【vol.25】最終回 住民自治と行政、学校統廃合の本来のあり方
◆はじめに
8か月間にわたる連載となった「学校統廃合」シリーズも、25回目となる本記事で最終回を迎えます。
改めて振り返ると、この連載では学校統廃合に関する基本事項(【vol.2】【vol.3】など)のみならず、市町村合併(【vol.9】)や教育委員会制度改革との関連(【vol.10】)など、幅広いテーマを扱ってきました。
なかでも【vol.13】以降は福山市の「学校再編」について詳細な分析を行い、主に3つの側面から行政の論理を住民の論理をひも解いてきました。
3つとは、①人口減少社会における学校と地域、②少子化による学校の小規模化と教育、そして③行政の本来の役割という観点です。
これまでも繰り返し述べてきましたが、福山市の学校再編は、行政によって無理に行われたものでした。その過程で住民自治の原則がないがしろにされ、住民による提案がことごとく潰される形で地域にとって重要なものが失われてしまったことは否定できません。しかしわれわれは、二度と失敗を繰り返さないために、この事例から本来の学校統廃合のあり方や、学校と地域の関係の築き方を見出すことができるはずです。
最終回となる今回、改めて光を当てたい部分は、この分析によって行政の破綻した論理だけでなく持続的かつ平常な住民側の論理も明らかになったということです。「住民自治」や「地域における教育」という観点から、完成された論理が浮かび上がったといえるでしょう。そこから学ぶべきことは大いにあるのではないでしょうか。
それでは、先に述べた3つの観点から、住民自治と行政、学校統廃合の本来のあり方を見いだしていきましょう。
(1)人口減少社会の地域と学校
福山市教委は、学校で子どもの「『課題を発見し、解決する能力』を養う」と繰り返し述べてきました。
そこで、実社会でわれわれが向き合わなければならない「課題」は何かと考えてみると、その一つに少子化に起因する集落の過疎化が挙げられるのではないでしょうか。
しかし、その「課題」に対する福山市の方針は、「過疎地域からは公立学校を引き上げる」というものであり、過疎の原因である少子化そのものに向き合う政策ではありません。
過疎化の原因は、第一に、出生数の減少です(自然減)。第二に、生まれた子どもが集落を離れることです(社会減)。その2つに向き合わない限り、少子化は解決しません。過疎地域から、まして住民に公立学校を核として地域の教育をより充実させようという意欲のある地域から学校を引き上げることは、あえて更なる過疎化を助長するようなものです。過疎になったら学校をたためば良いというのは、行政の都合です。しかし、住民はそれとは異なる認識を持っていました。
住民の感覚では、また現実には、少子化が過疎を引き起こしています。したがって住民は、人口の自然増や社会増を目指し、人口の下げ止まりに向けた活動を行いました。内海町は空き家対策により若者世代の入居を促し、2012年から2019年6月の間に34世帯114人もの受け入れを実現しました。これは全国的に見ても成功例だといってよいでしょう。また同町では2014年8月の段階から、町内にある2保育所・2小学校・1中学校を統合した保小中一貫校を作り、地域の教育拠点とする構想を練り、行政に協力を要望していました。もし市がその動きに反応していれば、今ごろ同町では新しい教育施設が運営され、それを周知することでより多くの移住者を呼び込むことができたことでしょう。しかし福山市は、内海町の小中学校を全て閉校することで、その可能性を閉ざしてしまいました。
また、子どもの教育環境という観点からみた「課題」として、少子化に起因する学校の過小規模化も考えられます。福山市の論理は、「学校に通う子どもの数が減っているので学校を統廃合する」というものです。しかし、学校統廃合によって、学校小規模化の原因である少子化は解決しません。学校小規模化の原因は、学校数が無駄に多いことではなく少子化です。地域の生活者にとって、学校は欠かすことのできない公共施設であり、これまでも地域の子どもを育む場として機能してきました。それでも市は、学校再編により教室の中の人数を揃えることにこだわります。
一方で、過疎のみならず、都市の過密も社会全体で向き合うべき「課題」です。人口が集中した市街地の大規模校では、市の掲げる「互いに切磋琢磨し、たくましく生きる力を育む」という教育についていけない児童生徒が必ず出てきます。こうして「不登校」となった児童生徒は、山野や内海の小学校を見つけることで、やっとの思いで登校できるようになっていました。多様な子どもを受け入れる門戸の広さは、山間部や島しょ部ならではの文化でもあります。山野や広瀬、内海や内浦の小学校は、学校自体が福山市における「多様」な教育の場として機能していました。
(2)「多数」と「多様」
ところで、福山市教委も「多様」という言葉を好んで使います。学校再編をするのは、「多様な価値観に触れさせることができる一定規模」を確保するためだといいます。たしかに教室の子どもの数が多ければ、それだけ「多様」な意見も出るでしょう。イエナプランは異年齢でクラスを編成するため、教室内は「多様」かもしれません。
