旭川問題が民事調停に〔嘱託医問題〕No.2
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今回は、メルマガ69号(2022.12.15)の配信内容です。
今回は続編として、前回ご紹介したm3.com記事で気になる点を解説します。
m3.com記事での発言について
2022年12月7日付けm3.com記事「旭川医大産婦人科科長ら3人に民事調停、有志が嘱託医療機関求め」では、以下の発言があったとのことです。
(旭川医大産婦人科の)科長からは、「正常な分娩はない。そもそも危険なものに責任は持てないので助産所の嘱託医は受けられない」「大学病院の産婦人科で、嘱託医を引き受けているところはない」などの趣旨の返答があったという。
(旭川医大学長の)西川氏は、「助産所の出産は妊婦の死亡率が医療機関よりも高い一方、妊婦の満足度は高いとされているようだ」
「正常な分娩はない」という前提について
まず1ですが、この前提は間違っています。
医療介入なく終了する分娩は全分娩の9割と言われますから
「1割のお産は正常ではないが、9割のお産は正常な経過をとる」
が真であります。
そのお産が正常な9割のグループに入るか異常な1割に入るかは、必ずしも予測できないために、
「全てのお産は1割の異常分娩に備えるべきだ、すべてのお産は異常だ」
という飛躍したレトリックを生み出したのでしょうが、このように恐怖を煽り医療介入を増やすやりかたは、Humanな医療の本質から外れています。
実際、SBSK制作の動画コンテンツ「自然なお産の再発見 〜子どもの誕生と内因性オキシトシン〜」 にも分かり易く解説してあるように、正常な分娩を異常分娩に準じて進めると、かえって産婦の不安が増し、自らのオキシトシン分泌を減らし、結果、異常分娩を誘発することになります。
その弊害は1960年代以降の施設分娩ではよく見られた現象です。
ですから「正常なお産はない」などと嘯くのではなく、またすべてのお産を異常扱いするのではなくて、「安全に終了するはずの9割のお産を予測し、不必要な医療介入を減らし安全で幸せなお産に資することが、社会で求められる医療の姿勢」と認識すべきでしょう。
私も含め、少なくとも医療者はこの点での真摯な反省が必要だと常々思っています。
「すべてのお産は異常」の掛け声は見直されるべき
異常の判断について述べるならば、医者が胎児の異常を診断する際に利用する胎児心拍連続モニター(分娩監視装置による)は、「胎児死亡を減らすより帝王切開を増やすことに貢献している」として、その判断に当たっては慎重な姿勢が必要だと、専攻医向けの教科書にも述べられています。(*1)
*1:今井賢「産婦人科レジデントの教科書」(日本医事新報社)
実際、WHOも正常経過をとる分娩には、分娩監視装置による連続モニターは必須ではないと説明しています。(*2)
*2:「WHO推奨 ポジティブな出産体験のための分娩期ケア」(医学書院)
この監視装置は、産婦のおなかにしっかりと2本のベルトを巻くため、産婦の行動も姿勢も制限されるので、苦痛を与え、分娩の正常な機転が損なわれることがあるからです。
異常異常という恐怖心喚起の前に、その判定と対応は本当に母子の福祉に寄与するのかを問い直さねばならないという現実もあるのです。
「すべて異常」の掛け声は見直されるべきだと思います。
嘱託医を受けることで新たな責任を負うことはない
また、我が国の妊婦健診は12回程度行われていますが、いくら早期から健診を始めても、またその回数を増やしても異常分娩の予防や死産の防止には貢献しません。
それが定期健診の限界ですから「嘱託医が行う2回程度のスクリーニング健診で責任をとらせられるから困る」などという医師の発言は、どんな場合を想定してのことか私は理解に苦しみます。
スクリーニング健診で、例えば胎盤の早期剥離が予測できるなら別ですが、それは不可能です。
よってそもそも健診は先々の異常を予測できるような精度の高いものではありません。
