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【vol.6】日本の特認校制度と福山市の制度運用

◆はじめに

 前回は福山市が山野学区でどのように学校統廃合を進めているのかについて記し、その進め方にはどのような問題点があるかについて考えました。
【vol.5】福山市教委はなぜ山野の学校を統廃合しようとするのか|エマ研|note

 学校再編の過程で、市教委は広瀬学区に不登校児童生徒のための「特認校」を設置するという計画を出しました。今回は日本の特認校制度を確認し、それを踏まえて広瀬学区における特認校設置計画の経緯とその問題点について考えていきます。

◆学校選択制のための制度弾力化

 一般的に日本では、公立小中学校の通学区域はそれぞれの市町村で住民登録している住所地によって定められており、公立小中学校への就学を予定する者は原則として各市町村に指定された小中学校に通学することになっています。しかしこの通学区域制度の運用にあたり配慮すべき事項について、1997年(平成9年)に当時の文部省から「通学区域制度の弾力的運用制度について」という通知が各都道府県教育委員長宛てに出されました。

文部省初等中等教育局「通学区域制度の弾力的運用について(通知)」(平成9年1月27日)
1.通学区域制度の運用に当たっては,行政改革委員会の「規制緩和の推進に関する意見(第2次)」の趣旨を踏まえ,各市町村教育委員会において,地域の実情に即し,保護者の意向に十分配慮した多様な工夫を行うこと。
2.就学すべき学校の指定の変更や区域外就学については,市町村教育委員会において,地理的な理由や身体的な理由,いじめの対応を理由とする場合の外,児童生徒等の具体的な事情に即して相当と認めるときは,保護者の申立により,これを認めることができること。
3.通学区域制度や就学すべき学校の指定の変更,区域外就学の仕組みについては,入学期日等の通知など様々な機会を通じて,広く保護者に対して周知すること。また,保護者が就学について相談できるよう,各学校に対してもその趣旨の徹底を図るとともに,市町村教育委員会における就学に関する相談体制の充実を図ること。

 この通知のあと、文部省は通学区域制度の運用に関する事例集を作成して市町村教育委員会などに配布するとともに、2002年(平成14年)に学校教育法施行規則の一部を改正し、就学校の指定の際に予め保護者の意見を聴取できることや、就学校の変更の際にその要件・手続きを明確化し公表するものとすることを規定しました。

 以上のような文科省による通知や制度の緩和、事例集の作成などによって市町村の指定する学区によらずに就学予定者が通う学校を選択できる学校選択制が広まりました。そして「特認校」は、この学校選択制の中の1つの制度にあたります。この学校選択制がどのような制度なのか見ていきます。

◆「学校選択制-特認校制」

 学校選択制は1997年(平成9年)1月の「通学制度の弾力的運用制度について」の通知を受けて作られた制度です。市町村教育委員会は就学校を指定する際に就学すべき学校についてあらかじめ保護者の意見を聴取することができ、この保護者の意見を踏まえて市教委が就学校を指定する場合を学校選択制といいます。学校選択制は便宜上以下の5つに分けられ、特認校制はそのうちの1つにあたります。

学校選択制の種類

出典:文部科学省「よくわかる用語解説

 ちなみに山野の住民が学校を残すために主張している「小規模特認校制度」は、この学校選択制の一形態である「特認校制」のうち「小規模校」において取り入れられている制度です。文科省は制度として正式に定義はしていないですが、2015年(平成27年)1月27日の「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引」の39ページで小規模特認校の制度について触れています。

文部科学省「公立小学校・中学校の適正規模・適正配置等に関する手引~少子化に対応した活力ある学校づくりに向けて~」(平成27年1月27日)
【学校選択制の部分的導入】
〇学校選択制を部分的に導入し、いわゆる「小規模特認校制度」を設けるなどして、当該再開を予定している学校に、当該市町村内のどこからでも就学できるシステムを構築することにより、一定の児童生徒数を確保することが考えられます。小規模特認校制度は全国の様々な自治体において導入されており、文部科学省が発行している学校選択制の事例集においても優れた取組事例を紹介しています。

