少年野球選手傷害シリーズ リトルリーグショルダー
1.定義・概念
リトルリーグショルダーとは、小・中学生に生じる投球側上腕骨近位端の骨端線離開を伴う上腕骨近位端戦閉鎖前の投球障害肩である。1953年にDotterが12歳のリトルリーグ投手に生じたA fracture of the proximal epiphyseal cartilage of the hummers due to baseball pitchingをLittle leaguers’s shoulderと初めて命名した。それ以降、骨端線閉鎖後の投球障害肩同様にさしたる外傷の既往がなく、投球時痛をきたしパフォーマンスの低下を引き起こす病態の総称としてリトルリーグショルダーを用いられている。実際には、肩関節のみならず、股関節・体幹の機能障害が混在することが多い。
2.病態
リトルリーグショルダーは上腕骨近位骨端線損傷Salter-Harris分類1)Ⅰ型であり、繰り返す投球によるストレスで生じる疲労骨折と考えられている。その病態の把握には上腕骨近位骨端部の解剖学的知識と投球動作での肩関節機能の理解が重要となってくる。
A. 解剖学的因
骨端線は、骨幹部の骨組織に比べて細胞成分が多い割に細胞間気質が少なく骨全体の中で力学的に最も脆弱な部分である。長軸方向への牽引力に対しては強いが、剪断力に対しては極めて弱い特徴をもっていると言われている。
B. 肩関節の機能と役割
ここで、肩関節の機能と役割について追加しておきたい。
1) 肩甲上腕関節とその機能
肩関節は挙上動作やリーチ動作といった上肢機能を十分に発揮するために、あらゆる運動方向に非常に大きな可動範囲をもっている。これは解剖学的に球関節であること、ならびに上腕骨頭軟骨面に比較して関節窩が1/3と小さいこと、肩甲骨上腕関節の関節包潜在容量が上腕骨頭の約2倍と大きく、関節にゆるく適合し伸縮性に富んでいることが挙げられる。しかしその反面、関節形態としては小さな関節窩に大きな骨頭が接触するにとどまることから、不安定な構造となっている。この構造上の不安定さを補う安定化機構として、軟部組織が重要な役割を果たしており、静的安定化機構として関節唇・関節包・靱帯が存在し、動的安定化機構として主に腱板が機能している。腱板の機能解剖については、
腱板筋の機能解剖については、肩関節周囲炎、腱板断裂を診る上で必要な知識③筋、腱板断裂
https://note.com/sbbcs8/n/n64b6baa7803eをご参照いただきたい。
野球選手の特徴
投球障害肩の特徴として、肩関節90°外転位における外旋可動域の増大と同時に内旋可動域の減少が挙げられる。これは、局所病態には、腱板疎部を中心とした肩甲上腕関節前方関節包の開大と後方関節包の拘縮、または後方腱板筋群の短縮と捉えることが出来る。現場においても、CAT(combined abduction test)、HFT(horizontal flexion test)、肩関節内旋可動域(肩甲骨固定)に制限を認める場合、後方腱板組織である棘下筋や小円筋にmuscle spasmや短縮、萎縮を認める事が多い。棘上筋が大結節上面だけでなく、小結節にも停止しているケースがあり、棘下筋は棘上筋が停止していると考えられていた大結節上面に停止しているという報告があり、棘下筋機能の重要性が報告されている。船橋整形外科病院では、この報告と基に筋電図での検討を行い、棘下筋は解剖学的知見と一致し、empty-can肢位においてfull-can肢位より有意に筋活動が高値を示すことを報告されている。腱板機能が低下している選手において肩甲骨下方回旋位でsetting phaseを作る例では、下方回旋位にすることで相対的に肩甲上腕関節を外転位とし棘下筋の筋活動を軽減させている、と考えると興味深く、腱板機能、特に棘下筋の改善によって、連動する肩甲骨機能が改善することをよく経験している。
