僕だったら。
僕は老人ホームで働いている。
最近は寝落ちしてしまって
毎日記事を書くつもりがサボりがちに。
しかし、
やっぱり書くという行動は
思考を形にすることなので、
形にして、見で見たからこそ
気づけることもある。
特に嫌なこと、
気になることがあった時は
筆を走らせてしまう。
#走ってるのは親指だけども
年齢を重ねてくると、
誰しも、老化は起こる。
医療は発達し、寿命は伸びた。
徐々に、体力・筋力は低下していき、
簡単に言えば、僕ら介護の手が必要になってくる。
その低下の原因が、老化ではなく、
病気であればどうか。
今日はあくまでも
「僕がこう思う」という個人的な考え。
正解なんてない話。
自分の病気のことを、
知らされていない方がいる。
ご家族が、
『もうこの歳になって悲しい思いをさせたくない』
と、知らせないことになった。
僕ら施設側は
「承知しました。ではこちらからもお伝えしないようにします。』と
言わざるを得ない。
…そう、正直、
言わざるを得ない、だけで、
理解はしてるが僕個人としては
全く共感していない。
ご家族が、言いたいことはわかる。
もう老い先短い身で、
新しい病気が見つかったとしても
手術ができるわけじゃない、とか
それを伝えたって…と思う気持ちは、わかる。
理解できる。
でも、キツイ言い方になるけども、
それを言って傷付きたくないのはご家族で、
本人にそれを言う勇気がないからじゃないのか。
本人にそれを聞いていない以上、
それで悲しむかどうかはわからないじゃないか。
言い方が難しいな。
悲しむと思う。
悲しむと思うけど、
黙られているより、
本人が理解できるじゃないか。
自分の状態を、
理解して納得して過ごしていけるじゃないか。
また、
「言っても忘れてしまうから。」
と言われる方もいる。
なら尚のこと、
僕らに何度でも説明できる力をくださいよ!
忘れてしまうからこそ、
不安になるんですよ!
忘れてしまうからこそ、
今その一瞬、瞬間が
その人にとってむちゃくちゃ大事なんですよ!
そんで、実はけっこう覚えてるからね!
#ふう
僕なら、
あくまでも僕なら、
言って欲しい。
それを受け入れた上で、
進んでいきたい。
毎日頑張っている方がいる。
ご病気の影響で足がどんどん浮腫んできて、
歩くことが難しくなって、
それでも
『歩かんと余計あかんようになるからな。』
と必死で歩いていた。
その方は、頑張れば良くなると思っている。
病気のことを知らされていないんだから。
「なんで良くならんねんやろうなぁ…?」
と、いつもおっしゃる。
どんどんと歩けなくなって、
ベッドからトイレまで歩くのに、
5分から10分かかるようになっていた。
僕たち、職員さんたちは、
『なんででしょうねえ…』と、
笑いかけながらどんどんと増えてくる
その方の援助を行う。
他の方の援助に影響が出始め、
移動は車椅子を使わせてもらうことになった。
もちろん本人にも説明はした。
本人は、心からの納得はしなかった。
できるわけがない。
他の方の援助への影響、
渋々、承諾はしてもらえた。
不満から頻回にナースコールを押すようになられ、
『歩かせて欲しい』
『歩かないとどんどん悪くなるから』と。
多い時は1分ない間隔でコールが鳴る。
鳴り続ける。
だって、動けなくなってきてるのに、
歩くことを手伝ってもらえないんだもの。
そりゃ不満。
不安で。
なんで手伝ってくれへんの?
なんでこんなに動かないの?
なんでこんなに足が浮腫むの?
なんで病院に連れて行ってくれないの?
どう説明しろって言うのか。
こんな辛い話があるだろうか。
本人に事実を伝えないと言う優しさ。
それは周囲が、そして自分でさえも
本人に対して嘘をつき続けるということ。
そして一度それを決めたら、
最後までそれを通す必要がある道。
僕はやっぱり、
僕がもしそういう状態になったとして、
理由は教えてほしいと思う。
もともと僕は嘘が下手。
頭が良くないので、
うまく言うことができない。
嘘をつける人のことを、
ある意味すごいと思う。
そういう力がないから
余計にそう思うのかもしれないが、
正直に話した上で、
一緒にどうするかを考えた方が
いいに決まってるじゃないか、
シンプルにそう思う。
足は動きにくくなってるけども
手は動く。
今僕にできることは、
自分で車椅子をこいで、
好きなように動けるよう練習しよう。
歩けなくても、
自分の好きな時に動けるようにしよう。
今回この方が教えてくれた、
告知するか否か、の考え方。
失礼になるかもしれないのは承知で、
ご家族が迷われている時、
本人への状態の説明は、勧めたいと思う。
教えてくれてありがとうございます。
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