 小規模特認校は、2019年に少なくとも534校設置されているといわれています。

 以上の国の「学校選択制-特認校制」の説明を踏まえて、福山市広瀬学区に設置計画が出されている「特認校」がどのような学校であり、どういう経緯で設置計画が立てられたのかを確認します。

◆広瀬学区に設置される「特認校」はどのような学校か

 2019年(平成31年)2月に「特認校」設置の方針が市教委によって示され、計画が議会で承認された後、広瀬学区に「特認校」を開校するという計画は、2019年(令和元年)6月7日の「文教経済委員会資料」の中で示されました。

福山市教育委員会「文教経済委員会資料」2019年(令和元年)6月7日
(ア)特認校
・長期欠席になり、在籍校への登校(復帰)が難しい、また、集団への適応が難しいなど、教育上の配慮が必要な子どもたちを対象とした小中一貫体型校として、再編後の広瀬中学校の施設を活用して整備し、2022年(令和4年)4月に設置する。
・地域の人や自然とふれあう体験的な学習を行う独自教科の創設や、ICT教育機器を活用した一人ひとりの関心と理解度に応じた学習などを行う。
・カウンセリングができる専門職の配置など、相談支援体制を整える。
・通学区域は、市内全域とする。
・今後は、教育課程の編成及び学校運営に係る協議、施設及び備品等の整備など開校に向けた準備を行う。

 以上のような「特認校」の設置計画を立てた理由として、2019年(令和元年)7月15日に山野学区で行われた学校再編についての話合いの場において、学校再編推進室長は「発達に課題があったりして地元の学校で何らかの事情があって学校に行けなくなったなどの理由で集団になじめず校区外から小規模校を選んで通っている現状があること」と「全国的に不登校児童生徒の実態を踏まえ対策が推進されていること」の2点を挙げて説明しました。実際に学校再編計画が出された後、山野や広瀬学区で複数回説明会が行われたなかで保護者や地域住民から「山野には集団教育になじめない生徒が通っており、学校再編はそのような子どもたちの教育機会を奪うのではないか」という声が多く上がっていました。地域説明会や保護者説明会を通じ、「山野小中学校には集団になじめない生徒が通っているために、学校再編を推進する上で対応が必要である」と市教委が判断したためにこのような計画が立てられたと考えられます。

 この話合いの中で、市教委から山野住民に対して「特認校」の概要が説明されました。要約すると以下の通りになります。

教育委員会事務局管理部学校再編推進室「特認校(広瀬)」2019年(令和元年)7月15日
①果たす役割

・不登校の生徒に対し新しい学校で学び直すことのできる環境を整備することで、子どもたちの自信を取り戻し社会性の育成と学力定着・向上を図る。
・集団への適応が難しい子供に対し安心して学べる環境を整備することで、緩やかに人間関係を築きながら集団における社会性やコミュニケーション能力を育成する。
②対象者
・福山市在住
・大きな集団の中で学ぶことが難しいもの
・不登校を解消したいが、在籍校への復帰が難しいもの
・特認校の教育環境に適しているもの
・児童養護施設「ルンビニ園」に在籍しているもの
・その他教育委員会が必要と認めるもの
③定員
105人
・小学生は各学年概ね10人
・中学校は各学年概ね15人
④設置場所及び設置時期
・設置場所は現在の広瀬中学校
・開校は、2022年(令和4年)4月
⑤教育課程等
・地域と連携し、人や自然とふれあう体験的な学習を行う独自教科を創設
・ICT教育機器を活用した一人ひとりの関心と理解度に応じた学習
・地域住民との交流を図りながら進める伝統文化についての学習
・ゲストティーチャーを招いた地域学習やフィールドワーク
・ボランティア活動を通じ、地域に貢献しようとする態度を育てる学習
・専門職の配置、福祉部署等関連機関との連携など相談支援体制の整備
⇒市教委の特認校の説明文書の要約
⑥スケジュール
2021年度(令和3年度)教育課程特例校の申請(文部科学省)

