閉鎖病棟24時|保護室の爪切り No.1
このコラムは、今日も現場で働き続けている精神科医(病棟医)と精神科ナースへ敬意を込めて発信する。
病状が悪い時、入れられるのが保護室。そして保護室にいる時が一番面白いエピソードが出てくる。理由は自分が一番悪い状態であることと、なんだかだで一番看護師と接する機会があるから。ドラマがある。
保護室という場所は前回の記事の通りで、私は度々の入院でそこに入る機会が多かった患者である。その中でも非常に思い出深かった保護室体験。
爪切り
閉鎖病棟自体の話だが、刃物は持ち込めない。カミソリですら詰所預かりになるし、ジャージのウエストの紐とかも抜かれる。自傷行為に結びつかないように。そういう場所で、かつ保護室となると、爪も自分で切れない。
ある日日勤の男性看護師に『爪が伸びて自分を傷つけてしまう』と伝えた。
『でも爪切り貸せないんだよ、また爪切りにくるね』
保護室に人が巡回に来るのは1日5回10分程度(朝食、10時、昼食、15時、夕食)。保護室の向こうには45人の患者がいて、それを7人ほどで看ているのだ。圧倒的に忙しくて私の爪など放置してもしょうがない。
でも約束をしたので、その日1日、長い1日、彼を待っていた。
夜勤の人が来て夕食を出された時に、彼は今日の就業を終えてもう自宅に帰ったなぁと、相手への期待を胸の中の消しゴムで消した。
翌日
日が変われば、保護室担当者は変わる。次に誰かに伝えたとて、同じ期待を抱いて、『また』が起こったら辛いから、保護室を出てから自分で切ろう。そう決めた。
その日の夕食前は布団にくるまってとにかく『おとなしい』自分を医師にアピールしていた(保護室にはカメラがついているので、うまく利用するとアピールもできる)。
そんな中聞こえた声
『kokoroさん…』
鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔で私が見たのはあの看護師さんだった。
『24時間遅いわ!って?w。爪切りに来た。』
驚いて『え、てか今時間何時?』と聞く。
『18:15』
『残業やん!』
鉄格子越しに出した私の手をとり、もう爪を切り出していた彼は言った。
『そんなんkokoroさんが気にすることじゃない。』
切ってる間も色々と私の申し訳ない気持ちをほぐそうとする。
『俺な、爪切りもめっちゃうまいけど、他にうまいもんあるねん。』
『なに?』
『採血!一回も外したことないねん。うまいで!』
『あ、いたっ』
『え、痛かった?ごめんw』
丁寧に、でも早く、深爪しない程度に、綺麗に切り揃えられた。
しばらくは指先を見るだけで寂しさから逃れられた。