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【読書日記】労働が気晴らしになるときーー川崎昌平『同人誌をつくったら人生変わった件について。』

 働いているときにこれは気晴らしだ、とおもって働いている人なんかまあそうそういないだろう。でもそうおもえるようになるんじゃないかという可能性を見せてくれる本に出会うことができた。川崎昌平『同人誌をつくったら人生変わった件について。』がそれだ。

 実は以前に、この本のもとになった『労働者のための同人誌入門』の第一巻を電子書籍で読んだことがあった。続きが読みたいなぁ…とおもっていたら、気づけば幻冬舎から単行本として出版されていた。マンガだからということもあったが、梅田の紀伊国屋で買って、最寄り駅までの電車の中で一気に読み切ってしましまった。そして読んだ後で浮かんできた言葉が、この文章のタイトルにした「労働が気晴らしになるとき」だったのだ。

 ストーリーをごく簡潔に示しておこう。このマンガでは、主人公のA子が自分で同人誌を作ることを通じて、まさに「人生変わった」お話しだ。実際、A子の仕事はそこそこ上手くいき始めるし、何なら結婚までする。でもこの「人生変わった」は何かドラマティックなものではない。マンガの間に挿入された「A子の語り」に直接語らせるならば、「労働をベースとした「変わらない日常」が、変わらないまま、少しく光って見えるようになった」。これが同人誌づくりがもたらした「人生変わった」の全てだ。

 別に同人誌を作っても大して儲からないし、何なら赤字だろう。時間もかかる。以前と同じく労働は続いていく。何も変わっちゃいない。でもそのままで、全ては変わる。どのように?再び「A子の語り」から。

同人誌をつくらなければ、労働は退屈な日常の象徴でしかなかった。でも同人誌をつくった途端、労働が一種の癒しになったのである。まさか働くことで「気が紛れる」日が訪れるとは夢にも思わなかったため、私は少し以上に興奮した。

同人誌を通した自己表現。それは特に最初のうちは自分の中にとても大きな恥ずかしさを生み出す。だからその恥ずかしさを紛らわすために、「気晴らし」として、労働する。そのとき労働は、「羞恥に身悶えしそうになる瞬間……その積み重なりを、当事者すら忘れそうになる規模でかき消してくれるという効能」を発揮している。

 このようなわけだからマンガの中でA子の仕事は上手くいき始めた。もちろん、現実にはそう上手くはいかないかもしれない。でも大切なのはきっと、労働の役割が通常とは反転しているような事態が生じていることのほうなんだろう。クソみたいな労働が、日常があって、それを一時忘れるような趣味の時間が、非日常があるというのとは別のあり方がここにはある。こういう意味でこそ、同人誌は人生を変える可能性がある。

 ところで以上の話、これは私のここ数年の悪い癖なのだが、途中からアイドルと重ねて読んでいた。というのも地下アイドル、メンバーも、運営も、大抵働きながら(でなけりゃ大抵は学生しながら)アイドルとかその運営をやっている。儲かるか?多分そんな儲かってないだろう。それでも結構みんな続けるし、一度アイドルを辞めてもまた再びアイドルになる人も多い。

 全ては自己承認欲求が満されるからだ、とかいって何かをわかった気になるのはたぶんあまりよろしくない。だいたい承認欲求なんて多かれ少なかれ誰にでもある。もちろんそういうものがアイドルとかに全くないとか言うつもりもないが、それだけでもないだろう、という話だ。本書を読んで考えたのは、アイドルを続けたくなる理由の一つとは、アイドル活動において自分を表現するということ、その結果ではなくてその行為そのものによって、まさに「人生変わった」からではないか、ということだった。

 さらに言えば、オタクがアイドルに惹きつけられ、人格が変わっていったりすることがある理由もまた、ここにあるのではないか。確かにアイドルにハマったオタクたちは、やたらと自己表現を始める。写真を撮る、動画を撮る・編集する、絵を描く、曲を作る、MIXを打つ、ツイートが増える、文章を書く、そしてまさに同人誌を作る場合もある(ついでに言えばアイドル運営を始めちゃう奴らもいる)。これはまさに、同人誌をつくることで自己表現をする会社の人たち、あるいは他の同人誌を読んだことによって、A子が次第に同人誌をつくることに本気になっていった過程を想起させる。

 というわけで『同人誌をつくったら人生変わった件。』は色んな人にお勧めできるが、特にアイドルオタクにおすすめしたい。もしあなたがアイドルによって「人生変わった」と感じているなら、それはどのような変化だったのかを、この本を読むことでより正確に言語化できるようになる可能性がある。さらには、自分の中にあるささやかな自己表現の萌芽を、「労働が気晴らしになるとき」のほうへと育てていくきっかけも掴むことができるかもしれない。こんな可能性から目を逸らすことは、そう簡単なことではないはずだ。

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