 以上の説明から、広瀬学区にできる「特認校」は、学区外からの通学を認めるという意味で文科省の定める「学校選択制-特認校」であることに変わりはありません。しかし、「特認校」の果たす役割や教育課程を考えると、不登校児童生徒に対して多様で適切な教育機会を確保する「不登校特例校」制度や、特別の教育課程を編成する「教育課程特例校・授業時数特例校制度」の要素も含んでいることがわかります。次は、「不登校特例校」制度や「教育課程特例校・授業時数特例校制度」がどのような制度なのか確認したいと思います。

◆「不登校特例校」制度

 「不登校特例校」は、不登校児童生徒に対して多様で適切な教育機会を確保するために設置した、不登校児童生徒等を対象とする特別の教育課程を編成して教育を実施する学校です。不登校児童生徒等の実態に配慮した特別の教育課程を編成する必要があると認められる場合、特定の学校に置いて教育課程の基準によらずに特別の教育課程を編成することができる特例として、2005年(平成17年)7月から文部科学大臣の指定により行うことができるようになりました。2016年(平成28年)12月には不登校児童生徒への支援について初めて体系的に規定した「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」が成立し、不登校児童生徒に対する更なる支援が求められました。この法律に基づき策定された基本指針に、多様な学習機会の確保を目的とした「特例校」の設置を促進させる旨が記されました。

 特例校は2021年(令和3年)4月現在、8都道府県15市区郡に17校が設置されています。

特例校

◆「教育課程特例校制度」「授業時数特例校制度」

 「教育課程特例校制度」は、小学校・中学校・義務教育学校・高等学校・中等教育学校及び特別支援学校において、各学校における教育活動の質の向上の観点から、学校や地域の実態に照らしてより効果的な教育を実施するために、文部科学省が特別の教育課程を編成して教育を実施することができる学校を指定する制度であり、2008年(平成20年)4月に始まりました。同年3月までに構造改革特別区域研究開発学校設置事業として行われていた、学習指導要領等の教育課程の基準によらない、特別の教育課程の編成・実施を可能とする特例を引き継いだものです。文科省は、各種会議における好事例の周知を行うことなど具体的な方策を講じることによって、教育課程特例校制度の一層の活用推進を図っています。2021年(令和3年)4月現在では、全国1768校が指定を受けています。

教育課程特例校

 「授業時数特例校制度」は同じく小学校・中学校・義務教育学校・高等学校・中等教育学校及び特別支援学校において、「学校や地域の実態に照らしより効果的な教育を実施するため、総枠としての授業時数は引き続き確保したうえで教科等横断的な視点に立った資質・能力の育成や探求的な学習活動の充実等に資するよう、カリキュラム・マネジメントに係る学校裁量の一環として、教科書の特質を踏まえつつ教科等ごとの授業時数の配分について一定の弾力化による特別の教科課程の編成を認める制度」です。「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~(答申)」(令和3年1月26日)等を踏まえて令和3年7月に創設された新しい制度で、令和4年度より指定を開始します。

 以上の制度を確認すると、改めて広瀬学区にできる「特認校」は①不登校児童生徒に対して多様で適切な教育機会を確保する「不登校特例校」、②特別の教育課程を編成する「教育課程特例校」、③通学区域にかかわらず市内どこからでも通うことのできる「学校選択制-特認校」の3つの役割を兼ねた学校であるといえます。しかし、学校の概要説明にこれらの制度の名前が出てこないことから、地域住民に正しい説明がされているとは言い難いのではないでしょうか。この問題も含めて、「特認校」の開校に伴う問題点について考えます。

◆おわりに

 最後に広瀬学区に新しい学校として「特認校」が開校することに伴い、生じるであろう問題点について私の考えを示したいと思います。私は問題点として以下の4点を考えました。

①「特認校」の正しい説明がなされず、住民の混乱を招いている
 先述の通り、広瀬学区にできる「特認校」は、「学校選択制-特認校」だけでなく、「不登校特例校」や「教育課程特例校・授業時数特例校」の要素も持つ学校であることが言えます。しかしこれまでの説明会の中で市教委は制度の詳しい説明をしておらず、「特認校」と「特例校」の両方の言葉を使って説明をしてきました。さらに2019年(令和元年)7月15日に行われた「特認校(広瀬)」の概要説明の中で「⑥スケジュール」の中に「教育課程特例校」という文字が書かれていることから、住民は“特認校“なのか”特例校“なのかがわからないという混乱が生じました。市教委は国の制度や他自治体の事例等を用いて、改めて住民に説明をする必要があるのではないでしょうか。

