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金木犀デオドラントの呪い(イグBFC2)

 イグBFC2に寄せて 2021/10/09

 夏の電車、冷房と扇風機が車内の空気をかき混ぜる。ときに涼しく、またあるときは寒く、またまたあるときは満員電車で立ったまま、涼しいのか暑苦しいのかわからないようなそんな鬱陶しい空間。
 ぼくは出会ってしまった。腋臭に。
 うわ、きっつ……。となりのおっさんと腕が「ぴとっ」となっただけでもきついのに!
 昇降口に数人乗り込んだだけなのに、車内中央のシートに座っていたぼくにまで届くそのくせのある強い匂い……。ああ、扇風機を恨む。きみはなぜにそんなに上からぼくらを見つめるのか。並んで立つ人たちの肩口に当たった風がそこら中に吹き荒れるではないか。見たまえ、この車内で涼しい顔をしているのは腋臭の犯人ただひとりではないか!
 となりに座っていた寺島が口を開いた。
「……次で降りるわ」
「いや、行くところはまだずっと先じゃ」
「いいよ、俺だけでも降りるから」
 寺島はアナウンスが「まもなく~」と語り出すと、寺島は黙って立ち上がり、無表情で人を押し分けて出口に向かった。仕方なくぼくもあとを追って電車を降りることにした。
 外の空気はひどく蒸していた。腋臭こそしないものの、繁華街のビル裏に漂う腐臭のようなものが日射しのなかを漂っている。寺島はホームのベンチに座って、下を向いて深呼吸をしていた。
「ひどい匂いだった……」
 あまりにきつくて耐えられなかったのだと彼は言う。
 ぼくは強く頷いた。
「ああいうのつらいよな。周りもだけど、まあ気付いているのなら本人も苦痛なんだろうけど」
 そして寺島は急に話し始めた。
「この前まで付き合っていた人がいるんだけど、彼女も腋臭だったんだ。俺、どう接していいかわからなかった。彼女を傷つけないようにするので精一杯だった」
「お、おう」
 ぼくの方でも寺島を傷つけないようにするための相づちに困った。どう接していいかわからなかった。だいたい、こいつは急に何を語り出したんだ?
「可愛いし、いい人だし、本当に好きだった。でも、一緒に寝るとなるときつかった……。だって、ゼロ距離なんだぜ? 横を向いたらすぐ目の前に顔があって、その下に腋! 目は染みるし、キスの味まで腋臭だよ!」
 聞いているだけで口の中が匂ってきた。
「でもな、そんなこと大したことじゃなかったな。彼女は本気で悩んでいたし、俺も段々、本気で問題じゃないって思い始めた。なんだろうな、人それぞれ、感じられる空気っていうのがあるんだ。一緒にいるだけで彼女の存在を感じられる……悪くないなって」
 寺島には悪いが、その存在感はキツい。
「そんな折だった、彼女が俺の足の臭さを理由に別れたいって言ったのは」
「原因はおまえかよ!」
 まあ、知ってはいたけど。でも、靴を脱ぐとそれほどなのか……。
「でも、やっぱり彼女のことが忘れられない。腋臭なんて、俺にとっては大した問題じゃない。あいつが好きだし、他の女なんてどうだっていい。そうだ……むしろ、腋臭がよかった。電車の中の腋臭でわかったんだ。俺、あいつの腋臭が好きだ。白米に味がするくらい強くて、全身どこを舐めても舌に痺れるほど感じる……あいつの腋臭じゃなきゃダメなんだ。あいつのは特別な腋臭なんだよ!」
「もう……やめて」
 胃の奥からこみ上げた酸が喉のすぐそばまで迫っていた。


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