【vol.22】福山市のイエナプラン教育校と特認校が抱えているこれだけの矛盾
◆はじめに
前回の記事に引き続き、今回も、「行政側」の論理の全体像を明らかにしていきます。
前回は、「小規模校を統合したい」という側面に注目した行政の論理を概観しました(リンクはこちら→【vol.21】全体を通した「行政側」の論理とは)。
福山市は、基本的に「福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第1要件)」(2015年8月)で示した方針を現在まで貫いてきました。それは、「(学校統廃合ができる)条件」を市が決定し、それに満たない小規模校は統廃合するという方針です。
しかし、福山市学校再編のもう一つの重要な顔は、学校が残る地域と残らない地域があるということです。
そこで今回の分析では、行政の論理のなかで、「学校統廃合後に新たな学校を作りたい」という側面に焦点を当て、これまで行政自身が説明してきた論理とつじつまの合わない点などを指摘していきます。
具体的には、福山市に新設される「イエナプラン教育校(常石ともに学園=2022年度開校予定)」と「特認校(広瀬学園=同年度開校予定)」について見ていきます。
なお、2019年2月13日に福山市教育委員会会議のなかで設置が決まった「イエナプラン教育校」と「特認校」に関しては、「【vol.6】日本の特認校制度と福山市の制度運用」、「【vol.8】福山市のイエナプラン教育校開校と開校経緯の問題点」のなかでも概要を説明していますので、併せてご覧ください。
それでは、「イエナプラン教育校」と「特認校」の開校決定にいたる経緯が、それ以前に福山市が示してきた方針や、常石と広瀬以外の再編対象地域に対する基準・態度・前提と矛盾している点を、1つずつ順に見ていきます。
①【イエナ】「福山市による児童数減少予測は絶対である。その予測に基づき、一律に学校統廃合を行う」という方針との矛盾
「適正化計画(第1要件)」では、複式学級を有する小学校と、単学級かつ1クラスあたり19人以下の中学校が「第1要件」だとされ、速やかに大規模校と統合する方針が示されました。「第1要件」に該当する9の小中学校は、それぞれ児童生徒数の将来推計グラフが示され、2015年5月1日時点で「第1要件」に該当する場合は、例外なく学校再編の対象とされました。
ここで示された「児童数減少予測」は、下げ止まりの可能性を想定しないものでした。さらに、2017年3月には、「第1要件」の予備軍である「第2要件」(単学級かつ全クラス各15人以下)に該当する常石小学校と能登原小学校まで含めた、「(仮称)千年小中一貫教育校」を設置する計画が公表されました。
しかし、2019年2月13日の教育委員会会議で決定された内容は、常石小学校を「廃止」した上で、イエナプラン教育校を「新設」するというものです。イエナプラン教育校に受入予定の児童数は、180人~300人だといいます。常石小学校の2018年度児童数は85人であるので、今後全市から、さらには全国から児童を集める予定ということです。これだけでも、従来の方針から一転して、児童数増加の根拠なく公立学校の新設に踏み切ったことは問題だといえるでしょう。
矛盾は、根拠のない児童数増加予測に基づく学校設置だけにとどまりません。内海や内浦では、人口減少予測とそれに伴う児童数減少予測を前提とし、現児童数が「第1要件」に該当することから統廃合を判断したことを忘れるべきではありません。
しかも内海町では、今後人口が下げ止まる見込みの方に説得力があります。内海町には、住民の活動によって8年間で114人の移住を呼び込んだという実績があります。それにもかかわらず、福山市が内海町に対して「児童数減少予測は絶対である」、さらには「人口(児童)を集めようとすることは認めない」とし、現に児童が通っていても、住民の反対があっても、学校存続を絶対に認めませんでした。一方で常石には、児童数が増加するだろうという希望的観測に基づいて、「児童はこれから全市から集める」として公立学校を新設するといいます。