もちろん高血圧や重篤な内科合併症は見逃してはいけませんが、これは経過中に助産師が健診で気づいて病院に紹介しますから、これも嘱託医の責任問題にはなり得ません。
実際、厚労省からの通知でも、「嘱託を受けたことをもって新たな責任を負わせることはない」と明言しています。
素直にこの通知を読めば、嘱託医を受けることに対するネガティブな発言は無くなるはずです。
医学進歩とは、不必要な医療介入を減らすこと
ところで、この妊婦の不安を煽るやり方は、かつて行われていた骨盤位牽出術や外回転術 ― これらは日本の伝統的な技能であったと思いますが ― に対して、米国を模して「危険」の大合唱のもとに大切な技術を放擲し、安易に帝王切開術に乗り換えてしまった過去の過ちと酷似しています。
エキスパートの技術を、より安全に敷衍するのではなく、初心者でもできる帝王切開に向かったことは、気軽な道に逃げ込んだだけであり日本の医学者の知的怠慢であったと言わざるを得ません。
なぜなら、安全に終了した骨盤位分娩は沢山あり、しかも医師が間に合わず助産師が取り扱ったケースも数多ある中で、ほとんどが問題なかったことは、逆子であっても安全に生まれる一団が多数いることの証左です。
ということは全例を帝王切開しなければならない根拠はない、ということです。
不幸な転機をとった逆子の子がいたことは否めませんが、医学はそのような症例をとおして帝王切開すべき症例と、より安全に行える骨盤位とを分けて管理することできたはずなのですが、すべてを帝王切開に誘導した結果、今や骨盤位牽出術を行える中堅以下のエキスパート医師はほとんどいません。
若手に至っては皆無です。
選択肢がない以上、産婦は帝王切開を強制されているわけです。
一方で帝王切開が、まるで全く有益無害な魔法の医術のように受け止められていますが、これは明らかに間違いです。
何事も自然なお産との比較で損得のバランスの上に選択されるべきですが、帝王切開による有害事象があまりにも考慮されていません。
これで本当に母子のための産科医療といえるのでしょうか? 実に残念な話です。
正常に経過しているお産の予測をより正確に立てて、不必要な医療介入を減らすことこそが医学進歩と私は考えます。
地域のために勇気をもって先陣たれ
さらに産婦人科長は「大学病院は危険なお産に責任を持てないので嘱託医療機関を受けない」といいますが、危険なお産に対応すべき高次病院の役割を考えれば、氏の言動は自家撞着以外の何物でもありません。
それとも助産所は正常な経過のお産を異常に変えていく不思議な場所、とでも認識しているのでしょうか?そうだとすれば古来行われてきたお産というものを、あまりにご存じなさすぎます。
現代の助産所はかつてと違って、危険な合併症妊婦は扱わず、いわゆる低リスクの産婦を扱うので、ほとんどのお産は医療施設よりも安全で安楽に進むでしょう。赤ちゃんもたいていは静かに生まれ、不安や苦痛で泣き叫ぶこともありません。病院で産むより医療介入ははるかに少なくて済むのです。
ただ唯一、突発的な異常として、胎盤早期剥離と羊水塞栓には注意が必要です。これは病院での介入分娩や帝王切開に多いことが日本産婦人科医会のHPにも表記されています。
が、これらは助産所でも起こり得ます。一定頻度で発症し事前予測は困難ですから、三次病院への搬送と対応が鍵となります。
嘱託医療機関だから搬送が増えるとか責任が重くなる、というのは無関係な議論のすり替えであり、危険意識の洗脳と呼ぶべきかもしれません。
この辺りも調停の場で話し合いがなされれば、合意点が見いだされるものと期待します。
また大学病院では全国に例がない、という点ですが、やらない理由はさておき、むしろ「ここ旭川ではそれが必要であり、そのことが産婦を助ける」のですから科長さんには「地域のために勇気をもって先陣たれ」とエールを送らせて頂きます。
次回へ続く
長くなりましたので、2の西川学長の言葉へのコメントは次回にします。
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