【vol.14】第Ⅰ段階 学校再編論議の萌芽(2012年2月~2015年8月24日)
◆はじめに
前回の記事では、2つのことを述べました。1つは、種々の資料の記述を抜粋・整理して、そこにある論理を抽出する際に、「人口減少」や「教育理念」など、6つの観点を設定したということです。もう1つは、福山市の学校再編を便宜的に6つの時期に分けて、それぞれ第Ⅰ段階から第Ⅵ段階として分析を進めることです(vol.13 分析方法について)。
今回は、第Ⅰ段階(2012年2月~2015年8月24日)の資料を扱います。この段階は、福山市で学校適正規模の議論が始まった段階だといえます。
分析に入る前に、この段階で扱う資料について簡単に触れます。行政サイドの分析の中心となるのは、「小中一貫教育推進懇話会」と「学校教育環境検討委員会」の議事録です。これらの会議には、住民組織の代表や小中・大学教員、保護者会の代表、商工会議所の代表、そして行政職員が出席しました。以下、「小中一貫教育推進懇話会」は「小中一貫懇話会」、「学校教育環境検討委員会」は「教育環境検討委」と呼びます。
また、2つの会議に続いて、3つの行政文書が公表されました。
これらも行政サイドの資料として扱います。以下、『望ましい学校教育環境のあり方について(答申)』は「答申」、『福山市小中一貫教育と学校教育環境に関する基本方針』は「基本方針」、『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第1要件)』は「適正化計画(第1要件)」と呼びます。
住民サイドの資料については、この段階ではまだ多く出てきているわけではありませんが、市教委が実施したパブリックコメントに寄せられた意見と、山野の住民が市教委に提出した要望書を扱います。
◆第Ⅰ段階の概要
第Ⅰ段階の概要を述べます。まず、2012年6月に始まった小中一貫懇話会では、「学校と地域と家庭の関係が希薄になっている」という問題意識のもと、その関係を再構築していこうという良識的な議論がなされていました。これは、少子化だからこそ地域の小中学校を統合して、地域の教育の拠点にしようという論理です。懇話会の中では、学校規模の適正化という話はほとんどなされませんでした。唯一、第1回懇話会の冒頭あいさつにおいて、吉川福山市教育長(当時)が、「少子化社会にあって、(中長期的には)学校統合も検討する必要がある」という羽田福山市長(当時)の市議会における発言に、軽く言及しているだけでした。
ところが、2014年1月から教育環境検討委が始まると、議論は転機を迎えます。唐突に、学校適正規模の議論が始まったのです。委員会における主な論調は、小規模校のデメリットに関するものでした。その一方で、中には「今いる子どもの数に応じて教育方法を工夫するべきであり、一律に『適正規模』を決めることはできない」という発言や、「地域への影響を考慮して、学校統合については委員会の答申に含めないほうがよいのではないか」という発言も見られました。しかし、最終的に委員会がまとめた「答申」(2014年10月)には、「学校統合も検討する必要がある」という記述が含まれました。また、「望ましい学校規模」の数字(小学校は12学級から18学級まで、中学校は9学級から12学級まで)も示されました。この「答申」に対して、福山市山野の住民はいち早く反応し、山野の学校は廃校にすべきでないという要望書を市教委に提出しています。
そして、2015年6月、市教委は小中一貫懇話会での議論と教育環境検討委による「答申」をふまえて、「基本方針」を策定しました。この文書には、第一章には小中一貫教育のことが、第二章には学校適正規模のことが記述されています。つまり、この文書では「よりよい小中一貫教育を行うために、(小規模校を統合することで)学校規模を適正化する」という論理が展開されたのです。しかし、この説明には筋が通っているとはいえません。実際に、市教委が実施した「基本方針に関するパブリックコメント」の中でも、住民から「市教委の論理は飛躍している」という指摘が寄せられました。
一般的に考えれば、学校と地域の関係を再構築するために小中一貫教育を進めようとする文脈から、小規模校の統合による学校規模適正化の話は出てきにくいものです。後者は、学区を超えた小中一貫校の設立といえるかもしれません。しかしそれはあくまで表向きで、実際は学校統廃合を伴う小中一貫校の設立なので、言い換えれば地域から学校をなくすということだからです。