このように、福山市は、内海や内浦、山野に対しては「適正化計画(第1要件)」で定めた児童数減少予測を学校再編の根拠としてきたにもかかわらず、常石に対しては、児童数の増加予測なく学校の新設を許していることになります。
②【特認校】児童養護施設の存在のみを根拠に設置場所を決定したことの問題点
山野・広瀬小中学校の児童生徒数を合わせると、79名(2021年度)です。広瀬学区に新設する「特認校」の受入児童生徒数は105名の予定であるというので、人口減少予測をさておき、児童生徒数0から始まる公立学校を、人口増加の根拠なく新設するという点ではイエナプラン教育校の設置と同様の問題があります。
しかし、「特認校」はもともと不登校児童生徒のための学校として始まったという背景があります。市教委によると、この「特認校」は、2017年2月に施行された義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律、いわゆる「教育機会確保法」に根拠を置くものだといいます。同法律の「第三条 基本理念」には、「不登校児童生徒が行う多様な学習活動の実情を踏まえ、個々の不登校児童生徒の状況に応じた必要な支援が行われるようにすること」「不登校児童生徒が安心して教育を十分に受けられるよう、学校における環境の整備が図られるようにすること」などが記されています。そして「特認校」は、もともと大集団になじむことが難しい児童生徒が通う想定であるため、たとえ105人を下回ったとしても、法の趣旨から外れないどころか、むしろ準ずるものです。
そこで問題となるのは、山野と広瀬の学校には、どちらも市街地の大規模校で不登校に追い込まれた児童生徒が通学していた実態があるのに、山野は選ばれず、広瀬が選ばれたという点でしょう。広瀬を選んだ理由は、私立の児童養護施設「ルンビニ園」が存在することだと、山野学区住民に対して市教委は説明しています。しかし、適正化計画で山野小中学校と広瀬小中学校がともに「第1要件」とされ、加茂小中学校への統合対象とされた際には、「ルンビニ園」への言及はありませんでした。つまり、後から追加されたのです。
ここで、「児童養護施設」と「不登校」の関連について考えてみたいと思います。児童養護施設に通う子どもたちは、支援が必要な事情を有していると考えられます。したがって、近隣に「特認校」のような、子どもへの配慮が手厚い学校を新設することは筋が通っているように見えます。
しかし、そこが同時に問題でもあります。児童養護施設に通う子どもの中には、学校に行くのが苦しいという子どももたしかにいる一方で、むしろ、家庭にいるよりも、学校のほうが楽しく過ごすことができるという子どももいます。「児童養護施設在園の子どもには不登校支援が必要だ」という論理は、真実の一面を福山市にとって都合よく強調したものでしかないのです。しかし、「子どものためだ」という説明をされてしまうと、福山市民としては「特認校はおかしい」と反対することは難しくなってしまいます。
では、「ルンビニ園があるから」という理由の他に、広瀬を選んだ理由はどこにあるのでしょうか。教育機会確保法に基づき、「不登校児童生徒が通っている実態に配慮する」ことが目的であるなら、福山市で「特認校」を一つにする必要はなく、広瀬も山野も残せばよかったのではないでしょうか。理由にならない理由を挙げて広瀬に学校を残すのは、「山野小中学校をたたむため」であると考えざるをえません。ここには、行政による「どちらでもありうるものをどちらかに決める力」が、「地域を選別する力」となって現れています。
③【イエナ】「財政効率化の側面からも学校統廃合が必要だ」という説明との矛盾
2018年9月13日の説明会(山野)では、教育次長が「(統廃合の理由として)財政のことは前面に出したことはない」と述べ、財政的理由による学校統廃合を否定しています。しかし、2019年5月10日の内海説明会では、教育次長は「人口減少の中、市全体に公共施設を維持することは経営の観点からできない。公共施設を集約するコンパクトシティ政策に、学校も含まれる」と述べています。真意はどちらにあるのでしょうか。
