キミが男の娘だから好きなんだ! 第1話
登場人物表
朱王心兎(すおう ここと・17)…不毛な恋に苦しむ男子高校生。智夏のためならどんなことでもする行動力があるが、片思いをこじらせまくった結果、少々変態気味なところがある
厚狭篤丸(あつさ あつまる・17)…コンカフェ「メリー★ベリー」では人気No.1の男の娘。自分の可愛さを知っており、アイデンティティにもしているナルシストだが、自分の恋心には疎くフォローに周りがち。
村地智夏(むらち ちか・17)…心兎に想いを寄せられている女子高生。男嫌いの印象が強いが、実は容姿端麗でスポーツ万能なことから女子高の王子様でもある。今は大の篤丸ファンであり、男の娘フェチ。
伏葉陽翔(ふせば ひなと・17)…篤丸を崇拝しすぎて、男の娘になった男子高校生。一番見た目が男っぽく口調も悪いが、何故かそこが客にウケている。短気で少々ヒステリック気味。
巽怜(たつみ れい・24)…バイトの中では年長者の大学院生。心兎たちを温かく見守ってくれるママ的存在だが、実はずっと自らの性自認について悩んでいる。人に心を開くのが苦手。
第1話 プロット
朱王心兎には後悔していることがあった。
今から10年前、公園で偶然知り合ったおじさんに幼馴染の少女・村地智夏を紹介してしまい、大好きな彼女を誘拐事件ギリギリの目に合わせてしまったのだ。
心兎は今でも夢に見る。傷だらけになった彼女の姿と、「心兎の嘘つき!」と泣き叫ぶ声を。
その度に彼は決意する。「もう二度と、智夏を傷つけないような強い男になる」と。
そして、高校生になった心兎。決意通りに強さを求め柔道に明け暮れる日々を送っていた…が、可愛らしい身長と童顔気味の顔は改善せず、周りからはペットのように可愛がられていた。
「俺は可愛くねぇー!」と反発する心兎を、友人たちは面白がっていたが、一方で彼を心配してもいた。何故なら彼の頭の中はいつも智夏への思いと罪悪感ばかり。
そのせいで誰かに告白されても断り、遊ぶ時間も削って修業ばかり。
心兎がいくら「会いたい」と言っても、男嫌いで「嫌だ」と断り続ける智夏のために、青春を捨てている心兎を友人たちはどこか憐れんでいたのだが。
そんなある時、心兎は渋谷駅の前で明らかにナンパな見た目をしたYouTuberに絡まれている少女をみかける。嫌がっている少女の腕を掴み、どこかに連れて行こうとするYouTuberに気付いた心兎は、すかさず間に入って少女を助けようとするのだが。心兎をナンパ男の仲間だと思った少女から、突然鋭いタイキックが!
あまりの痛さに「助けようとしたのに何で……」と、うずくまる心兎。
「大丈夫ですかぁ~?」と声をかけて来た少女に、「大丈夫なワケねぇだろ!?」と心兎は顔をあげるが、そこには艶やかな長い黒髪とハーフツインテールの似合う美少女が立っていた。
彼の名前は厚狭篤丸。近くの喫茶店でバイトをしているらしく、助けてくれたお礼にと心兎はバイト先に案内されるが。そこは、メイド服の可愛い子たちがお出迎えしてくれるコンセプトカフェ。
「おごりだにゃん。ゆっくりしていってね、ご主人様♡」と言われ、高そうなパフェをごちそうされるが、かわいい空間にたじたじの心兎。
さらに、店員たちは妙に距離感が近く、心兎にあーんでパフェを食べさせようとしてきたり、客は一人だからと目の前で着替えだしてしまう。緊張でマックスになった心兎は慌てて男子用トイレに駆け込むのだが…。なんと、そこには篤丸が!?