また、もう一つ「基本方針」で注目すべき点は、文書の中で、「第1要件」「第2要件」「第3要件」という学校再編の検討に関わる学校規模の基準が初めて示されたことです(これらの「要件」については、「【vol.4】福山市『学校再編』の動き」でも触れています)。
その2か月後である2015年8月に、「適正化計画(第1要件)」が策定されました。この文書では、「基本方針」で示された「要件」を改めて示した上で、具体的に9校(東村・山野・広瀬・服部・内浦小学校、山野・広瀬・内海中学校)が「第1要件」に該当するとして名指しされました。これらの9校は、「再編による適正化を進める方向で速やかに地域との協議に入る」とされました。しかし、この計画は対象学区の住民にさえ事前に何の打診もなく公表されたため、大きな衝撃をもって受け止められました。
「適正化計画(第1要件)」では、「小規模校の児童数が今後増加することはない」という大前提のもと、基準を満たさない小規模校は、機械的に統合するという内容だけが書き込まれました。そこには、「基本方針」でなされた「小中一貫教育を推進するため」という説明さえなくなっていました。
福山市では、教育環境検討委の「答申」にすべり込んだ「統合も検討する」という一言を機に、「基本方針」で小中一貫教育にかこつけて学校規模適正化の方針を打ち出し、「適正化計画(第1要件)」ではさらに小規模校統合の計画を具体化していくなかで、次第にそれ自体が目的となっていきました。
◆第Ⅰ段階の分析資料一覧
ここから、資料をもとにして行政側の論理と住民側の論理を紐解いていきます。次の表は、本段階の分析に用いた資料の一覧です。
◆行政の論理 ①人口減少
まずは、行政側の資料から、人口減少に関わる論理を時系列順に抽出します。
福山市では、「学校教育ビジョンⅣ」(2012年2月)の中で、小中一貫教育推進の方針が明示されました(A)。それを受けて開かれた小中一貫懇話会では、「小中一貫校の設立により少子化に対応する」という議論がなされました(B)。つまり、この小中一貫懇話会では学校統合に関する議論はなされていません。ところが教育環境検討委では、「子どもの数が減少しているので、小規模校の統合を考えるべきだ」という議論が出てきました(C)。そして、同委員会が策定した「答申」には、少子化は歯止めがかからないという前提のもと(D、E)、「学校統合も検討する必要がある」と書かれました(F)。
市教委は、小中一貫懇話会における議論と教育環境検討委の「答申」をふまえて、「基本方針」を公表しました(G)。ここにも、学校統合を検討すると書かれています(H、I)。しかし「基本方針」の「別表」には、「第1要件」に該当する学校については、2020年度末までに近隣の学校と統合する方向で「速やかに協議に入る」と書かれています(J)。ただし、この表には、統廃合の基準となる児童生徒数の将来推計は「社会的要因により必要に応じて見直しを行う」とも書かれています(K)。
以上のように、基本方針では「別表」の中で「学校統合に向け速やかに協議に入る」ということが補足的に記載されています。しかし、この文言は「適正化計画(第1要件)」では、本文の中に明記されました(L)。さらに、「基本方針」にはあった、児童生徒数の将来推計は「社会的要因により必要に応じて見直しを行う」という記述が、「適正化計画(第1要件)」では削除されました。代わりに、「適正化計画(第1要件)」では、6小学校3中学校の具体的な児童生徒数の将来推計が示され、その数値が学校統合の根拠とされました(M)。
◆行政の論理 ②学校と地域の関係
次に、学校と地域の関係について書かれているものを順に見ていきます。
第一次福山市教育振興基本計画(2012年5月、福山市教委)では、学校と地域の繋がりを再構築することが目標とされました(A)。これを受け、小中一貫懇話会では、学校と地域が分離しているという問題意識のもと(B)、小中一貫教育校を作ることで、学校と地域と家庭が一体となった教育を実現しようという議論がなされました(C、D)。同様に、教育環境検討委でも、学校が地域社会に包摂されることの重要性が指摘されました(E)。このように、「適正化計画(第1要件)」が出るまでは、行政の論理の中にも、「学校と地域には本来密接な関係がある(よりよい関係を築いていくべきだ)」という前提がありました。