福山市には、市長部局の都市計画課が2017年3月に「立地適正化計画基本方針」を公表して以来、福山市全体の公共施設を適正に配置するという強固な文脈が存在します。市議会の議事録からも、立地適正化計画に見られるいわゆる「コンパクトシティ政策」の中に、学校施設もまた含まれていることが分かります。したがって、大々的な明言は避けても、「人口の多い地域に公共施設を集約すべき」「人口の少ない地域に公共施設を残すのはコストがかかる」という論理に基づいて、末端の学校から切るという政策が生まれた側面はあったといえます。
このように、公共施設削減の時代だと自ら銘打つ中で「新設」が認められたのが、イエナプラン教育校でした。市教委は、地元の造船企業である常石ホールディングスによる出資があるためだと説明しますが、設置段階で企業による出資があったとしても、その後の運営には当然公費が投入されます。結果的に常石には予算を割き、内海や能登原には割かないという政策になっています。
これらのことから、イエナプラン教育校の新設開校は、財政効率化の側面から学校統廃合を行う論理の中で矛盾しているといえます。
④【イエナ】「小中一貫教育を推進する」という福山市が掲げてきた方針との矛盾
福山市は、「福山市学校教育ビジョンⅣ」以来、小中一貫教育の推進を市の目標として掲げてきました。2012年6月から2014年2月にかけて6回行われた小中一貫教育推進懇話会では、小中の教育課程に一貫性を持たせることなどが議論されたほか、中学校区を中心として、地域のつながりを再構築するという理念が語られました。
福山市においては、「よりよい小中一貫教育を行うため」ということが、「小規模校を統廃合する」ことの理由として持ち出されることさえありました。
しかし、常石に新設されるイエナプラン教育校は小学校のみで、小中一貫校ではありません。そのため、市教委が当初説明していた「小中一貫教育の推進」という方針とは食い違う施策だといえます。しかし、市はこのイエナプラン教育校の設置はこれまでの市の方針を変更するものではないとします。このように説明するのであれば、市はイエナプラン教育校の設置について、これまでの学校再編の方針とどのように整合性があるのかということについて、住民に対して説明する責任があるはずではないでしょうか。
⑤【イエナ】「一定規模での切磋琢磨がなければ、教育はできない」という説明との矛盾
福山市は、教育環境検討委の「答申」(2014年10月)における「少子化の中で良い教育を行うには、一定規模の集団を確保することが望ましい」という論理を土台にして、「学校教育には一定規模の集団が必要不可欠だ」という方針を「適正化計画(第1要件)」(2015年8月)で展開し、一貫してその論理を学校再編の理由に挙げてきました。
内海や山野における説明会等では、住民が「少人数でも良い教育はできる」「子ども同士の関わりが少なくても、地域の人との関わりが密接であるため、自分の意見を述べる力はつく」と訴えても、決して聞き入れませんでした。
一方、イエナプラン教育校はどうでしょうか。イエナプラン教育校の特徴は「個別最適化した教育」ですが、具体的な方法は1~3年生と4~6年生による異年齢クラスを編成です。「第1要件」で示した複式学級は認めないという方針を、内海小学校や山野小学校に対しては貫いているのに、常石小学校に限っては例外的に認めるということになります。
また、イエナプランの教育理念である「個別最適化した教育」や「異学年グループ対話」は、まさに小規模校のメリットと合致します。小規模校のメリットとは、子ども一人一人に目が行き届きやすい、一人一人に合った進度や内容で学習することができる、集団に埋没せず自分の意見を表明する機会を多く得ることができるといったことです。
市は、既存の小規模校に対しては、それらのメリットよりも、集団での教育で得られるメリットを優先するといいます。また、内海や山野の小学校はすでに複式学級を有しており、常石に新設する前からイエナプラン的な教育を行っていました。しかしそれらの存続は認めず、常石では一転して個別最適教育のイエナを導入するとします。そこには、もはや一貫した教育理念は見られません。「一定規模の集団における切磋琢磨(=子ども同士の「競争」)を絶対とする福山市の教育理念は、今ある小規模校を廃校にするために導入され、小規模校の統廃合を進めるという文脈のみにおいて使われてきた論理だといえます。
