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才能と獅子座

絢爛たるグランドセーヌを読んで

感動したところ

32話より

エミ「奏や桜でも、何かを目的に踊ったりするんだ。バレリーナは純粋に踊ることだけを楽しめないといけないのかと思っていた。
だから、あのときはバチが当たったんだと思った。大人たちに誉めてもらおうとしたのがいけなかったんだって。私を選んで良かったって、その言葉を欲しがったのがいけなかったんだって。」

36話より

梨沙「私はさきや奏ちゃんみたいに時間を忘れるほど踊りに熱中することはなかったけど、トゥシューズの加工は時間を忘れて没頭してたな。
このデザイン画もね、二人のレッスン見学したあと、一人になったら一気にイメージが沸いてきて、帰宅して色々手を加えたら、いつの間にかこんな時間!」
奏「え?もう八時間も経ってるのに。」
梨「熱中できることがあるって、幸せ。それを仕事にしたい。奏ちゃんもそうだよね。」
「うん…!//」

この会話を聞いて、泣きそうになった。
私は勉強するのも、知るのも大好きだ。
でも、お世辞にも勉強が得意とは言えない。
特に算数は計算間違いが目立った。
ミスばっかりするし。しかし、何故これに拘ってしまうのか?本当に、知識を得てこの世的なものを発明をするという私の目的において、時々計算ミスをしてしまうことはそんなに重大な問題なのか?

私はかつて、勉強することを諦めた。
純粋に人と比べて出来なかったから。私には、ただ才能がないのだと思っていた。
でも、その意識からそれ以上進めなくなっていたのは幼稚園の頃からずっと同じだった。出来の良い妹と比べられること、他の子供たちを親が誉め、私に出来ないことを口酸っぱく注意される度に、苦しくて、辛かった。親友の成績と比べられたときや、仲の良かった子が全員中学受験をして去っていったときも、それを母が誉めては私をけなす時、腹わたが煮えくり返るほどの強い怒りと悲しみを覚えたが、それを表現すればどうなるか分からないから押さえつけるしかなかった。
…只、ありのままを認めてほしかった。…
そんな状態だったし、今思うと、才能が開花しなかったのは当たり前だった。一番はじめの段階で熱を失っていたのだから。


才能は結果じゃ図れない。その人が自分に限界を感じて熱を失えば、どんなトップアスリートで活躍していてもただの凡人になるだろう。
才能は自分にとっては未来の可能性であり、他者にとっては結果であり、熱を失った過去の遺物だ。
だから、本当の自分の才能の有無を知るには、自分の熱量で量る以外に方法がない。

アインシュタインは人生についても相対性理論で説いた。
「熱いストーブの上に手をおけば一分は一時間になるし、かわいい女の子と一緒にいる一時間は一分になる」
単純に好きか嫌いかの話だけではない。
これは、夢中になれるかどうかの話だ。
才能の話をする場合、何かに夢中になっているとき、その熱量を持つ人を天才と呼ぶのなら、他者が結果を得るために乗り越えなければならない何千倍も密度の濃い時間を天才は生きている。
熱量の放出とそれに伴う行動は通常の何倍もの濃密な時間分の実績を作り出す。
その実績を見て、一般的な基準やその人に対するイメージに合わせて、只人は天才だとか、変人だとか、才能だとか、オタクだとか言うのだ。他者には空っぽのイメージしか伝わらない。だから彼らはその本質を理解されることが少ない。

才能がないからと諦める前に、過去の清算をしよう。過去の清算とは、心の清算だ。
勿論この世には出来ないことはある。でも、出来ないことは必要ないから出来ないだけで、自分にとって必要なものは常に出来ていたはずだ。
好きなことだって、熱がそこに宿る限り才能はある、生きている。今まで出来なかったから諦める理由が何処に在るのか。全ての一般的な基準を取っ払って、自分の持つ才能に価値を与えることが、自分の人生に光を与えてくれる。
それは獅子座の熱感覚に似ていると思う。

見つかった才能を仕事に出来ればそりゃ万々歳だけど、出来なくても良い。仕事にすることはリスクも伴う。結果がでなければ社会とぶつかって楽しめないことの方が多くなるし、そこで熱を失えば、才能は死んでしまう。
でも、今出来ることと好きなことを組み合わせながら仕事できたら最高だなと思う。


( ´∀`)σ)∀`)

才能の話をするのなら、他者に聞くよりも自分の内側に問いかける他無いのだから、他者を参考にする必要はない。才能がないからと好きなことを苦々しい気持ちで諦めるのは、太陽に背く行為だ。その欺瞞はいずれ土星の力によって暴かれる。その際にはきっと心を抉るような痛みに襲われることになる。その痛みに耐えられる人間はいない。結局、同じ道に立ち返るだろう。

才能は獅子座の熱感覚だ。
太陽には抗えない
…だって、あなたが太陽なのだから。


true to your heart

人間はいつか死ぬ。

そのときが来るまで輝かないで
無為に時を過ごす理由が

一体何処に在るというのか。


今年のハーモはYOD頂点太陽獅子座1度。こんなことを考えている私でした。








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