しかし、市教委が唐突に公表した「適正化計画(第1要件)」には、そのような論点が含まれていませんでした。学校と地域の関係については、「廃校を地域のために利活用する」ことだけが書かれました(H)。
ここで、市議会・文教経済委員会の議論を見ておきます。「基本方針」公表直前の市議会では、市教委は「統合後の学校を核に地域づくりをする」と答弁しています(F)。これは、学校統廃合を前提としてその後の地域づくりに言及する議論で、地域と学校の関係を考慮せずに児童数の基準に従い自動的に学校を畳む「適正化計画(第1要件)」と整合性があります。
また、2015年8月24日には「適正化計画(第1要件)(案)」が市議会で議論されました。市教委は、その場では「学校教育は地域の未来の担い手を育む営みであり、まちづくりとの密接な関係は承知している(G)」と述べているものの、同8月のうちには(案)を外して「適正化計画(第1要件)」を公表しています。このやりとりについては、「⑥決定のあり方」でも検討します。
◆行政の論理 ③教育理念
続いて、教育理念に関する記述を見ていきます。
「福山市学校教育ビジョンⅣ」の中では、「福山に愛着と誇りを持ち、変化の激しい社会をたくましく生きる子ども」という教育理念が示されました(A)。この理念は、「答申」(A’)や「基本方針」(A”)でも踏襲されています。ここでは、前半の「福山に愛着と誇りを持つ子ども」と、後半の「変化の激しい社会をたくましく生きる子ども」について、それぞれ見ていきます。
・福山に愛着と誇りを持つ子ども
「第一次福山市教育振興基本計画」には、子どもの教育を学校と地域が一体となって行うことが盛り込まれました(C)。小中一貫懇話会でも、地域づくりをする人材を育てる必要性を指摘する委員がおり(D、E)、教育環境検討委でも、家庭や学校だけでなく、地域における教育を重視する意見が見られました(F)。同委員会による「答申」と、それを基に策定された「基本方針」にも、学校と地域・家庭の連携を促す記述がありました(G、H)。このように、「適正化計画(第1要件)」が出されるまでは、「地域への愛着と誇り」に関わる教育理念が見られました。
・変化の激しい社会をたくましく生きる子ども
「第一次福山市教育振興基本計画」では、子どもに必要な力として「課題を解決する能力」「たくましく生きるための体力」(B)なども挙げられました。「答申」には、情報化・グローバル化という社会の変化に対応する力をつける必要性も書かれました(I)。「基本方針」でも、少子高齢化・人口減少・グローバル化・情報化という社会の変化に対応し、「新しいものを創り出す能力」や「課題発見・解決力」「コミュニケーション能力」をつけるという理念が書かれました(J)。これらは、「変化の激しい社会をたくましく」に関連する教育理念だといえます。
・「福山への愛着と誇り」が消え、「変化の激しい社会をたくましく」が残った
ところが、「適正化計画(第1要件)」からは、「福山に愛着と誇りを持つ」という要素がなくなっています。代わりに「コミュニケーションの中で自己の意見も主張しながらよりよい答えを導き出す力」というものが追加されました(K)。ここから、教育ビジョンⅣで示された教育理念から、前半の「福山への愛着と誇り」という要素がなくなり、後半の「変化の激しい社会をたくましく」という部分だけが残ったことが分かります。
◆行政の論理 ④学校再編の理由
行政側から見た「学校再編の理由」の論理を分析していきます。この段階で、学校再編をすべき理由として挙がったものは、ほとんど教育的観点によるものです。ここでは、小規模校の統合により学校適正規模を整備すべきとする意見に■、統廃合に慎重な意見や、適正規模そのものに疑義を呈する意見に▢の印をつけています。
*補足:2012年2月17日の市議会では、市長が校区のあり方について簡単に言及しています。ただし、(A)の「市長の議会答弁」がこの日の市議会を指しているかどうかは、断定できません。
・「学校には適正規模がある」/「必ずしも適正規模があるわけではない」の対立