肩甲胸郭関節については、
肩関節周囲炎を診る上で必要な知識②関節、関節包
https://note.com/sbbcs8/n/n73fd4b324e3cをご参照いただきたい。
肩甲骨の運動について、Ludewigの報告を紹介する。
3平面での前額面上運動は、上方回旋と下方回旋、矢状面運動は前傾と後傾、水平面運動は外旋と内旋である。
臨床では、多くの選手で静的アライメントでの肩甲骨位置異常や上肢運動時の肩甲骨後傾や外旋制限を認める。投球動作のコッキングで、胸椎伸展が不足し肩甲骨前傾位となるケースや肩甲骨外旋制限から肩甲上腕関節の水平外転(過外転)が強要されるケースは少なくない。さらに肩甲骨運動低下の一因として、胸郭上部のpump-handle motion低下に伴う肩甲骨外旋や後傾の減少、また胸郭下部のbucket-handle motion低下に伴う肩甲骨上方回旋の減少を認めることがある。そのため、肩甲骨の運動方向を誘導する基盤として、呼吸機能や肋骨可動性に対しても適宜、評価が必要となる。
C. 機能的因子
リトルリーグショルダーは、cocking期からfollow-through期までの間で骨端線に過度なストレスが加わるような身体機能異常が原因である。具体的には、股関節機能不全や体幹の回旋不全、胸郭の柔軟性低下や肩甲骨の上方回旋不足や内転障害などにより、肩甲骨関節窩面に対して上腕骨の水平過外転や外転不足(肘下がり)が起こり、投球動作において肩甲上腕関節の外転外旋の肢位から過剰な内旋動作を強いられる。その結果、上腕骨近位骨端線の近位に付着している腱板筋群と遠位に付着している三角筋、広背筋、大円筋、上腕三頭筋大胸筋などのアウターマッスルとの相反する作用により骨端線には過度な剪断力が加わり、それが繰り返されることにより骨端線付近の損傷が生じると考えられる。
D. 誘発因子
身体機能異常のみならず、過酷な日程によるoveruse、指導者の経験や知識不足などの環境因子や未熟な投球フォームなども原因となりうる。
3.診断
骨端線閉鎖後の投球障害肩の診断と同様、機能診断が重要となってくる。
A. 症状
投球動作時や投球後の痛みを訴える。外傷歴はない。1回の投球動作で症状が生じる場合もあれば、徐々に症状が生じる場合もある。通常、日常生活動作においては支障がない。
B. 好発年齢、ポジション
小学校高学年から上腕骨近位の骨端線が閉鎖する以前の中学生に多く認められる。11~14歳が好発年齢とされており、小学生の高学年から中学生の前半でみられることが多い。その約半数が投手であると報告されている。
C. 機能診断
機能診断では、腱板機能、肩甲帯機能、胸郭の柔軟性、股関節機能を中心とした下肢機能、肩甲上腕関節の解剖学的な異常の有無、および症状発現に対する両者の関与の度合いを診ていく。
以下、船橋整形外科病院の診察室で行われている肩関節障害に対する診察を紹介する。
1.視診・触診
姿勢や肩甲骨の位置の左右差、棘下筋萎縮の有無、および立位バランスなどを診る。リトルリーグショルダーを含む投球障害肩の場合、肩甲骨は外転・下制していることが多い。
2.肩関節の他動的ROM
健患側の左右差、ROM制限の有無、疼痛の出方、インピンジメント兆候の有無、肩甲骨の動きなどを診る。通常、投球側の2nd内旋角度、3rd内旋角度、外転角度は減少していることが多い。
3.股関節・体幹の柔軟性
立位体前屈、SLRテスト、股関節90°屈曲位での内旋可動域や内転の可動性を診る。前述通り、growth spurt期では、骨すなわち身長が急速に伸びる時期であり、骨の成長に比べ筋腱などの軟部組織の成長速度が遅く、その差は特に体幹・下肢に著しく、その柔軟性が極端に低下している。
4.体幹・健康体の柔軟性
Combined abduction testおよびhorizontal flexion testにて肩甲骨と上腕骨を繋ぐ筋群および体幹と上腕骨を繋ぐ筋群の柔軟性を診る。機能診断に加え、経過観察時には治療効果の判断基準となるため、非常に有用な検査である。投球障害肩の場合、投球側の肩甲帯周囲筋の柔軟性低下が起因した肩甲胸郭機能異常が認められる。
