【vol.13】福山市学校再編をめぐる住民と行政の論理 -分析方法について-
◆はじめに
前回までは、学校統廃合についての概要(vol.1・vol.2・vol.3)、「広島県福山市の学校再編の概要(vol.4)とその問題点(vol.5・vol.6・vol.7・vol.8)、統廃合に関わる問題としての平成の市町村合併(vol.9)、教育委員会改革(vol.10)、そして他の地域から学ぶことのできることとして鹿児島県錦江町(vol.11)と静岡県川根本町(vol.12)の学校統廃合についての記事を投稿してきました。
次回からは改めて福山市の学校再編に向き合い、その経緯や問題点を細かく分析していきたいと思います。今回は、その分析のやり方や前提について記していきます。
◆分析方法①-論理の分類について
福山市の学校再編を分析するにあたり、私たちは市の行政資料や説明会の議事録などの資料から、行政側と住民側のそれぞれの論理を次の6つの主題ごとに抽出しました。
まず、「地域」に関わるものとして、「①人口減少」、「②学校と地域の関係」の二つの観点を設定しました。
「①人口減少」では、少子化及び人口減少についての考えとそれに対する施策や取り組みについての記述を抽出します。また学校再編が人口減少にどう影響するかという考えについても取り上げます。
「②学校と地域の関係」では、地域における学校の役割についての考えや学校再編と地域活性化の関係についての記述を抽出します。
次に、「教育」に関わるものとして、「③教育理念」、「④学校再編の理由」の二つの観点を設定しました。
「③教育理念」とは、教育施策を行うにあたり、子どもたちにどのような力を身につけてもらいたいかという考えです。また、その力をつけさせるための具体的な方法について書かれている場合は、それも抽出します。
「④学校再編の理由」では、福山市が学校再編を進めるにあたりどのような理由を挙げているかを抽出します。また住民の論理は、行政の説明に対する住民の反応を取り上げていきます。
最後に「行政」に関わるものとして、「⑤行政の役割」、「⑥決定のあり方」の二つの観点を設定しました。
「⑤行政の役割」では、行政自身がどのような役割を自覚して施策を展開しているか、そして住民は行政に対してどのような役割を期待しているかを抽出していきます。また、学校再編だけでなく「イエナプラン教育校」や「特認校」の開校や耐震化の問題など、学校再編に関連する行政の施策についてもこの中で扱います。
「⑥決定のあり方」とは、行政と住民の間での学校再編に関する合意形成についての考えのことです。市行政はどのようなプロセスで学校再編を進めようとしているか、そしてその進め方に対して住民はどのように反応しているかを確認していきます。
これらの主題ごとに論理を抽出し整理することによって、行政と住民のそれぞれの論理がどのようなもので、それがどのように形成されたかを確認していきます。さらに、行政と住民の論理を比べることで、両者にどのようなずれがあるのかも確かめていきます。
◆分析方法②-時期の段階分けについて
さらに、分析を行うにあたって、これまでの福山市の学校再編の動きを次の6つの段階に分けました。それぞれの段階について、その概要を確認します。
⑴ 第Ⅰ段階-学校再編論議の萌芽
第Ⅰ段階は、2012年2月から2015年8月24日までとしました。2012年2月とは、「福山市学校教育ビジョンⅣ」が策定された日時です。この段階では、小中一貫教育推進懇話会や学校教育環境検討委員会が発足し、福山市が学校教育環境の改革、及び学校再編についての取り組みについて具体的に検討、計画を始めた時期であるといえます。
第Ⅰ段階と第Ⅱ段階の区切りとした2015年8月24日は、「福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第1要件)」が策定された日時です。この「適正化計画(第1要件)」の策定によって、具体的に市内9小中学校の学校再編計画が立てられました。この「適正化計画(第1要件)」の策定を機に、学校再編が実行されていくことになります。
⑵ 第Ⅱ段階-「末端切り」(=「適正化計画(第1要件)」) の提示
第Ⅱ段階は、2015年8月24日から2016年9月5日までとしました。第Ⅱ段階は、2015年8月24日に策定された「適正化計画(第1要件)」について、市教委が再編対象学区で説明会を開き、住民に学校再編を提示及び説明していく段階です。一方、再編対象学区の住民は地域内でアンケートを実施し、地域住民が学校再編に反対であることを数字で示していきます。そして、それらのアンケートをもとに市教委に要望書を提出し、地域に学校を残すよう訴えていく段階であるともいえます。
第Ⅱ段階と第Ⅲ段階の区切りとした2016年9月5日は、新福山市長に枝廣直幹氏が就任した日時です。この新市長の就任を境に、これまで市教委が説明してきた学校再編の目的が大きく変更されることになり ます。
⑶ 第Ⅲ段階-公共施設の立地適正化と結びつく学校再編
第Ⅲ段階は、2016年9月5日から2018年4月1日までとしました。第Ⅲ段階では、枝廣氏の市長就任により市行政全体で「公共施設の削減」という方向性が強調されていく段階であるといえます。これは、2017年3月に福山市によって策定された「立地適正化計画基本方針」にも示されています。そして、この方針は学校再編にも影響を与え、市教委は学校再編の目的を「効率化」や「財政健全化」という言葉を使って説明していきます 。また、枝廣市長は「市長と車座トーク 」によって地域住民と直接話し合いを行う機会を設け、その中で学校再編についての市や市長自身の考えを表明していきます。