小中一貫懇話会や教育環境検討委では、まず、「学校適正規模」そのものに関する意見の対立がありました。(C)や(G)、(H)は、「一定の人数がいた方が良い」、「クラス替えができた方が良い」、「複式学級は解消すべき」といった意見で、学校には「適正規模」があるという前提に基づいた意見です。一方、(D)や(E)のように、学校適正規模という考え方そのものを疑い、小規模校でも教育は可能だとする意見も見られました。
・「統合により学校の適正規模を整備すべき」/「学校統合には慎重になるべき」の対立
さらに、「学校適正規模」を整備するために「小規模校を統合するかどうか」という水準での対立軸も見られました。(B、F、J、K)は、統合により学校適正規模を整備するべきだという意見です。一方、(I)のように、教育環境検討委として統廃合に言及することに慎重な意見も見られました。
・「基本方針」に見られる矛盾
小中一貫懇話会では、少子化の中でも教育を充実させるために、小中一貫教育を行うという議論がなされていました。ところが市教委は、「基本方針」に関するパブリックコメントの回答の中で、よりよい小中一貫教育のために学校再編を行うと説明しています(L)。ここには、「(少子化に対応する)小中一貫教育を行うために、(少子化を進行させる)学校統廃合を行う」という矛盾が見られます。
・「小中一貫教育のため」も消える=「適正化計画(第1要件)」
しかし、「適正化計画(第1要件)」で示された学校再編の理由からは、「小中一貫教育を効果的に行うため」という要素がなくなっています。代わりにここで示された理由は、①一定規模を確保するため、②指導体制を充実させるため、という2つのみでした(N)。一見、1)や2)の議論に立ち戻ったようにも見えますが、市教委は、3)の「基本方針」では「小中一貫教育のために必要なのだ」と住民を説得しておきながら、いざ具体的な計画を出す段階では、その理由づけを撤回したということができます。
このように、市教委周辺で見られる学校再編の理由に関する議論は、「小規模校のデメリット」と「学校規模の適正化」に焦点を当てた、あくまで教育的観点によるものでした。ここで、市議会の中で、教育とは異なる観点から学校統廃合について議論されている場面の議事録を載せておきます。この場面は、第Ⅱ、第Ⅲ段階の分析を経なければ解釈が難しいので、詳しくは、第Ⅲ段階で改めて扱います。
◆行政の論理 ⑤行政の役割
次に、行政側から見た、「行政の役割」に関する記述を見ていきます。
「答申」の中の(A)の記述は、学校再編に限った記述ではありませんが、学校教育に関して市教委は市民の協力を得ながら取り組むべきだという内容です。しかし、市教委の「基本方針」では、子どもたちにとって「望ましい学校環境」を整えることが行政の責務であるとされています(B)。市教委の視点から徐々に「住民」が抜け、教育は市教委が行うものだというニュアンスを帯びたと見ることができます。
さらに、「適正化計画(第1要件)」では、子どもたちにとって「望ましい学校規模・学校環境」を整えることが行政の責務だとする文言が入りました(C)。注目すべきは、「学校環境」だけでなく、「学校規模」を整えることも責務とされた点です。学校規模を整えるとは、福山市の文脈では、小規模校の統合を進めることを意味します。このように、市教委は文書に少しずつ変更を加えながら、学校再編推進の方針を構築したことが分かります。
◆行政の論理 ⑥決定のあり方
続いて、行政側の「決定のあり方」に関する論理を見ていきます。
教育環境検討委では、過小規模校の地域の意見も聴いた上で答申を出すべきだという意見が見られました(A)。また、市教委による「基本方針」には、学校統合の検討に学校の保護者や児童生徒、地域住民とは「円滑な合意形成に努める」と書かれており(B)、保護者や地域への影響を考慮した記述もありました(C)。
ところが、「適正化計画(第1要件)」には、住民との合意形成に関する記述がありません。代わりに入ったのは、「説明会を開催する」という記述でした(F)。これは、説明会の中で合意形成を図るということではなく、決定事項としての学校再編を住民に説明する会を(便宜的に)開くという趣旨だと解釈できます。なぜなら、適正化計画に書かれた「開校までの流れ」は、実質的に「説明会の開催」と「開校準備委員会の設置」のみだからです(G)。つまり、この計画には、「学校再編を行うかどうか」を検討する余地だけでなく、「どの学校とどの学校を統合するか」を検討する余地さえも残されていないということです。
