『ミニコラム』LD50とLC50について
初めに
毒にも薬にもならないという言葉がありますが、世の中の大抵のものは薬にはならなくても量によって必ず毒にはなります。特に化学実験で用いる試薬は全て何らかの毒性を持っているといっても過言ではありません (抗癌剤の研究のために発癌性の高い試薬を使ったり、耐腐食性の材料を合成するために腐食性の高い試薬を使うなんて言うのは日常茶飯事)。しかしながら人間は慣れてしまうもので、初期のころはビビっていた学生さんもだんだん世間一般の基準では猛毒といわれてもおかしくないような物質をホイホイ買って何の警戒心もなく使い始めるようになるものです (筆者の経験上)。化学と文明の発展の為なら寿命が縮もうが本望だという殊勝な方もいるでしょうが、化学物質というものは扱いを誤れば自分自身だけではなく周囲の人間もその影響に巻き込んでしまいかねないものです。自分の為だけではなく周りの人間と環境の為にも、今自分が扱っている物質、並びに今後扱うであろう物質がどのような特性(特に毒性)を持っているのかをしっかりと確認・把握する癖を早めにつけておくことが大事です。
毒性の指標 -LD50とLC50-
毒性については短期的な暴露 (急性毒性:俗にいう直ちに影響がある)と長期的な暴露 (慢性毒性:俗にいう直ちに影響はない)という二つの観点から評価する必要がありますが、化学物質が健康に及ぼす影響についての指標としてはどちらかといえば急性毒性の方が重要視され、その急性毒性の目安を示す尺度としてLD50とLC50があります。
LD50は経口もしくは経皮毒性を表し、その物質を試験動物群に経口もしくは経皮的に暴露させた際に50%の個体が死亡するのに必要な試験動物体重1㎏あたりの化学物質mg量として定義されます。(すなわち単位はmg/kg)
LC50は吸入毒性を表し、その物質を試験動物群に4時間吸入させた際に50%の個体が4日以内に死亡するのに必要な空気1Lあたりの化学物質mg量(もしくはppm)として定義されます。(すなわち単位はmg/L、もしくはppm、%)
注意点としてLD50とLC50はその量以上を与えた時に50%の確率で死ぬというものではなく、どちらも個体群の50%(半数)が死亡する量を示しているということです。例えばエタノール(酒)のLD50は6200-17800 mg/kg程度といわれていますが、人によって酒の強い弱いがはっきり分かれるようにある個体は4000 mg/kg程度で死亡するかもしれませんし、逆に20000 mg/kg以上摂取してもぴんぴんしている個体だっているかもしれません。同じ動物同じ物質であっても感受性には大きな個体差があります。
LD50とLC50はその細かい数値にあまり意味はなく、あくまで毒性の比較と警告という単純な目的でのみ有効な指標です。また、人間を使った実験は全盛期のナ〇スでもない限り人道的な観点で不可能なので、得られるデータはラットやマウス、うさぎのものに限られます。なのでどこまで人間のそれにあてはめられるのかという問題もあります。なのでLD50量未満だから適当に扱っていいとか食べちゃってもいいとかそういうわけでは決してないことは肝に銘じておいてください。
LD50とLC50の値と実際の毒性との関係については概ね以下のようになっています。
表1. LD50,LC50と毒性の強さの関係
何度も言いますがこの指標はあくまで目安でありその物質が持つ単純な毒性だけで評価しているものです。少なくとも現代の日本においては、中毒を起こした人の生き死にを左右するのは物質自体の毒性よりも治療法が確立されているかどうかの方が大事になってきます。例えばふぐ毒として有名なTetrodotoxinのLD50は0.01mg/kg程度、過去に連続毒殺事件で使われた農薬成分であるParaquatのLD50は100~200mg/kg程度であり、単純に両者を比較すればTetrodotoxinの方が圧倒的に毒性が強く危険なように思えます。しかし、実際のところは早期に適切な処置が行われればTetrodotoxin中毒 (ふぐ中毒)はほとんど後遺症なしで救命できるのに対し、Paraquat中毒はすぐ病院に担ぎ込んでも命を落としてしまう可能性が高く、また生き残れても重篤な後遺症が残る可能性も高いのです。
肝心のLD50とLC50をどこで調べるかという点については、購入した試薬なら大体試薬メーカーのHPにあるSDS (安全データシート)内の有害性情報的な欄にのっています。その物質が出てから日が浅いとかマイナーだとかだったらのっていないことも多いですが、汎用試薬や歴史のある試薬ならほぼのっているはずです。実験で使う物質は事前に把握できるはずですから、必ず調べてから実験に臨むようにしましょう。
もっとも、最近は実験動物の価格高騰や動物愛護だのなんだのでLD50とLC50を記載していない(記載できない)ものも増えている傾向にあるようですが。
主な溶媒のLD50
さて、以上がLD50とLC50についての紹介でしたが把握できましたでしょうか。せっかくなので普段よく使うような物質のLD50とか紹介しようかと思ったのですが、数が膨大ですし研究分野によって偏りも激しいので流石にきりがなく諦めました。そこで本項では化学実験においてなくてはならない溶媒のLD50をまとめてみることとします。溶媒だったら大体似たようなものをみんな使いますしね。
表2. 主な溶媒のLD50 (値は全て関東化学さんのSDSより)
さて、表2を見ていただけましてもこのLD50という値がいかに参考にしかならないかというのがお分かりかと思います。LD50を鵜呑みにするならメタノールの毒性はエタノールとどっこいということになってしまいますが、現実的にはエタノールとは比べ物にならないくらい人体には有害です。これはラットと人(霊長類)のメタノールに対する感受性の違いによってこのような解離が生じてしまっているので、LD50だけでは人への毒性を完全に評価できないといういい例です。また、表2の値はあくまで経口であって、化学実験では溶媒が人体にかかってしまうというケースの方が飲み込んでしまうというケースよりも多いでしょうから、経皮毒性も考えるべきですがこれもラットの皮膚と人の皮膚は大きく異なるのでほんとに参考ですね。面白いのは水にも一応SDSがちゃんとあってちゃんとLD50評価も行われているという点です。超純水は不純物がない分体の成分がより薄まりやすいので水道水とかよりも毒性は強いと考えられます。清水に魚棲まずってわけですね。
まとめ
相手が持つ毒性はきちんと調べ見極めましょう。化学実験においても人間関係においても。