東京橋梁譚

 
炎天の書をひらくたび砂零れ時刻む競技場 楕円なる

眼球の天體に霧 夜盲なす鳥散尾ながき世をいつくしめ

針差の裁縫の棘輝きし電球の下亜麻布へむかふ女工も

會衆堂の画を掛けて精神科医は告解のごと百の聲しる

薔薇物語こそ説ける愛あらなくに婚衣潔癖症へと年月

エホバの証人勧誘冊子配達夫聲扉へだててこもりぬものへ

軽物市一領弐萬円直垂鎌倉市長谷寺徒歩弐百五拾メートル

顕微鏡都市東京都細脚の塔ひともとへかすみたつなき

六本木高層邸宅群あらたし。空室の鍵は全‐自動なり

冬晒れの現実時間午後三時五分前にて実験棟時計
 
 
冬花のひとつをなれにたとへける世ののちの後までも楓

沖津へ一抹の砂銀ちらしつつ浪間の底へはなあらはなる

修道院庭までも藍はなきらふ葵襟こそちぢにみだるる

聖路加傳万朶のはなをにくめばや雁皮紙のうへほそき霜置く

いのち 万綾の靑垣たたなづく山邊のひとえ衣へ差す月

暗緑の都かつては不如帰鳴かずそ鳴くななかばや討たむ

鄙の辺にむまれ都落ちたり四十雀の羽の尾 目遣らひて

國道線ひきすえられて近代の祖の末なる金梅かから ず

金盞花隔たりし閨門鎖ししが常夜燈よりこぼるるは闇

寝室にわが楯て置かむ六弦琵琶のPersiaの文よ綴られ眠れ
 
 
東京歌枕幾万首すてやらふみづの底へ散る靑き菊

皇宮跡ふえあらむ千万のいくさこととはざりし栂の芽も

眞珠湾忌せまりあれ白衣将校へ英靈碑いちじるしく 汚れ

日の丸の旗呪はしくなびきけるは赤變す葉櫻のいただき

東京戰争 砂の數ほど國粋を喚きゐし君達の砂場へと塔

政變へなにくはざりし顏を向く日本のおそろしく短き爪

昨日のはな明日のはななる忠魂碑へ西風のなかなる火薬

唐はエデンの東 ふかく病む兄弟なれば靑桃の園そ追はれき

絹路ゆく砂の駱駝のそびらへつづれ草花ちらふ琵琶の胴かは

佛頭破壊運動へ黑漆の断頭臺 もつともたかきdeusの爲に
 
 

 


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