(D、F)は、2015年8月24日の市議会で市教委が「適正化計画(第1要件)(案)」を説明した後のやりとりで、「②学校と地域」で扱った場面の続きです。(D)からは、「適正化計画」に反対する議員がいたことが分かります。また (E)では、市教委が、「最終的には教育委員会会議が『適正化計画(第1要件)』を決定する」と述べています。ここまで議会が紛糾しても、計画を一切再考しないことは通常の感覚では理解しがたいものです。しかし市教委は、再考しないどころか、この8月中に「適正化計画(第1要件)」を公表しました。さらに(E)の市教委の言葉からは、適正化計画「案」だと言いながら、市教委にとって市議会の議論は形式的なものに過ぎないものだということがわかり、このことから「適正化計画(第1要件)」の策定時点で、市教委は学校再編の内容について見直す余地はそもそもなかったと推察できます。
◆住民の論理
次に、第Ⅰ段階の住民側の論理を見ていきます。この時期は、住民の論理を反映した資料がまだ少ないため、①から⑥の観点で抜粋した資料を掲載した後、まとめて分析を加えていきます。
①人口減少
②学校と地域の関係
③教育理念
④学校再編の理由
⑤行政の役割
⑥決定のあり方
福山市民全体に向けて行われた基本方針に関するパブリックコメントの中には、 (a)のように、学校の適正配置を求める声も見られました。(g)は、地域のために学校を残すことはあってはならないという意見です。その一方で、パブコメには(b)や(d)のように、一定規模にこだわらず、残すべき場所に学校を残して人口増加に繋げるべきだという意見もありました。
教育環境検討委が学校統合も検討すべきだという「答申」をまとめたことに対して(2015年6月)、山野の住民はいち早く対応しました。山野では、2015年6月17日の段階で、町内会連合会、小中学校PTAとまちづくり推進委員会の連名で学校存続の要望書を市教委に提出しています。要望書には、学校がなくなれば過疎化がより進むと書かれており(c)、山野の学校は、小規模であるからこそ地域の人々との交流を密にして、先進的な教育を行うことができるとも書かれています(e)。さらに、市教委の役割は適正規模の基準に満たない学校をなくすことではなく、小規模校の特色を認めて存続に協力することだとしています(h)。
パブリックコメントにおいて、住民から「小中一貫教育の議論がなぜ学校統廃合に繋がるのか」という質問がなされました(f)。つまり、「少人数でも小中一貫教育を行うことはできるのに、なぜ小中一貫教育のためには一定規模を確保しなければならないという話になるのか」という疑問です。これに対して、市教委は「適正な学校規模を確保することにより、小中一貫教育の効果的な実施が図られる」という噛み合わない回答をしています。またパブリックコメントは通常広く住民から意見を募って行政の方針を修正する目的で行われますが、福山市では、形式的な実施にとどまりました。
◆行政の論理と住民の論理のずれ
ここまで、行政と住民の論理を①から⑥までの主題ごとに見てきました。最後に、行政側の論理と住民側の論理のずれを見ていきます。
第Ⅰ段階の分析では、論理のずれが教育環境検討委での議論から現れはじめ、「答申」、「基本方針」、「適正化計画(第1要件)」と進むにつれて、徐々に深くなったことが分かりました。
まず、「①人口減少」に関して、第1段階の初期には、行政側も住民側も同じような前提を持っていました。例えば、行政が設置し住民も交えて開かれた小中一貫懇話会(2012年6月~)では、「何とかして少子化に対応する手立てを考えよう」「少子化に対応するために地域に小中一貫校を作ろう」という議論がなされました。ところが、教育環境検討委(2014年1月~)では、「少子化・人口減少は止まらない」ことが大前提となっていました。この前提が、「学校統合も検討すべき」という行政側の論理を形作り、住民が持つ「学校を残すことで少子化を止める」という前提から次第に離れていくことになりました。
第Ⅰ段階では、パブリックコメントの中に、「学校統合は仕方ない」という福山市民の意見も見られました。しかし、「⑤行政の役割」にも関わることですが、学校再編の対象とされた山野の住民は、人口減少に歯止めをかけるためにも、行政がすべきことは学校を残すことだという論理を要望書の中で端的に示していました(h)。