しかし、「適正」規模校やイエナプラン教育校の設置と並行して廃校となる、山野小学校や内海・内浦小学校、そして広瀬小中学校、常石小学校をはじめとする学校では、教室の児童数は少ないものの、地域住民との関わり合いが密接にあります。これも、多様性の一面です。
住民の認識では、「多様」な教育とは教室の外に開かれていました。しかし、福山市教委の「多様」は、教室の中だけでの「多様」であるので、実は「多数」と同義なのです。市教委は、「少人数だと言葉にせずとも通じるので、自分の意見を主張する力がつかない」としますが、それに対しては、一般的に、「大集団の中では埋没してしまうが、少人数であれば意見を表明することができる場合があるので、教育の場では規模を大きくしすぎてはいけない」という反論があり得るでしょう。「教育は多数で行うのが良い」という理念は、今や広く受け入れられるものではありません。
市教委は、「多様な学びの場を保障するために、特認校とイエナプラン教育校を作る」ともいいます。しかし内海小学校や山野小学校は、元々小規模特認校の役割を果たしており、不登校児童生徒の居場所ともなっていました。これらの学校の存続を許さないことは、既に多様に存在する学びの場を強制的に廃止することに他なりません。
市教委が、「多様な価値観に溢れる社会」をたくましく生きる力を育むと言う時、その教育理念は、「グローバル」に範囲を定めています。そこには子どもたちを地域住民の一員とみなす発想はなく、したがって、教育は地域で行われるものだという発想もありません。しかし住民の教育理念は、あくまで地域に根差した「ローカル」なものでした。住民は、市に言われる前から、「多様性」に開かれた教育を地域で行う方法を知っていました。福山市が余計な手を入れなければ、山野や内海では本当の意味で「多様」な教育を継続し、さらに追求することができたはずです。
(3)住民自治と行政
ここで、以前の記事でも取り上げた、錦江町と川根本町の事例を参照してみましょう。
鹿児島県肝属郡錦江町(→関連記事はこちら)では、内海や山野と同じように学校の小規模化が課題となりました。2008年には町立大原小学校の児童数が9名になり、学年を飛ばして編成する変則複式学級となりました。保護者から寄せられた子どもの教育環境を懸念する声に応えて、同年「大原小学校あり方検討委員会」が発足しました。検討会では主に2つの議論がありました。1つは、「地域のために子どもたちの学習環境を犠牲にして良いのか、学校生活にはやはりある程度の人数がいた方がいいのではないか」というもので、もう1つは「子どもたちも地域の一員なので、児童数の少ない中でどのように高度な教育を実現していくかを模索するのがいいのではないか」というものでした。検討会の議論を経て、当時は学校を残すという判断に至りましたが、残すからには児童数を増やす努力を行わなければならないということで、現在にいたるまで、住民主体の空き屋の提供事業などが取り組まれてきました。錦江町教育委員会の立場はあくまで「学校統合に関しては、住民の議論を待つ」というものだといいます。錦江町では、議論の主体も、決定の主体も、当然のことながら住民の側なのです。
静岡県榛原郡川根本町(→関連記事はこちら)では、2018年に設置された「川根本町立学校設置適正化及び教育のあり方検討協議会」により、2020年3月、「川根本町立学校の今後の方向性」という報告書が出されました。そこでは、2023年度より中川根第一小学校・中央小学校・中川根南部小学校を統合し、「中川根小学校」とした上で、さらに「中川根中学校」と統合することで義務教育学校「中川根学園」を開校する方針が示されました。当初、協議会では、町内にある4つの小学校と2つの中学校のすべてを維持する方針だったようである。教育委員会の担当者は、「あと10年は維持したかった」と述べています。しかし、保護者からの児童生徒の減少に対する切実な不安の声が予想以上に多く寄せられたことを受け、方針を変更しました。つまり、川根本町は、行政の方針とは違う住民の意見を受け入れました。その上で、新しい義務教育学校を作り、「小さい町だからできること」に重きを置いた、「川根本町型の教育」を維持しようとしたのです。
ひるがえって、福山市の行政と住民の関係を考えてみたいと思います。同市は、学校で「主体的・対話的で深い学び」を実現するといいます。その先に目指すものは、子どもたちの「コミュニケーション能力」の向上だといいます。ところが、市教委自身の学校再編の進め方には、住民との「対話」という要素が欠けています。これまで見てきたように、社会の仕組みや少子化問題の本質、教育や地域社会における「多様性」の意味、また子どもの成長について正しく理解しているのは、住民の側でした。山野や内海の住民であれば、川根本町のように、地域ならではの特色ある教育をいくらでも展開できたはずです。