D. 画像診断
必ず両肩関節の単純X線撮影を行い、健側と比較しないと小さな病変を見つけることは難しい。リトルリーグショルダーの診断は肩関節外旋が有用であり、上腕骨近位骨端線の離開、近位骨幹端の脱灰、骨硬化を認める。一般的には兼松らの分類が用いられている。
【兼松らの分類】
a:Grade1:外側のみの骨端線の拡大
b:Grade2:骨端線全体の拡大と骨幹端の脱灰化
c:Grade3:骨端線でのすべり症
4.治療
保存的療法によく反応し、予後のよい障害である。まず投球禁止にて、上記機能診断で認められた身体機能異常の陰性化を図る。機能訓練は運動療法が中心となり、機能低下部位の再教育を行っていく。理学所見の陰性化および機能向上を並行して、柔軟性の低下による身体機能異常により、上肢に依存した投球フォームが原因となっている場合も多いため、フォームの改善も同時に行っていく。局所の疼痛が軽減し、身体機能が改善した後に、徐々に投球動作に復帰していく。投球動作の開始時期に関しては、諸家により異なっているが、当院では肩甲帯の柔軟性(combined abduction testおよびhorizontal flexion test)の改善の指標としている。通常、1ヵ月ほどの投球制限と機能訓練にて投球再開が可能となり、2~3ヵ月で後遺障害を残すことなく復帰できる。画像的治癒には約3~6ヵ月かかるといわれているが、理学療法を中心とした保存療法により短期間に復帰可能となるため、必ずしも画像的治癒を待つ必要がないことを強調したい。
【船橋整形外科病院での治療成績の報告】
2005年1月から2011年10月までに肩関節痛を主訴に来院した骨端線閉鎖前の投球障害肩で治療を行った179例の画像所見別の治療成績を述べる。初診時平均年齢は12.4歳(9~15歳)で、対象の内訳は投手99例、捕手が17例、内野手37例、外野手が23例、不明が3例であった。X線所見を兼松分類に加え、上腕骨近位骨端線の左右差を認めないものをtype0軍50例、type1群84例、type2群35例、type3群10例で、投球許可までに要した期間はそれぞれ平均0.49ヵ月、0.65ヵ月、0.73ヵ月、1.15ヵ月、治療終了までの期間は平均2.21ヵ月、2.53ヵ月、2.97ヵ月、3.63ヵ月であり、それぞれ有意差を認めず、画像的重症度に関わらず、機能訓練を行うことで早期投球復帰が可能であった。一方ですべり症を伴うtype3では、比較的治療期間が長い傾向を認めた。
むすび
リトルリーグショルダーは予後のよい障害で、投球制限と併行して機能訓練を適切に行うことで早期の協議復帰が可能である。しかしその発症には身体機能異常だけでなく過酷な日程によるoveruseなどの環境因子も関わってくる。発症予防や治療には保護者や指導者の十分な理解と協力が重要であり、医師のみでなく理学療法士、トレーナーが連携して関わっていく必要である。
追加したい知識
1)骨端軟骨板(成長板)の骨折のSalter-Harris分類
Ⅰ~IV型は骨端軟骨の離解であり,成長板が骨幹端から分離する。
II型が最も頻度が高く,V型が最も頻度が低い。
感想
小中学生が主にプレーする軟式野球でもウレタンバッドが普及し、筋力が十分成長していなくても、ボールが飛ぶようになった。打高投低になったと言える。また、投球制限が設けられ、複数人の選手が投手を任されることになり、また投手と野手を兼任する選手が増えてきた。むすびにもあるように、予後良好であるこの疾患は、正しい運動方向に、正しい運動負荷量を調節することで、患部へのストレスが減り、比較的早く、なお身体能力を向上して実戦復帰できると考えている。リトルリーガーの為に、なお一層の研鑽を積みたいと考えています。