第Ⅲ段階と第Ⅳ段階の区切りとした2018年4月1日は、広島県教育委員長に平川理恵氏が就任した日時です。また、2018年4月には「『関係人口』創出事業」が導入され、市行政の教育と地域活性化の関係における市の考えが明らかになっていきます。市行政の学校と地域の関係に対する考えが、ここを境に露呈していくため、第Ⅲ段階と第Ⅳ段階の区切りとしました。
⑷ 第Ⅳ段階-イエナ・特認校の導入
第Ⅳ段階は、2018年4月1日から2019年2月13日までとしました。この段階は、市行政が新しい事業を導入する時期です。2018年4月には、山野学区に「『関係人口』創出事業」を導入し、学校と地域は別問題だという市行政の考えが露呈していきます。また、2018年4月1日に平川理恵氏が県教育長に就任してから、広島県でオルタナティブ教育普及の流れが起き、それを受けて福山市では常石学区に「イエナプラン教育校 」を設置するという動きが起こっていきます。さらに、学校再編によって小規模校を統合すると不登校児童生徒の受け皿がなくなるという問題を受け、集団になじむことの難しい子どもための「特認校 」設置の動きも生じていきます。
第Ⅳ段階と第Ⅴ段階の区切りとした2019年2月13日は「2018年度 第13回福山市教育委員会会議」の日時であり、ここで「イエナプラン教育校」と「特認校」の設置が決定されます。以降、市教委は内海・内浦学区や山野学区では学校再編を強行していく一方で、常石学区や広瀬学区では新しい学校の設置を進めていくことになります。
⑸ 第Ⅴ段階-イエナ・特認校の推進による「選択と集中」へ
第Ⅴ段階は、2019年2月13日から2020年2月27日までとしました。第Ⅴ段階は、「イエナプラン教育校」と「特認校」についての説明が行われ、それらの開校への動きが進んでいく時期だといえます。そして市行政のこのような動きによって、市の地域選別の姿勢が明らかになります。
また、同時に内海・内浦学区や山野学区の学校再編を強行していく段階であるともいえます。特に、内海・内浦学区では、2019年5月の説明会で教育長の怒号が響き、住民を威圧する様子が見られました。そして、教育長と一部の保護者での個人面談を経て、2020年2月27日の「内海説明会」では学校再編は総意だとする一方的な決めつけにより、行政が住民の意見を無視する形での学校再編が「決定」されます。この説明会以降、内海・内浦学区の学校再編は「決定」されたものとして市教委は話を進めていくため、この説明会を段階の区切りとしました。
⑹ 第Ⅵ段階-学校再編の決行
第Ⅵ段階は、2020年2月23日から現在までとしました。第Ⅵ段階は、市行政によって学校再編が「決定」され、具体的に学校適正化を実施していく段階だといえます。内海・内浦学区では学校再編が「決定」されたとして、新しくできる千年小中一貫校の開校説明会の開催、及び開校準備委員会の設置が行われていきます。それでも地域住民は説明会において、学校再編への反対の声を上げ続けています。
山野学区においては、「山野小学校の耐震化」をめぐる市行政と住民との話し合いにおいて、行政の“インフラ切り”という姿勢が露呈しました。そして、この行政のインフラ切りの姿勢や広瀬学区の「特認校」の設置、そして内海・内浦学区をはじめとした他学区の学校再編の「決定」などにより、地域住民が行政によって追い詰められ、最終的に2021年10月28日の「学校再編に係る説明会」において、学校再編が「決定」されました。
さらには「市長の選挙公約の『改ざん』」や「教育長パワハラ問題」など、福山市行政の新たな問題も生じていきます。
最後に第Ⅰ段階から第Ⅵ段階までの大まかな流れを確認します。福山市では2015年8月に「適正化計画(第1要件)」が策定されて以降、市教委は「変化の激しい社会を生きる力をつけるため」という理由で学校再編を進めてきました。しかし、2016年9月に市長が代わると、財政問題や公共事業の削減など教育とは別の理由も挙げられます。その後、「関係人口」創出事業の導入により、市行政にとって、学校再編は決定事項であるということが明らかになり、さらにこれまでの市の動きと矛盾する「イエナプラン教育校」や「特認校」の開校の計画が出されることで、この学校再編は子どもたちのより良い教育環境の整備が目的ではなく、学校再編そのものが目的となっているのではないかということが考えられるようになります。最終的には、住民の納得する合意形成を図ることなく、行政が自らの論理を押し切る形で学校再編が「決定」されました。
◆分析資料
最後に分析に用いる資料について示します。行政資料(『福山市小中一貫校教育と学校教育環境に関する基本方針』や『福山市学校規模・学校配置の適正化計画(第1要件)』、『市長と車座トーク概要』等)は、福山市のホームページ で公開されています。また、福山市議会の議事録も、福山市議会会議録検索システムというホームページに公開されています。
その他の資料(説明会議事録、住民組織による要望書、福山市による要望書に対する回答書、「統廃合ネットニュース」等)は、住民組織から提供を受けたものです。説明会議事録は、住民もしくは市議会議員が作成したものです。また、公開された説明会の一部(2020年7月30日内海説明会、2021年10月28日山野説明会等)については、説明会に参加した住民から録音テープの提供を受け、執筆者が文字起こしをして、分析資料としました。なお、「統廃合ネットニュース」を発行している「地域の暮らしと学校統廃合を考える福山ネットワーク」(略称:統廃合ネット)は、元教員などの福山市の住民によって2017年9月15日に結成されました。
詳しい資料の情報や各段階で分析に用いた資料の一覧は、次回以降の各々の分析の記事の冒頭で紹介します。
次回は、「第Ⅰ段階-学校再編論議の萌芽」の分析を行い、行政と住民それぞれの論理を見ていきます。
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