しかし同市では、錦江町のように行政が住民から意見を吸い上げる体制を構築するどころか、住民との議論を積極的に回避しようとする動きが見られました。その中には、国の制度や事業を都合よく用いて住民を排除しようとするというものさえありました。例えば、文科省によるいわゆる「学校統廃合の手引き」(2015年1月)は、小規模校に関しては、そのメリットや地域の事情を考慮して慎重に対応するようにという趣旨の文書であったのに、福山市は手引きに記された学校適正規模を根拠に市の基準を設定し、末端切りの学校再編の根拠としました。また後には、学習指導要領に書き込まれた「主体的・対話的で深い学び」を実現するためには、一定規模の集団が必要だとして、あたかも文科省が学校統廃合を奨励し、福山市はそれに従っているかのような説明をしてきました。
また、広瀬では、教育機会確保法に則って不登校児童生徒のための学校を設置するといいますが、福山市はすでに不登校児童生徒を受容する場として機能していた山野と広瀬の学校を廃止してから新設するというので、多様な教育機会を確保するという法の趣旨に照らすと本末転倒です。さらに、山野町や内海町に導入された総務省の「関係人口創出事業」も類似の事例です。山野では、同事業が学校再編とのバーターに使われるという疑念から頓挫しました。しかしこの事業は本来、地域を潰すために導入するものではありません。活用の仕方によっては、住民が主体となって地域のための事業を実施することもできたはずです。このように、福山市は国の制度の趣旨を全く理解せず、別の目的に使います。しかも、それらはみな、学校再編に関わる合意形成や決定から住民を排除するために使われてきました。
福山市は戦後市町村合併を繰り返し、山間部や島しょ部に至るまでその範囲を広げてきました(→関連記事はこちら)。合意形成や決定から排除されたのは、編入されたそれらの地域の住民でした。これが、本論文で最後に指摘したい福山市民に潜む問題性に関わります。
市街地の福山市民は、末端の地域から無理に学校が引き上げられようとする経過に対して、見て見ぬふりをしていないでしょうか。その背後には、多数派は少数のことを考慮する必要はなく、多数派が正しく優れており、少数は多数の方針に従い、協力すればよいという論理がないでしょうか。市民がそのような論理に染まっているとすれば、教育による責任は重いと言わざるを得ません。福山市は、自身が掲げる「切磋琢磨する教育」という教育理念を、本当にそのままでいいのか立ち止まって考える必要があります。市民が、人口の少ない地域や子どもの数が少ない学校は切っても構わず、多数派である自分には関係ないという考え方のままでは、少子化は一向に解決しません。市長の選出も、市議会議員の選出も、市民の投票行動次第です。まずは市民が気付くことから始まるのではないでしょうか。
◆おわりに
冒頭にも述べましたが、本記事で学校統廃合の連載は最終回となります。この論考が、福山市学校再編の再検討に結びつくとともに、全国で進む学校統廃合に対する新たな視点提供の一助となることを願ってやみません。
長きにわたる連載を最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
【これまでの記事一覧】
【vol.1】私と福山市学校統廃合問題
【vol.2】なぜ今、学校統廃合なのか
【vol.3】学校統廃合を決める権限のありか
【vol.4】福山市「学校再編」の動き
【vol.5】福山市教委はなぜ山野の学校を統廃合しようとするのか
【vol.6】日本の特認校制度と福山市の制度運用
【vol.7】子どもたちが育つ場を模索する内海町に対して、福山市教委は何を行おうとしているのか
【vol.8】福山市のイエナプラン教育校開校と開校経緯の問題点
【vol.9】平成の大合併と学校統廃合の関係は?私たちは何を失って、これからどうすればいいのか
【vol.10】教育委員会制度改革と学校統廃合
【vol.11】錦江町行政の住民に対する向き合い方から学ぶこと
【vol.12】川根本町の教育施策の展開と学校統廃合
【vol.13】福山市学校再編をめぐる住民と行政の論理 -分析方法について-
【vol.14】第Ⅰ段階 学校再編論議の萌芽(2012年2月~2015年8月24日)
【vol.15】第Ⅱ段階 「末端切り」(=「適正化計画」(第1要件)の提示(2015年8月24日~2016年9月1日)
【vol.16】第Ⅲ段階 公共施設の立地適正化と結びつく学校再編(2016年9月5日~2018年4月1日)
【vol.17】第Ⅳ段階 イエナ・特認校の導入(2018年3月26日~2019年2月13日)
【vol.18】第Ⅴ段階 イエナ・特認校の開校による「選択と集中」へ(2019年2月13日~2020年2月27日)
【vol.19】第Ⅵ段階 学校再編の決行(2020年2月27日~現在)
【vol.20】地域説明会・開校準備委員会の経過(時系列で整理)
【vol.21】全体を通した「行政側」の論理とは
【vol.22】福山市のイエナプラン教育校と特認校が抱えているこれだけの矛盾
【vol.23】「適正化計画(第1要件)」に関する行政の論理
【vol.24】全体を通した住民の論理
【vol.25】最終回 住民自治と行政、学校統廃合の本来のあり方
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