2024年台風第5号にまつわる話
仕事なので台風第5号を監視しています。
私の科研費は海洋と台風の関係なので、まずは海面水温などデータを取得し、図にして眺めるところから始まります。
大気の再解析データも収集して、図にします。気になる台風に関しては気象衛星ひまわりのデータを入手して図にします。
私が関係しないところでもこの台風の議論は行っていて、その議論の結果をときどき教えていただきます。その時に”大気の川”や”モンスーンジャイア、モンスーントラフといった言葉がでてきます。私はこれに加えてmoisture roadとかmoisture conveyer beltという用語も使います。専門家気取りです。
(私は専門家なのかもしれません)
他の専門家の使用している用語と私の理解しているものが一致しているかどうかわからないのですが、最近気象予報士(もしくは勉強中の人)がSNSでこういった用語を使用していて、それでよいのだろうか?と常々疑問に思っています。また、私も同類ですが個人的見解という言葉をよく使って、”一般的でない”ことを断るわけです。
そうすると一般的なことを押さえておく必要があります。そこでアメリカ気象学会(AMS)のGlossary of Meteorologyの登場です。下の訳は私の意訳を含むので、間違いがあったらご指摘ください。
AMS Glossary of Meteorology
【https://glossary.ametsoc.org/wiki/Monsoon_gyre】より
○モンスーンジャイア(Monsoon gyre)
北太平洋西部の夏季モンスーン循環内に見られ、
1)対流圏下層、直径1,200海里(2,500km)程度の空間スケールにて、その最も外側で閉じた等圧線を持つ、非常に大きなほぼ円形の低気圧性渦。既存のモンスーン低気圧や熱帯低気圧の循環場が拡大した結果ではないもの。
2)渦/低気圧の南から東の周縁に接する雲帯をもつ。
3)寿命は比較的長い(2週間程度)。
初期には、低気圧性渦の中心、西側及び北西側では風が弱く、低い積乱雲が散在する領域が存在する。後に外側の閉じた等圧線内は深い対流雲で満たされるようになり、低圧部から熱帯低気圧へと至る可能性がある。
注:モンスーンジャイアの周辺では熱帯低気圧が続けて現れることがある。
参考文献:Lander, M. A., 1994: Description of a Monsoon Gyre and Its Effects on the Tropical Cyclones in the Western North Pacific during August 1991. Wea. Forecasting, 9, 640–654.
【https://glossary.ametsoc.org/wiki/Atmospheric_river】
○大気の川(Atmospheric river)
水平水蒸気輸送が細長い回廊上に集中してみられる現象であり、一時的(transient)なもの。一般的には温帯低気圧に伴う寒冷前線の前方にある低層ジェット気流と関連している。大気の川に含まれる水蒸気は、熱帯および/または亜熱帯の水蒸気源*から供給される。
例えば山などの地形や暖流帯の上昇により、この回廊が強制的に上方へ押し上げられると、その場所でしばしば大雨をもたらすことが知られている。
中緯度における水蒸気の水平輸送は、主にこの大気の川で発生し、対流圏下部に集中する。大気の川は地球上で最大の淡水の「河川」であり、平均してアマゾン川の2倍以上の流量を輸送している。
*東インド洋や西太平洋ではmoisture roadやmoisture conveyer beltと呼ぶことがある。この場合は温帯低気圧に伴う寒冷前線ではなく、モンスーン等の低圧部(台風も)と周辺の高気圧の間に形成される気圧傾度に直交するように帯を形成する。
(図省略、リンク先にあります)
私は気象予報士でなく、気象庁の現業職員でもないので、ここでは2022年7月の事例を取り上げて説明します。
モンスーンジャイアの東縁で台風第8号が発生した事例となります。
低圧部のところに雲域が帯状(バンド状)にあることがわかるかと思います。
実はこの低圧部形成前、この海域で海面水温が上昇し、高い状況となっていました。それが気になって結構長い期間積分する数値シミュレーションを行ったのですが、結局報告書にとどまっています。
https://wgne.net/bluebook/uploads/2023/docs/09_Wada_Akiyoshi_Songda2022.pdf
某放送局での台風第5号に関する報道を見つつ原稿を作成しているのですが、”アウターバンド”という言葉が聞こえてきました。台風中心から離れたところで(この距離にはいろいろあって、数百kmと思っていただければよいでしょう。この台風は小さいので100~200kmでの帯状の雨域を指しているのかもしれません。)大雨が降るということを言いたかったのでしょう。一般の視聴者にはこのカタカナ用語、きちんと伝わったのか気になるところです。
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