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志賀直哉『流行感冒』読書会 (2020 9 18)

2020.9.18に行った志賀直哉『流行感冒』読書会のもようです。

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私も書きました。

「単純な気持」それは、人間の原始的な感情

(引用はじめ)

長いこと楽しみにしていた芝居がある、どうしてもそれが見たい、嘘をついて出かけた、その嘘が段々仕舞には念入りになって来たが、嘘をつく初めの単純な気持は、困っているから出来るだけ働こうと云う気持と石ではそう別々なところから出たものではない気がした。(P.124)

(引用終わり)

自分が嘘をついただけでなく、きみも自分の嘘に巻き込んでおきながら、嘘を認めようとしない石という若い女中に、子守を任せて万が一、間違いがあったら、と、「私」は心配する。彼女は、子供を殺しても嘘をついて弁明しかねない。

嘘のつじつま合わせは、およそデタラメで、ますます彼女の信用を失わせるものであった。しかし、「私」がインフルエンザにかかって、妻や、大切な娘にまで感染させるという失態を犯し、石に頼らざるを得なくなったところから、彼女を許すようになる。

許すようになった最大の理由が、石の「単純な気持」へ出所の理解ということになっている。

石は、芝居を見たいという「単純な気持」から、たくさんの人に迷惑をかける嘘ついてしまったが、実は、その石の同じ「単純な気持」から、献身的な看護も行われているということに、「私」は、気がついたのだ。

「単純な気持」は石の欠点も美点になっている。そして、欠点と美点は、石の性格の同根だった、と「私」は理解した。

(引用はじめ)

私達には永い間一緒に暮らした者と別れる或気持が起こっていた。少し涙ぐんでいた石にもそれはあったに違いない。然しその表れ方が私達とは全く反対だった。石は甚(ひど)く不愛想になって了った。妻が何かいうのに碌々返事もしなかった。別れの挨拶一つ云わない。そして、別れて、プラットフォームを行く石は一度も此方を振り向こうとはしなかった。よく私達が左枝子を連れて出掛ける時、門口に立っていつまでも見送っている石が、こうして永く別れる時に左枝子が何か云うのに振り向きもしないのは石らしい反って自然な別れの気持を表していた。

(引用終わり)

自然な別れの気持も「単純な気持」だ。ニホンザルの母ザルが子を死なせて、その死骸をいつまでも引きずり、やがて死んだことを悟ると、置き去りにして行ってしまうのをTVで観たのを思い出した。母ザルは、決して冷淡なのではない。自然な別れの気持で、死骸を置き去りにしたのだろう。「自然な別れの気持」とは、言葉を持たない母ザルの子別れのような原始的なものだ。


つまり、原始的な感情に嘘の醜さがあるわけではない。つじつまがつかないような弁明や自己正当化に嘘の醜さがついてまわるだけで、嘘をついた石のはじめの「芝居を見たい」という原始的な欲求に、醜い悪意があったわけではない。弁明のための場当たり的な嘘を重ねることで、石が、「私」にとってまったく信用できない人間に見えるようになっていっただけだ。

素性のよくわからない人の元に親のすすめで嫁ぐことにも無頓着な石、葉書が読めず、学校の先生に読んでもらって、東京に飛んできた石。全ては「単純な気持」から出た行動だ。石の原始的な「単純な気持」は、「私」のような近代人インテリの頭の中と世俗の二律背反で成り立っている自我とは、簡単には折り合えない

その原始的な「単純な気持」を「無知」として捨ておかずに、人間の性質のなかにある「自然」と理解するに至った、志賀直哉の観察と反省が細かく描写されている。

現代でも、田舎でコロナを出せば、一家は村八分である。「単純な気持」を傍迷惑な「無知」と断じて、「私」が石にしたような酷薄なやり方で、不注意を咎めて、そのせいで差別や村八分が起こることは現在進行形でもありうるだろう。石のような原始的な感受性に富んだ、いわばピュアな者が、無知からくるつじつまの合わない言い訳の醜さを、非難され、嘘つき扱いされ、一生こころに深い傷を負うこともあるかもしれない。悪気はないのに、気の毒なことだ。

「ウィズ・コロナ」の新生活様式の中で、明らかになる人間の醜いまでの身勝手な狡猾さもあれば、逆に、コロナによって見えてくる、人間の原始的な利他的性質や共感能力ある。普段は、独善的で傲慢な人間も、自分が罹患して無力になって初めて、人の情けのありがたさが身にしみて、改心するかもしれない。

人間を一面的に裁いていいわけではないという「私」の逡巡の中に、近代的な人間性と原始的な人間性の交じり合う人間社会の複雑さを鮮やかに浮かび上がらせている名作だと思った。

                                                       (おわり)

読書会のもようです。

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信州読書会 宮澤
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