このように、個別最適化を謳い、複式学級的な特徴を有するイエナプラン教育校の設置は、内海・内浦や山野で小規模校のメリットを否定し、複式学級の解消を進めてきた福山市の従来の方針とつじつまが合わないものとなっています。
⑥【特認校】「「特認校」は「不登校」問題への対応のために設置する」という説明との矛盾
「一定規模の集団で切磋琢磨し、高め合う」という教育には、ついていくことのできない子どもが出てきます。福山市では、大集団になじむことが難しい児童生徒が、山野や広瀬の小中学校に移ることで、登校できるようになっていました。それは内海や内浦でも同様です。このことが、山野や内海町の住民が、「学校を残すべきだ」と要望する理由の一つでもありました。そこで設置することになったのが、広瀬の「特認校」です。
ところが「特認校」の準備委員会だよりには、不登校児童生徒に配慮した教育課程を編成することや、福山市全体からどのように募集をかけるかについて議論された形跡がありません。
さらには、2019年7月15日に山野で持たれた住民と市教委との話し合いの場で配布された資料には、「教育課程特例校」で申請するつもりだということが書かれています。当初出てきた、「不登校に対応するための学校を広瀬に作る」という話であるなら、「不登校特例校」で申請するのが自然です。「教育課程特例校」は、通常の教育課程に加え、郷土学習や外国語学習など、特殊な過程を編成するというもので、プラスアルファの要素が強いものです。
このように、もともと「不登校」に対応するために設置されるはずだった「特認校」は、開校までの過程のなかでそのような意味合いが薄れていきました。これでは、「不登校」問題に対する福山市の取り組み姿勢そのものが真剣であるのかどうか疑わしいと見られても仕方ないのではないでしょうか。
◆おわりにー行政による恣意的な学校配置の判断
広瀬と山野、常石と内海の間には、行政による学校を「残す」「残さない」という選別が行われたと言わざるを得ません。今回の記事では、その際、行政による判断は恣意的であり、人口予測や法律(教育機会確保法)の趣旨、公共施設を拠点に集約し適正配置するという方針のどれにも根拠を持たないことを確認しました。
このような地域の選別に関して、常石や広瀬の住民に責任はありません。学校がなくなる地域の住民からも、「常石や広瀬は優遇されている」といった主張は見られません。常石や広瀬も、元の学校を廃止されてオルタナティブ学校や教育課程特例校を設置された地域であり、いわば行政による暴力を受けた側だと考えられます。
常石や広瀬においても、今ある学校の機能や価値を認めたうえで維持を図るべきだったことは言うまでもありません。広瀬の「特認校」と常石の「イエナプラン教育校」は、いずれも「全市的な学校」の新設という案件であり、個々の地域における教育の質の向上については考慮されていないのです。
しかし、福山市行政の「恣意性」は、学校をただ「残す」「残さない」という判断だけにとどまりません。福山市は、学校の存続・廃止だけでなく、どこにどのような学校を”新設”するかさえも、根拠なく決定しているのです。
福山市の地域住民からは、今後の学校のあり方が提案されていました。例えば、「小規模特認校として小中学校を存続すること(山野)」や、「町内の保育所と小中学校の一貫校を作ること(内海)」といったものです。
福山市は、それらを却下する一方で、行政側が作りたい学校を、作りたい場所に作る決定をしました。これは、「行政の判断は正しく、地域の判断は間違っている」という考え方によるものだと考えられます。
次回は、2015年に策定された「適正化計画(第1要件)」が孕む問題点について、改めて分析していきます。
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