②現在の山野小中学校は、すでに「特認校」の役割を果たしている
 今一度、広瀬学区に新しく開校する「特認校」の果たす役割を確認すると、以下の2点に集約できます。

・不登校生徒の学習環境を整備し、社会性育成と学力向上を図る。
・集団への適応が困難な生徒の学習環境を整備し、社会性やコミュニケーション能力を育成する。

 しかし、これらの役割はすでに現状の山野小中学校が果たしているといえるのではないでしょうか。事実、山野学区内に居住していなくとも集団での学習になじむことが難しい生徒が、少人数での教育を求めて山野小中学校に通い学習しています。そして生徒や教員だけでなく山野の地域住民と協働した地域教育を行っており、社会性やコミュニケーション能力を育成する教育が行われているといえます。山野小中学校の教育が、不登校の生徒や集団になじめない生徒の学習機会の確保という役割を果たしてきたのにもかかわらず、その学校をなくして新しい学校をつくるというのは大きな問題があるのではないでしょうか。

③広瀬に「特認校」ができることで、不自然な学区ができる
 前回の冒頭でも触れましたが、広瀬に「特認校」が設置されることで、広瀬を飛び越して山野小中学校が加茂小中学校に統合されるかのような不自然な学区ができます。
【vol.5】福山市教委はなぜ山野の学校を統廃合しようとするのか|エマ研|note

山の地図

 市教委の計画によれば学校再編のあと、現在山野小中学校に通う生徒は希望すれば広瀬にできる「特認校」に通うことができますが、基本的には加茂小中学校に通うことになります。広瀬は「特認校」だけれども、客観的に見れば学校がある状態です。それなのに山野学区の生徒は、加茂学区にまで学校に通うという学区編成となるのです。しかも、山野小学校から加茂小学校までは約11㎞、車で20分の距離があります。このように不自然な学区ができること、かつ地理的に厳しい条件となることは、山野学区の児童生徒にとって大きな問題となります。

④特認校を設置することで、集団になじめない子の選択できる教育の幅が狭まる
 これまで集団になじむことが難しい生徒は、担任の家庭訪問による教育やフリースクールと連携した教育、また2018年度から開設された「きらりルーム」での教育を受けるほかに、山野小中学校などの小規模校に通い教育を受けるという選択肢がありました。家庭訪問やフリースクール、「きらりルーム」での教育は他の生徒とは異なる学習を行うのに対し、小規模校では学習指導要領に沿った教育を受けることができました。しかし広瀬の「特認校」は市内のほかの学校とは別の教育課程が組まれるため、「特認校」が開設され小規模の学校が再編されることにより集団になじむことが難しい生徒は、集団での教育を受ける以外に学習指導要領に沿った教育を受けることができなくなります。福山市は多様な学び場を確保することを目的に「特認校」の設置計画を立てましたが、「特認校」の開設が逆に教育の幅を狭めてしまうという問題があるのではないでしょうか。
※「きらりルーム」:2018年度(平成30年度)から設置された、欠席者の多い6つの中学校の校内に新たな居場所としてつくられた教室。生徒が自分のペースで学習したり、スポーツや制作活動をしたりすることができる。

 いずれにせよ、広瀬学区に「特認校」を設置することは、山野小中学校をはじめとした小規模校を統廃合する理由にはなりません。しかし、市教委は学校再編を進める理由として小規模校の教育のデメリットを解消することの一点のみを挙げ、教育上配慮が必要な生徒には「特認校」や「きらりルーム」など別で対応するという主張を突き通しています。また「特認校」は、2022年度(令和4年度)に開校する計画が立てられているにもかかわらず、教育の内容等はいまだ検討中であり、地域住民にも詳細な説明がされていません。「特認校」の説明がないまま学校再編の話だけが先に進んでいるという状況が続いており、住民は不信感を抱かざるを得ない状況となっています。

 次回は内海・内浦小学校学区で進められている学校再編の経緯とその問題点について考えていきます。

M・Y

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