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紫陽花

———これは5人の男との出会いを通じて生き方を学んだ女の物語である。

 私は普段、鏡を見ない。自己というものを自覚したことがない。いつも他人の顔色を伺って生きてきたように思う。とにかく仲間外れにだけはならないよう、自分を殺し、他人に好かれるようにして生きてきた。
 心と身体の成長と合わせて、関係を持つ男性も何人か出来たが、そのうちとても印象深い5人の男との出会いに纏わる話をしたいと思う。

 言い忘れていたが、私には他の人にはない少し変わった特技というか特性がある。それは、相手の印象を色に例えて感じることができるというものだ。もちろん、視覚的に見えるわけではなく、なんとなくこんな色?と言った具合で捉えてもらえたらいい。

 1人目。仮に赤の男と名付けよう。
 彼はとにかく情熱的で、夢があって、いつも何かを追いかけているような男だった。私にとっては初恋の相手で、憧れの存在だった。私はその頃から他者の観察眼に長けていたからなのか、彼が女に何を望むのか、まるで手に取るようにわかってしまったから、私の行動はすぐに彼を夢中にさせた。デートで必要になるお金は全て彼が払い、私は全く支払ったことがない。彼はそれを誇らしげにしていたから、私も甘えてしまっていた。だがそんな生活も長くは続かず、彼は私が常に従順な態度であったことに飽きたのか、すぐに別の女を見つけ、はっきりと別れを告げてきた。「つまらない女だ」という捨て台詞と共に。

 2人目。仮に青の男と名付けよう。
 彼はとにかく知的で冷静で、全て計画通りに進まないと気が済まない男だった。何を隠そう、当時私が勤めていた会社の上司である。時に冷酷な決断さえ気兼ねなく行うその様は、マネージャとしては評価されたが、人間としては好かれるポイントは少なかった。ただ私だけは、彼に合わせて接することができた為、夜の相席を通じて、所謂そういう関係にもすぐに進んだ。私だけに見せる女性に夢中になる姿は、奇妙なことに喜びを感じたと思う。当然ながらそんな日々も長くは続かず、彼は仕事上の不正が発覚し、その責任を取らされて左遷。私も彼にとっては清廉潔白を証明する上では煩わしい存在でしかなかったのか、冷酷な別れを告げられた。

 3人目。仮に緑の男と名付けよう。
 私が仕事をNPO団体の活動に変えた時に出会った彼は、とにかく人の為に行動する利他的な男だった。ボランティアを主とする働きを当たり前のように行う人間というのは、誰しもが利他的な考えの持ち主だとは思っていたが、彼ほど自分を投げ打ってでも他者のために働く男と出会ったのは初めてだった。私はそんな献身的な彼を称えるように応援し、共に活動していくにつれて、お互い引かれ合った。二人ともそろそろ良い年齢ということもあり、結婚も視野に入れた交際がスタートしたが、とにかく彼は金銭的な余裕が全く無かった。志だけで飯は食えない、といえば身も蓋もないなと、考えていた矢先、彼の口が告げた衝撃の言葉「うちの両親がもっと自立したお金持ちの女性を選びなさいって言うんだ。ごめんよ」と言う信じられない理由で別れを告げられた。利他的な考えもここまでくると病的かもしれない。

 4人目。仮に黒の男と名付けよう。
 正直、この時の記憶はあまり鮮明ではない。彼とは夜の街で知り合った。絶望的に無気力で、いつも「死にたい」と言っていた。よくあるいい話もすぐに間に受け、人に騙され、連帯保証人になり、自己破産し、何もかも上手くいかないダメな男だった。今思えば不思議で仕方ないのだが、その時の私はなんとかしてあげたいと思った。なぜなら、彼の目だけは死んでいなかったから。いつもギラギラしていて、まるで闇夜の中で月明かりに照らされた瞳を持つ狼のような目をしていた。彼には音楽の才能があり、夜の街を転々としながら歌うたいの仕事をして食い繋いでいた。私はその才能を支えるために資金援助をし、生活をも共にした。ところがある日、彼は私に「海に行こう」と言い出し、言われるがままついて行った私は崖の上で抱き留められ、そのまま真っ逆さまに海の下へと、彼と共に落ちていった。そこからの記憶は定かではない。気づいたら私は、浜辺に流されており、奇跡的に一命は取り留めた。彼の姿は確認できない。その後の消息も知るよしもなかった。

 5人目。そう、彼はその浜辺で出会った。
 私を見つめるようにして立っていた。これまでの男は、私の中で色として認識することができていたが、この男だけは何も感じれられなかった。そう、何色でもないのだ。そんなふうにして彼のことを不思議そうに見つめていると、彼はこう言った。

「他者に合わせて生きた君の人生は、幸せだったのかな」

 私は一体何者なのだろう。
 正直自分の顔さえ思い出せない。最後に鏡を見たのはいつだろうか。これまでの男たちの眼に写った私は、一体どんな姿だったのだろう。彼らにとって私は、きっと写鏡だったのだ。私を通じて自分自身を見ていた。だから嫌気が差したのだろう。己というもっとも嫌悪する存在を客観的に認知することで、その分身体である私を切り離したのだ。私は外的に得た性質を以って、様々な彩りの姿を見せていたのだろう。それは梅雨の時期に咲く紫陽花を連想させた。ともあれば、彼は何に喩えようか。何にも染まらない、全てを浄化するような真っ白な蓮の花が相応しいかもしれない。
 私は彼の姿をもう一度見た。髪は黒く前髪が長すぎて目元が完全に隠れてしまっている。白衣を身に纏い、まるで科学者か医者のようだ。その袖口から私の方へ差し伸べられた手は、驚くように白い。

「これからは他の誰でもない。たった一人の君自身で、好きなように生きるといい」

 私はその手を取り、彼の瞳に映る自分の姿を見た。
 ずぶ濡れで、何てみっともない姿だ、と思った。

                                                              ——————Colors 2020 edition.closed.

 

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