「何でアンタがここに!?」と混乱する心兎だが、その瞬間篤丸の立派なイチモツが目に飛び込んできて……。
そう、実は篤丸の正体は男の娘。可愛いスカートをはいた男だったのだ。
さらにはこのカフェの正体は、男の娘のコンセプトカフェ「メリー★ベリー」。従業員は全員男の娘だと聞いて愕然とする心兎。
怯えて逃げようとする彼に、バイトリーダーの巽怜は「ぼったくりバーじゃないし、高校生も働いてるようなところだから安心して」と声をかけるが。
「でも、俺。ゲイじゃないし……」と答え、場を凍りつかせる心兎。
「だって、そんな恰好してるなら、皆男が好きなんでしょ?」と、さらに畳みかけるが。
「僕をそうとしか見れないなら、出て行って」と、地獄のオーラをまとった篤丸に言われてしまう。
結局、心兎はおごりだと言われていたパフェ代+入場料の3000円をはらわされ、店を追い出されるのだった。
帰り道、高校生には高い出費に、すっからかんの財布を見て落ち込む心兎。
しかし、次第に「何で俺が悪者なんだ? 普通の男はあんな格好しねぇし、変なのはアイツらだろ」と、腹立たしさをつのらせていく。
だが、ふと少女のようにしか見えなかった篤丸のことを思い出し、「もしも自分があんな姿をしていたら智夏に嫌われずに済んだかもしれない」と、考えてしまうのだった。
自分はどうすればいいのかと悩みこむ心兎。そんな彼が自然と向かったのは、智夏の家。智夏は寮暮らしのためここにはいないが、幼少の頃は何度も行き来した思い出の場所だった。
もう何年も開かれていない彼女の部屋のカーテンを見て、心兎はつい智夏に電話をかける。どうせ出ないだろうと思いながら。
だが、なんと智夏のスマホの着信音は近くから聞こえる。驚いて顔をあげると、先ほどまで暗かった智夏の部屋に電気がついている。着信音は開いていた窓から漏れ聞こえたらしい。
遠慮がちに電話に出る彼女に、勢いよく「智夏!」と声をあげる心兎。声の近さから思わず窓を見た智夏は、外にいる心兎に気が付き慌てて窓を閉めようとするが、「待ってくれ」という心兎の必死の声に彼女は応えてくれる。それにホッとした心兎……だったのだが。
「どうして来たんだ」と智夏は冷たく尋ねる。「会いたかったから」と心兎が言っても、智夏は「私は心兎とは会えないよ。永遠に」と突き放すばかり。
「俺が男だからか? 大丈夫だよ。いつか男嫌いも治るって! 案外もう平気かもしれねぇし」と明るく答え、智夏にカーテンを開けさせようとする心兎だが、やはり智夏は心兎の姿を覗くだけで、震えが止まらなくなり。「無理だよ。どうせ直らない。だから、もう会いたくない」と告げる。
彼女と縁を切りたくない心兎は「どうして!」と食い下がるが、智夏にとってはなぜ彼がここまで自分に執着するのかが分からない。
しかし、過去のことから「それは、君が好きだから」なんて口が裂けても言えない心兎。そんな彼に智夏は「私は男が嫌いだから、ずっと心兎を傷つける。嫌なんだ、そんな自分が。だからもう会わない」と伝えるのだった。
だが、それを聞いた心兎は、再び自分のせいで彼女が傷ついていると思いこみ、「分かった絶対会える。俺、智夏が怖がらない男になるから!」と宣言して、勢いよく立ち去っていくのだった。
「心兎、何を考えている。待て!」と言う静止も耳にはいらず、1人取り残される智夏。
そんな彼女の正体は、男と分かれば誰彼構わず鞄から取り出す日替わり武器で動脈目がけて襲いかかってしまう、強く麗しい女子高の王子様だった。
美しい御令嬢たちに囲まれている智夏は、その抜群の運動神経と大の男嫌いを買われ、同級生たちのボディーガードとしてナンパな男を撃退している間に、「智夏様」と呼ばれ慕われるようになってしまったのだった。
しかし、当の本人はただの男嫌いではなく、自分のために身を粉にしている心兎のために、男嫌いを克服したいと思っているのだが。その度に彼女の恋人の座を狙う女子生徒から「男とはいかに下衆でおそろしいものか」を言葉で刷り込まれてしまうため、彼女の男嫌い(もとい攻撃性)は酷くなっていくばかり。
