【2021年度卒展に向けて #5】菱川勢一先生が語る卒業制作と卒業生への思い
基礎デザイン学科専任教授に「今年のゼミの出来事」や「卒業制作の意義」「先生ご自身の学生時代」を語っていただくスペシャル企画!
第5回目は菱川勢一先生です!
嬉しかったのは、こんな状況でも
突破口を見つけて進む生徒たちを見れたこと
──まずは率直に今年のゼミを振り返ってみての感想をお伺いさせてください。
本当に学生たちは気の毒だな、という一言につきます。会いたくても会えないっていう状況の中でもみんなよく頑張ってくれたなとは思います。今までの菱川ゼミの合宿は、ニューヨークとか台湾とか、海外だったのにそれができない。合宿に行ったときはデザインの話は1ミリもしてなかったですけど、でもそのときに彼らが得たものはいっぱいあったんじゃないかなと思うんですよね。学生たちもこのコロナという状況下でいろいろなことを考えたと思うんです。ただ、いつまでも残念だって言っててもしょうがないから、ぜひともタフに、今までと違う価値観でやっていって欲しいなとは思っています。新しい扉が開いたと思って、「また何かが始まるんだ!」という予感を感じながら進んでいってほしいなと思います。そういう話を常にゼミではしています。
──ゼミのときに菱川先生が学生たちに気をつけて欲しいと意識されていることを教えてください。
4年生のみんなには「卒業したからって自慢にはならないよ」ということは、端々で言ってます。大学で一生懸命学んだことも、社会に出たらどんどん忘れていっちゃうんですよね。それでも記憶の中に入れて知識にしていくということこそが、本当に「学ぶ」という行為なのかもしれないと思っています。例えば、先生から何か教わるというのは、実はかなり受け身な話だったりするんですよね。だから僕は常にゼミで「先生のいうことに学びはある。でも先生はすでに過去の人で、今を生きているのはきみたちなんだよ。だから先生の言葉の中で参考になるものがあったらいいや、くらいの感じで聞いといた方がいい」って伝えています。要するに原研哉先生に習ったからといって、グラフィックデザインの大家になれるとはまったく限らないんですよ。でも大学では先生方のちょっとした参考になる貴重な話を毎日聞けるので、そのいいとこどりをしてくださいって言っています。
──菱川先生は学生が制作に行き詰まったとき、どんな風に声をかけてらっしゃるのでしょうか? 先生ご自身がデザインに行き詰ったときの解決法も合わせて教えていただけるとありがたいです。
僕自身の話からすると、まったく行き詰まらないんですよ(笑)。多くの美大生が勘違いしてるんじゃないかなと思うポイントがあるんですけど、手を使って作ることとか、パソコンに向かって作ることがクリエイティブだと思ってると思うんです。でも僕にとってクリエイティブとは、何を作るかっていうことを考えて「よしこれを作ろう!」ってとこまでで、あとは作業なんですよ。シナリオとか、これを作ろうっていうのを決めていたとして、それをかたちにする段階で行き詰まるというのは、恐らく作業しながら考えてるからだと思うんです。だから僕は映像の授業のときは、「3週間の期間があったらシナリオ書くとかアイデアを練ることにその2週間を使ったほうがいい」と言うんです。作業は2週間何もやらなくていいから、普通にボーッと考えることが大事で、それを一気に1週間でかたちにするやり方をやってみてほしい。こういうことをやらないと、いつまで経っても制作のスペックが上がらないし、作ってるときに考えてしまうんですよね。考える時間と、作業する時間はちゃんと分けたほうがいいと思います。だから僕が行き詰まった人に声をかけるとすれば、「考えをまとめてから作り始めないとこうなるよ。ちゃんと考えよう」と言いますね。
──今年のゼミで印象に残っていることを教えてください。
個人差はあるけどみんな一度は病みました。まあそりゃそうですよ。でも彼らがいろんな突破口を見つけながら徐々に生き返って来る感じを目の当たりにさせていただきました。それをいろんな場面で見れたのは嬉しかったですね。例をひとつ語ると、ものすごく行き詰まってた学生がいたんです。その子に特に根拠があったわけじゃないんだけど「3DCGとかやればいいんじゃないの」って話してみました。彼は3DCGに苦手意識があったみたいだけど「騙されたと思ってやってみたらどうかな、今のソフトはちょっと進化してるよ」ってちょっとしつこく言ってたら渋々やってみようみたいな感じになったんです。その後の彼は凄かった。どハマりしちゃって、卒制そっちのけで次から次へとLINEで僕に画像を送ってくるようになっちゃったんですよ。そうやって火がつくというか、エンジンがかかるのは、教員冥利に尽きるし、一緒にやってて新しい才能が開花する瞬間に出会えているような気分にもなります。彼のエピソードを代表例として話しましたけど、そんな場面をこういう状況だからこそ見れたところもあると思っていて、それは僕にとっても彼らにとっても大きな収穫だったんじゃないかなと思っています。