「②学校と地域の関係」等で扱った「学校と地域の関係を作るために小中一貫校を作る(小中一貫懇話会)」という議論と、主に「④学校再編の理由」で扱った「少子化による学校小規模化のデメリットを改善する(教育環境検討委)」という議論は、そもそも別の文脈から来たものでした。住民には、「学校と地域は切っても切り離せず、学校がなくなれば地域もなくなる」という前提があり(c)、前者の議論はその前提に沿ったものだったので、学校自体をなくすという発想には結びつきようのないものでした。
ところが、市教委の「基本方針」には、「小中一貫校教育を行うために学校統合を行う」という、両者を無理に組み合わせた論理が示されました。つまり、「基本方針」が発端となり、小中一貫教育と学校統廃合が混同されて示されるようになったということです。この説明に飛躍があるということは、住民により、基本方針に関わるパブリックコメントの中でも指摘されていました(L)。しかし、この飛躍を市教委の中でも明確な説明に落とし込むことなく、学校再編を進める方向に舵を切っていきました。
ここで、「③教育理念」について検討します。「福山市学校教育ビジョンⅣ」に示された福山市の教育理念は、「(1)福山に愛着と誇りを持ち、(2)変化の激しい社会をたくましく生きる子ども」でしたが、本段階を通して徐々に(1)が消えて(2)だけが残りました。例えば、小中一貫懇話会で見られた「地域づくりができる人材を育てる」という議論が教育環境検討委以降には見られなくなり、さらに「適正化計画(第1要件)」では、「地域における教育」という視点そのものがなくなりました。一方で、住民の教育理念は、一貫して(1)を中心に据えています。例えば、山野の住民は要望書の中で、山野小学校では地域に根差した教育が行われていることを主張していました(e)。
そして、この段階で見られた行政と住民の論理の重要なずれは、「⑥決定のあり方」に関わるものです。まず行政の姿勢として、「基本方針」には、市教委は住民の話を聞きながら計画を進めると書かれていました。ところが「適正化計画(第1要件)」になると、「決定は行政が行い、その内容を住民に説明する」という書き方になり、「住民」という視点が抜けていることが分かります。「基本方針」に関するパブリックコメントの中では、住民により、学校再編計画については市民の意見を十分に聞く必要がある」という指摘がされていたにもかかわらず(i)、市教委はそれを「適正化計画(第1要件)」に反映することはありませんでした。
行政と住民の間で主張が食い違う場合、通常は、その主張をなす両者の前提のずれを丁寧に見きわめ、住民が持つ生活感覚に基づいた論理をできるだけ吸い上げながら、政策を決定していくという過程が踏まれるはずです。しかし、福山市の行政にはそのような姿勢が見られず、地域や教育に関わる行政と住民の対立は、より深刻なものになっていきました。
◆おわりに
行政側の論理が、矛盾を重ねながらも「小規模校をなくす」という方向に先鋭化していった要因を、資料から特定することは困難です。しかし、福山市で学校統合の論議が突然出てきた時期が、2015年4月1日の改正地教行法の施行に伴う教育委員会改革の時期と重なっていることが、関連しているのではないかと考えられます。この法改正では、市長が直接任命する新しい「教育長」が設置され、市長が教育行政に与える影響力が増したといわれています(【vol.10】教育委員会制度改革と学校統廃合)。市長は、市議会では校区再編の可能性に簡単に触れていました(行政の論理 ④学校再編の理由(A)、(*))。これが福山市の学校再編の引き金になったとは、断定はできません。しかし、制度変更以前は、市長の意向にかかわらず、小中一貫懇話会などでも住民の感覚に根差した議論が可能だったものが、制度変更後には、市長の方針を完全に無視することが難しくなり、結果として学校再編を引き起こした可能性も否定はできません。
次回は、「第Ⅱ段階-「末端切り」(=適正化計画(第1要件))の提示(2015年8月24日~2016年9月1日)」の分析を行っていきます。
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