そんな時、智夏は心兎からある連絡をもらい…。
一方その頃、「メリー★ベリー」でバイト上がりの篤丸は、恒例行事になってしまったスタッフ用出口で待ち伏せをする心兎を見てため息をついていた。
篤丸の姿を見るなり深々と頭を下げ、「俺を男の娘にしてくれ!」と言う心兎。
しかし、出会いがしらに最悪のイメージを植え付けていった彼に、中々篤丸は首を縦に振らない。
「僕のことキモいとか思ってる奴に、どうして時間を割かなきゃいけないの?」という篤丸に、今でも微かにそう思っている心兎は答えられない。
こうして、男の娘の弟子入りを断られた心兎は、今日も悔しく唇を噛むのだった。
だが、心兎の心は中々折れない。どれだけ篤丸が冷たくしても、「メリー★ベリー」を出禁にしても、どこまでも追いすがって「俺を男の娘にしてくれ」とついて来る。
いい加減しびれをきらした篤丸は、「もう! どうして、その女のためにそこまでするの? 子どもの頃の間違いをまだ許さないような奴なんでしょ」と心兎に問いつめ。彼も心の中でいつまでも自分に振り向かない智夏に対して、苛立ちを感じていたことを認める。
しかし、本質はそこではないのだ。智夏を守るために強くなったのも、謝りたいからつくすのも、苦しむ彼女のためにつくすのも、本当はただ智夏のことが好きだから。
「智夏が好きだから。絶対にあきらめたくないから、男の娘になりたいんだ!」
そんな必死な彼の様子を見た篤丸は、「デリカシーなさ男がそんなに夢中になる女なら気になる。僕も会いたいから手伝ってやるよ」と答えてくれる。
喜ぶ心兎だが、「でも僕、かわいくない子には手厳しいんだ」と、微笑まれながらバイトの面接表を渡され固まる。
「かわいい男の娘に一日でなれると思ってるの? おまぬけさん」
こうして、心兎は男の娘になることを交換条件に、「メリー★ベリー」でバイトをすることになってしまったのだった。
それから数日後、心兎から「一週間後、このバイト先に来て。待ってるから」と連絡をもらった智夏は、「メリー★ベリー」を目指して歩いていた。
だんだん人気が無く、裏路地に向かって行く智夏は「まさか、私のために心兎は危ない事をしてるんじゃ…」と青ざめていくが。
「こんにちは、私心兎の友人です! 今日はお呼ばれして……」と店内に入って来た彼女の顔には目元まですっぽり隠れた馬用のメンコが。
「うわぁ! 不審者だ!」とお客が悲鳴をあげ、パニックになる店内。危ない事をしているのは智夏のほうだったのだ。
慌てて「違います! 私は心兎に会いに…」とメンコを外そうとする智夏だが。
その時、「智夏?」と聞こえて来たのは、聞き覚えのある彼の声。驚いて声の方を振り返る智夏だが、そこには可愛らしい女の子にしか見えないメイド姿の心兎が立っていた。
「心兎なのか?」と尋ねると、恥ずかしそうにうなずく心兎。
「どうだ、似合ってるか。変だと思うかもしれねぇけど。俺、智夏に会いたくて―!」と顔をあげる心兎。そこには10年ぶりに素顔を見せた智夏が、立っていた。
まるで昔のように笑顔を見せる智夏に、ドっと胸を高鳴らせる心兎。
しかし、彼女はそんなこと露知らず、「すごいな! 全然男に見えないぞ!」と興味津々に近づいて来る。まるで夢のように、手を握られてキャパオーバーになりそうな心兎だが。
「今の君なら手も握られる。嬉しい、ずっと会いたかった」と智夏に言われ、「俺も……会いたかった」とまるで告白のような表情で伝える心兎。
だが、その瞬間に喉元に突きつけられていたのは、智夏の鞄から取り出されたエアガンだった。
お互い「あれ?」という表情で固まる、智夏と心兎。容姿が男でなければ大丈夫なはず…じゃなかったのか?と混乱する心兎だが。
その時、2人の間にメイド服姿の篤丸が割って入って来る。これ以上店でトラブルを起こさないように、「君が心兎くんが言ってた幼馴染の子? あ、僕は篤丸。店で一番可愛くて、心兎君の先生だよ。よろしくにゃん」とあいさつをしただけなのだが。
彼を見て智夏は「ハッ!」と強く息をのみこむ。そして、驚く篤丸の手をがっと掴むと、「好きです!!」と告白するのだった。
【終】