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【サイエンス】天然痘ワクチン用のウイルス「ワクチニアウイルス」は起源不明?

 インフルエンザの予防などのために使用されている「ワクチン」の仕組みを知る人は多いだろう。ワクチンとは、感染症に対する免疫を事前に身に着けるために体に打つものだ。

 インフルエンザワクチンの場合、毒性を失わせたインフルエンザウイルスを体に打ち込む。無害なウイルスであっても体は免疫を獲得し、有害なインフルエンザウイルスが体に入ってきた時に免疫が働いてくれるという仕組みだ。これは「不活化ワクチン」と呼ばれるタイプのワクチンである。また、毒性を弱めたものを打つものは「生ワクチン」と呼ばれ、例えばはしかのワクチンは生ワクチンだ。

 ワクチンが活躍した最も有名な例は、天然痘を根絶したことだ。

天然痘根絶計画

 天然痘は日本でも千年以上前から天皇を含めた多くの人を殺し、その致死率は数十%ともされている。アステカ文明の人口を10分の1に減らしたと言われる事もあるほどで(FACTA)、人類の天敵とも言える感染症だ。

 天然痘に対する効果的なワクチンが発明されるのは1796年。牛バージョンの天然痘とも言える「牛痘」にかかれば、天然痘にもかからないという事をイギリスのエドワード・ジェンナーが発見した。この方法は「種痘」と呼ばれる。

 牛痘の病原体(牛痘ウイルス)は天然痘ウイルスに似ているため、牛痘ウイルスを打ちこまれて牛痘ウイルスに対する免疫ができると、その免疫が天然痘も攻撃してくれるという仕組みだ。人は牛痘にかかっても、天然痘のような致死性の病気は発病しない。それまでは天然痘を打ち込んで免疫を付ける方法があったが、これだと普通に天然痘にかかった時のように死亡する場合もあって非常に危険だった。

 牛痘は「ワクチニア」と呼ばれていたので、これが「ワクチン」の語源になっている(川崎医科大学)。

 1958年、WHOで「世界天然痘根絶計画」が立ち上がった。賞金を懸けて感染者を見つけ出し、感染者の周囲に種痘を行う事で、ウイルスの感染拡大を抑えていく方法をとった。当時、年間2千万もの患者が出て、400万人もの人が死亡していたとされるが(国立感染症研究所)、およそ20年後の1977年の患者を最後に地球上から天然痘の患者は消え去った。天然痘を根絶することに成功した。

 天然痘を根絶できた背景として、天然痘が人にしか感染しないことが挙げられる。人以外の動物にも感染するウイルスだったら、人類の間で根絶してもまた別の動物からウイルスが人類に持ち込まれる可能性がある。野生動物からウイルスを根絶させることは不可能に近い。

ワクチニアウイルス

 エドワード・ジェンナーは牛痘ウイルスを使って天然痘ワクチンを発明し、これが世界中で使用された。だが近年、「天然痘ワクチンに使われたのは実は牛痘ウイルスではなかったのでは?」という話が出てきた。

 天然痘ワクチンを調べたところ、その有効成分は牛痘の原因になるウイルスとは別のウイルスだと分かった。これが今は「ワクチニアウイルス」と呼ばれ、牛痘ウイルスと区別される。

 当初は牛痘ウイルスを使っていたが、牛痘ウイルスを長らく使用しているうちに天然痘ウイルスと牛痘ウイルスのDNAの組み換えが起こり(世界大百科事典)、いつしかワクチニアウイルスというものになった(よくわかる予防接種のキホン 第2版)という話がある。

 実際に、病原ウイルスを研究段階で継代していくうちに毒性が弱まっていき、それが生ワクチンに使われるという事がある。

 だが、牛痘ウイルスに対する免疫は天然痘ウイルスには効かないとされている。最近の研究として、馬の天然痘とも言える「馬痘」の原因のウイルスがワクチニアウイルスの起源ではないか、という話がある。つまりジェンナーの開発したワクチンは、牛痘ウイルスを使っていたと思いきや、実際は馬痘ウイルスを使っていたという事になる。これが事実ならば、牛から思いがけず馬痘ウイルスを採取してワクチンが完成したという、偶然の偉業であった可能性がある。

《出典》

※文中に挙げたものを除く
Wikipedia「天然痘」「天然痘ウイルス」「牛痘」「ワクシニアウイルス」「予防接種」「エドワード・ジェンナー」「種痘

見出し画像:Wikimedia Commons


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