子の散乱の角度を観察したよ。もしパウリブロッキングが起きている場合、レーザーを当てた方向に対して小さい角度の散乱は減り、一方で角度の大きな散乱はそれと比べるとあまり減らないと予想されるよ。先ほど述べたように、フェルミの海の状態となった原子は、別のエネルギー状態という席に移動しようにも、その近くにある原子がその席を既に埋めている事から移動できないよ。これが小さい角度の散乱の減少に当たるよ。一方で、近くの席ではない、はるか遠くのもっと高いエネルギー状態になら空席があって、そこには移動可能だよ。これは特に、原子が詰まっていない場所が近くにある雲の外側で起きやすく、これが大きい角度の散乱に当たるよ。実験の結果、予想通り小さい角度の散乱は最大で50%減った一方で、大きい角度の散乱はあまり減らなかった事が分かったよ!
また、この散乱の角度から、原子が光子を受け取り、一時的な高エネルギー状態になった時間を間接的に計測可能だよ。その時間は約5ナノ秒ととても短いけど、それでも通常より約10%長い事が観察されたんだよ。これもパウリブロッキングによって予測された現象だよ!

オタゴ大学の実験

3つ目の研究チーム、オタゴ大学の実験では、フェルミ粒子であるカリウム40と、ボース粒子であるルビジウム87を使って、パウリブロッキングはフェルミ粒子でしか起こらない、という点を観察したよ。パウリブロッキングに見える現象が観察されても、これを証明するのは中々難しいよ。ここで、パウリブロッキングはフェルミ粒子にのみ働くパウリの排他原理にって起こる事を思い出してほしいんだよ。つまり、パウリブロッキングはフェルミ粒子で起こり、ボース粒子では起こらない現象だよ。だから、カリウム40とルビジウム87で同じ実験を行った場合、その結果は異なるはずだよ。そして実験の結果、フェルミ粒子であるカリウム40では透明度が上がる事が観察された一方で、ボース粒子であるルビジウム87では透明度が上がらない事が観察されたんだよ!これによって、今回観察された現象が、予想通りフェルミ粒子でのみ起こる事が確認されたよ!
また、これとは別にカリウム40の雲の屈折率も観察されたよ。例えば水が透明に見えるけど、水に入ったものは角度や長さが歪んで見えるよね?これは、水が光をあまり散乱しない一方で、屈折する性質を持っている事から起きる現象だよ。この時、水に入った光は、屈折率に対応した値で速度が遅くなっているんだよ。裏を返せば、光の速度がどの程度遅くなったかで、物質の屈折率を求める事が可能なんだよ!今回の実験のような金属ガスでも屈折は起こるけど、ただ普通の物質と違って、光の散乱度合いと関係がある事が分かっていて、パウリブロッキングが起きていない場合には、散乱度合いの減少と屈折率の減少に関連性があるよ。今回、カリウム40の雲の屈折率を測定したところ、透明度が上がる、つまり光の散乱度合いが下がったにも関わらず、屈折率はほぼ変化しなかった事が観察されたよ。これはフェルミの海以外では説明がつきにくく、この事からもパウリブロッキングが起きた事を証明できるんだよ!

パウリブロッキングには応用も!

これら3つの研究チームの実験によって、物質が特定の条件下で透明化するパウリブロッキングが理論提唱から30年で実証されたよ。もちろん、物理学の基本的な理論から予言されるものの、実験が難しい現象を実証した事自体、基礎研究としてスゴい成果ではあるけど、パウリブロッキングには応用も考えられるよ。(さすがにこの方法でステルス迷彩とかは無理だけどね…)
例えば、量子コンピュータは量子ビットによって情報の保存や伝達を行っているけど、この量子ビットは量子もつれという性質を利用していて、これは現在のところ非常に不安定なものしか利用できていないよ。量子もつれはいろいろな外的要因で壊れやすくて、特に光の散乱の影響は完全に防ぐ事ができず、最も大きい課題の1つだよ。現在研究中の量子コンピュータは、量子ビットが不安定である事を前提に対策を構築しているけど、光の散乱を抑制するパウリブロッキングの性質を利用すれば、より安定な量子ビットの構築ができるかもしれないよ!
また、従来の原子時計よりも正確な時計として開発が進んでいる光格子時計についても応用が考えられるよ。光格子時計の詳しい仕組みは割愛するけど、今回のお話に関わる点のみ抜き出せば、原子に光を吸収させ、再放出する仕組みを利用しているよ。この吸収と再放出をなるべく遅くできれば、より正確な時間の刻みを保証しやすくなり、光格子時計の正確さがより高まるよ。今回の実験で、一部がフェルミの海になった金属ガスでは、光子の吸収と再放出が遅くなることが確認されたから、これを応用すれば、より精度の高い光格子時計の構築に使われるかもしれないよ!
パウリブロッキングは、単に物質が透明になるという単純な面白さに加えて、基礎研究であると共に、直接の応用も期待できるという点で、これからが楽しみな事柄だね!

参考文献

○Jennifer Chu. (Nov 18, 2021) "How ultracold, superdense atoms become invisible". Massachusetts Institute of Technology.
○Laura Ost. (Nov 18, 2021) "Energizer Atoms: JILA Researchers Find New Way to Keep Atoms Excited". National Institute of Standards and Technology.
○Otago Daily Times (Nov 19, 2021) "Physics duo feature in prestigious publication". University of Otago.
○Hamish Johnston (Nov 18, 2021) "Pauli blocking is spotted in ultracold fermionic gases". Physics World.
○Ben Turner. (Nov 20, 2021) "Weird quantum effect that can turn matter invisible finally demonstrated" Live Science.

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