何万何億という生き方の情報から
自分のピントに合うものを見つけてほしい
──菱川先生が今の私達の年齢の頃(20代前半頃)、ご自身の「制作」で意識されていたことを教えてください。
僕の生き方とかやってきたことっていうのはあまり参考にならないんだろうなって思います。なぜなら時代が違いすぎて、兎にも角にも情報が無かったっていうところが功を奏している状況があるからです。僕らの時代はネットもないし、携帯もなかったので、情報を手に入れられなかった。でもその分は少ない情報の中でいろんなことを模索するような日々だったと思うんですよ。そう言えば「僕がやってることはこれでいいのかなぁ?」と当時はよく考えてましたね。でも今の時代を生きているみなさんは情報はいっぱい手に入れられる分、ありすぎて迷うっていう感じになってる印象です。僕がみなさんに言いたいのは「何万何億という生き方のいろんな情報があるこの時代には、きみの羅針盤になるというか、ピントが合うものがいくつもあるんだよ」ってことです。探そうと思えば、いくらだって見つけられるはずだから、それを見つけられたときは「縁」だと思って信じた方がいいと思います。そう考えたときに、僕らみたいな先人がやってきたことで参考になるのは、も
のづくりに関しての「姿勢」だけなんじゃないかなと思います。
──「卒業制作」とは私たち学生にとって、どんな位置づけのものだとお考えですか?
学生のみなさんが初めて社会へ向けた、他人に見てもらうってことを前提にした作品制作だと思います。それまでは1人よがりで、自分でやっててよくて、課題制作で先生の評価をもらうだけのものだったけど、今回は展覧会が待ち受けていて、知らない人に見せることになる。例えば、展覧会をやった時に知らないおばさまが観に来て「素敵よねこの絵」って言ってくれるのを目の当たりにするわけです。だから実は制作そのものの重要性よりも、その手応えというか「達成感」っていうところが卒業制作の大きな意義なんだろうなと思います。そういうことなので、僕は少なくとも毎年自分のゼミ生たちには「自分の作品の横に立って、会期の間はずっとそこにいろ」と言います。来てくれた人たちがどんな目で作品を見てくれているか、どんな風に作品を感じて喜んでくれるかをたっぷりと味わえる。そんな機会はなかなか無いんですよね。卒業制作することを存分に楽しんで、最後の自分を褒めるために「作ってよかったなあ」って思えるように体感してくださいって思います。
──今年の 2022 年卒業生に向けてのメッセージをいただきたいです。
コロナ以前にあった「常識」に囚われないで、生きていって欲しいなと思います。自分がこうしようって思うことは兎に角、迷わずにやった方がいい。ダメだったら辞めればいいってだけの話なんですよ。それをついつい怖がっちゃうっていうか、時間を無駄にするって考え方とか、損をするって考え方もあるかもしれないけど、無駄っていうのはやっぱり結局二の足を踏んでやらなくて、そこに留まったことなんです。やってダメだったら普通にやめて切り替えればいい。例えば、フリーで頑張ろうと思ったけどちょっと上手くいかないなら「私フリー向いてないんだな」ってさっさと就職した方がいいと思います。
──ありがとうございます。では、卒業制作展に来場されているみなさまにメッセージをお願いします。
学生のみんなが二度と訪れない大変貴重な2021年を費やして作った作品です。ぜひ心してみてもらえたらと思います。
──最後になにかもうひと言だけお願いします!
えーーと、、、じゃあ取り留めのない最近気になってる話をします。何かに急にハマったり飽きたりするでしょ? あのハマる瞬間って、何がきっかけでなんでそれにハマったんだろうってすごく気になるんですよね。ハマった瞬間に自分の中で何が起きたかわからないんだけど、なぜか止まらなくなっちゃう。僕の場合、先週まで1ミリもそんなこと思ってなかったのに急に今週になって「車買い替えたい!」みたいなこと考えてるんですよ。ずっと「何にしようかな~」ってカーセンサーを見てる。別に買い換える必要なんかないのに「なんか……車欲しくなってきちゃった」ってことに囚われる。あの瞬間には何が起きてんだろって思うんです。もうそれからずっと「なんかいい車ないかな」って探してます。こういうのがあるから人って面白いなと思うんですよね。なんの脈絡もないのに、世の中全体が急にハマってブームになることもあるわけです。SDGsなんて急に今頃どうした?だいぶ前から地球が大変なんてこと言ってたのに、急にヒットしてみんながハマっていく。そんな世の中ってやっぱりすごく面白いなって思ってます。
(取材編集・有田礼菜 大場南斗星 松尾花)
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